なかそね
無意識のバイアス:第一回読書会
見出し画像

無意識のバイアス:第一回読書会

なかそね

久しぶりに読書会を再開しました。本書では人種差別がメインとなっていましたが、読書会では身近なバイアスについて考えていきます。

興味関心を持てるかどうか

自分と近い存在、仲間だと思う相手に対しては、顔と名前、性格、いろんなことを細かく記憶できます。でも、ちょっと遠い存在だと認知資源が割り振れず、大雑把な記憶しかできません。

本書では、人種効果というものが紹介されていました。同じ人種に対しては興味が持ちやすく、細かい違いまで目が届きますが、違う人種は全然見分けることができず、みんな「黒人」などと大雑把なカテゴライズしかできないといいます。

大企業の中で考えると、同期入社の同僚や一つ上の先輩、一つ下の後輩などは一人ひとり細かく覚えられますが、10個下の新人となってくると、だんだんよく分からなくなります。9個下と10個下の区別はほとんどつきません。それだけ離れた存在になってしまっているのでしょう。

そうやって離れた存在に対しては、大雑把なカテゴライズをしてしまいます。「最近の若いやつはやる気がない」「上司たちは現場のことを分かってない」など、これらは全てバイアスと言えるでしょう。

理解を促すためのバイアス

ホフステードが国民文化の6次元モデルというものを提唱しているそうです。それは国民文化を指標化したもので、たとえば英米は個人主義が強くて権力にあらがう傾向が強い一方、フランスは個人主義だが権力には従う、といったモデルです。

こんなもの、言ってしまえばバイアスの塊です。ホフステード自身も、この指標をステレオタイプのように使ってはいけないと強く警告しているそうですが、ではどうしてそんなモデルを作ったのか。

もしモデルがなければ、私たちは全ての外国人を「何を考えているかよく分からない人」としか処理できません。どうしてこんな行動をしたのか、その心を推しはかるのはとても大変です。しかしある程度、国別の性格モデルがあれば、「なるほどフランス人だからこういう行動をしたのか」と理解を促進してくれる面もあります。

こうしたモデルは、相手の理解を0→1に引き上げる面では非常に役立ちます。しかし、これで相手を全て理解したと思ってはいけません。所詮モデルはモデルであって、残りの1→10の部分は個別に相手を見て判断する必要があります。そこを意識して、正しくバイアスを知ることが大事なことではないでしょうか。

バイアスと言葉狩り

たとえば日本人とフランス人の間に生まれた子のことを「ハーフ」と呼んだりします。しかし「ハーフ」という言葉には一定のステレオタイプが存在して、そういう目で見られたくないな、と思う人もいます。だから「ミックス」とか「ダブル」とかいろんな呼び方を使い分けているそうです。

相手が自分のことをよく知った仲であれば、どんな言葉を使うかはそんなに問題ではありません。相手がステレオタイプではなくきちんと自分を見てくれていると分かるので、そこで「ハーフ」と言おうが「ミックス」と言おうが、変わりありません。

しかし相手がよく分からない場合は、すごく言葉に気を遣うそうです。自分が使った言葉で、相手からの見られ方、カテゴリが決まってしまう可能性があります。一度ズレたカテゴリに入ってしまうと、そこを修正するのは大変な場合が往々にしてあります。

そういうこともあって、最近はいろんな言葉が使えなくなっています。スチュワーデスがキャビンアテンダントになったり、障害者が障がい者になったり、あだ名を禁止する校則が生まれたりしています。それはある程度は有効で、世間から悪いカテゴライズをされなくすることで差別や偏見が減るのは事実だと思います。売春は犯罪ですし、援助交際は悪いことですが、パパ活はみんながやってることです。

ただ、そこから一歩進んで言葉狩りのようなことが始まると、それはまた新しいバイアスの始まりだと思います。ポリティカル・コレクトネスというバイアスで苦しめられている人がいるのも事実です。また、いくら言葉を禁じたところで、差別したいと感じる心があれば、別の隠語を使って差別は続くので、根本的な解決にはなりません。あくまで無知の人が0→1の認知獲得をする際に、差別的な概念をなるべく持たずに済むようにしようね、というレベルの話でしかないことを肝に銘じておきましょう。

いろいろなバイアス

ここまであまり言葉を厳密に定義せず使ってきましたが、バイアスを示す単語だけでも色々と出てきました。他にも、経験則を意味する「ヒューリスティックス」という言葉もあるそうです。

・バイアス
・ステレオタイプ
・カテゴライズ
・モデル
・ヒューリスティックス

これらがどう違うのか、まだちょっと分からないですが、それぞれ少しずつ違ったニュアンスを含んで使われていると思います。

皆さんの身の回りにもいろいろなバイアスが潜んでいると思います。それらに目を向けて、意識して、名前をつけてみると、そのバイアスを着脱可能になって、より多角的に世界を見ることができるようになるのではないかと思います。

例として挙げられたのは「ベストバイアス」。世の中にベストなんて存在しないにも関わらず、これがベストだ、みたいなランキング至上主義的な考え方があると思います。他にも「成功バイアス」、成功することこそが正しくて失敗してはいけない、というバイアスなんかも挙げられました。

世の中からバイアスをなくすのは難しいですが、いろんなバイアスを知って、自分のバイアスコレクションを増やすことができれば、少なくとも自分はフラットに世の中を見ることができるようになるんじゃないかな、と思いました。

この記事が参加している募集

多様性を考える

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!