ある女性からのバトン
「男の人と正面から張り合うのではなく、女性として上手く立ち回る方法を考えたほうがいいわね」。子どもに向けるような、仕方がないわねといった表情で、管理職風の女性面接官が言った。就活中の十数年前のできごとなので、その前の質問が思い出せない。恐らく私は「男性には負けません」というようなことを言ったのだろう。
気づいた時、胸がざわざわした
某飲料メーカーの面接だった。結局、その面接は合格し、最終選考に進んだものの、最終面接後に不採用の通知を受け取った。もちろん、男性には負けないと言ったことが不採用の原因ではない。そんな器が狭い会社ではなかった。ただの私の実力不足だ。忠告をしてくれた女性面接官は、世間知らずの女子学生がこれから経験する予想外に窮屈な未来を憂慮してくれたのだろう。
女性も男性と同じように働ける。当時は本気でそう思っていた。小中高、大学と、性別で扱いを変えられた記憶はなかった。けれど、就職活動をする中では、なぜかひっかかるものがあった。とあるメーカーでの筆記試験後、同じ大学で体育会の部活に所属する男子学生が入って来た。何やら人事と懇意に話しているのを見て、筆記試験は顔パスなのか?と勘ぐった。ゼミに会社説明に来てくれたOBも、男子学生ばかりに目を向けていたのを記憶している。私の知らないところで男子学生が優遇されている事実に、胸がざわざわしていた。
男性と女性は同じように働き続けることができる?
当時、出会う大人は皆、「男女平等だよ。今の時代、男性と女性が肩を並べて働けない会社なんて古臭いでしょ」と言った。「結婚後に退職する女性が多いので、30〜40代の正社員の女性はあまりいません。あなたがもし将来結婚したとして、旦那さんが家事を半分負担してくれて、そもそも転勤がない職業で、子どもが産まれても、子どもはあまり熱を出さない丈夫な子で、仮に熱を出したとしても代わりにお迎えにいけるくらい元気な祖父母が近くに住んでいたら別ですが。それと、うちの会社はハードワークなので、妊娠中のつわりや身体の変化で業務に支障をきたされるのも困ります。それとも、あなたは結婚も出産もあきらめて、会社のために人生を捧げられるのでしょうか?」とは言われなかった。男子学生が優遇されるからくりを、あの時、誰も教えてくれなかったのだ。
あれから十数年。1億総活躍、すべての女性が輝こうという時代になった。イクメンという言葉がフューチャーされ、男性の育児参加が進んだ。産休・育休制度も整い、育児体験といった企業での研修や、時間や場所を選ばずに働けるテレワークなど、働き方も進化している。けれど、結婚や出産という各ライフイベントにおいては、女性の働き方が変化せざるを得ないという事実は今も変わらない。
韓国でミリオンセラーとなった小説「82年生まれ、キム・ジヨン」は、女性たちが気づかないフリをしてきた女性であることの生きづらさを言語化した本だ。日本でも昨年15万部を突破している。この本が、多くの女性に読まれているのは、内容に共感する人が多いからだろう。すべての女性が輝く時代に進化したのは、実は見せかけだけの働きやすさで、企業側のアピールだけだったのか?仕事を家事や育児と両立するという女性の苦悩はまだまだ続いているのではないか?と大いに勘ぐってしまう。
女性面接官からのバトン
今なら、女性面接官の気持ちがとても理解できる。面接官が独身だったのか既婚だったのか、子どもがいたのかいなかったのかは、今となってはわからない。面接官という重要なポジションを任されるまでに、自分の力だけではどうにもならない不条理な経験をたくさんしてきたのだろう。「いくらあなたが男性には負けずに働けると言ったって、女性が働くというのは簡単ではないのよ。だから正面から闘うのではなく、上手く立ち回る方法を身に着けなさい」と優しいエールを送ってくれたのだ。
だから私も今これを読んでいる就活中の女性がいたらエールを送りたい。「仕事を続けている女性の話もいいけど、仕事を辞めてしまった女性の話も是非、聞いてみましょう。その女性はなぜ仕事を続けられるのか、なぜ続けられないのか。あなたが本当にやりたい仕事を続けたいのなら、聞いておいたほうがいいわよ」と。まだまだ社会は本当のことを教えてくれないかもしれないから。
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