サウナで繧上*繧上*螟画鋤縺吶↑る

「心の不調はまず身体の不調から」
「身体を動かせば心も元気に!」

今よりもっと若い頃には「こんなモンしゃらくせえ上にクソうぜえ精神論かつ根性論だ」と思っていたけれど、25歳もとうに過ぎ、もうじき三十路になる己の肉体にとってこれはオカルト精神論ではなく科学の領域の話になってしまった。
交感神経やら副交感神経やら何やら、そういうものが一人称の肉体と精神の領域にまで降りてきてしまったのだ。
おいおい、20代前半までの威勢はどうした。頭では嫌がっていても身体はずいぶん正直じゃあないか……

2017年からおよそ5年間にわたり引きこもりゲーミング無職をし、夕日を目覚ましに朝日から隠れるように眠り、まともに陽にも当たらず、勝手に精神的にも参ってきて、身体のあらゆる箇所に疼痛を抱え始めた。
そんな僕の背痛と肩甲骨痛と腰のだるさを半分程度救ったのは、サウナだった(あと半分は整体と運動とストレッチだ)

なぜサウナに行こうと思い、ハマることになったのか。
元を辿れば「流行り物を叩くならまずは触れてみてから叩こう」という無駄に律儀な精神に基づいた、一度触れてからあれこれ述べてみるか程度の動機だった。

もう1つの理由として、偏屈な友人の存在があった。
僕の数少ない友人に「ととのう」というワードを毛嫌いする大変偏屈な友人がいる。毛嫌いと言うと語弊があるかもしれない。
むしろ正当な敵意に基づく嫌悪くらいに言って差し支えないくらい嫌っている。
けれども、サウナ自体は好きな男がいる。

曰く「もともと自分の生活で文化的に行われていた営みにクソみてえな言葉のラベルを貼り付け流行にされたせいでマナーが客層が云々……他人にサウナ好きと言った時に云々……あの漫画許さん云々……」
実にめんどくさい男だ。ただ、サウナの効果自体は大いに認める所ではあるらしいので、彼をそこまでヒステリックにさせる概念と対峙してみたい好奇心も当時はあったと思う。

そうしてサウナに行った結果、今では1週間に1回はサウナに行かなければ身体がサウナを求めてカラータイマーを鳴らすレベルになってしまったわけだ。

サウナのルーチン的な物について語ろう。
約1週間に1回程度、身体と心の凝りをほぐし、バチバチになるためにサウナ付きの銭湯に行く。
服を脱いでロッカーに衣服をぶちこみ、水をガブガブ飲む。

シャワー台に座り、まずは備え付けの溶かした片栗粉のようなシャンプーと昨日のシチューみたいなリンスで頭を洗い、第二の人生は雑巾が約束されたような使い捨てハンドタオルで全身を丁寧に洗う。もうちょいマシなシャンプーとリンス置いてくれと思う。

その後、少しだけ肩までお風呂に浸かり、温まってから冷たいシャワーを浴びて身体を軽く拭き、サウナに入る準備をする。

サウナ室内の前方上部には12分時計がある。
その下にはテレビと温度計が備え付けてある。
ほとんどのおっさん達はそのテレビで流れている相撲を見ている。
そうでないおっさんはマインドフルネス的な雰囲気を醸し出しながら目を閉じている。

相撲が流れている間は「この1試合が終わったら水風呂に行こう」というおっさん達の決意が汗と一緒に蒸発して湯気の中を漂っている。
相撲の知識はないけれど、画面の中の力士はどちらも連勝中のようだ。
長いあいだお互いのまわしを掴み合い、出だしを伺い微動だにしない。

行司から"待った"がかけられる。もう一度準備が始まる。
その間に諦めて2人サウナから出ていく。

仕切り直し、戦いが再開する。
今度はあっけなく試合が決まった。
大量のおっさんが鼻から蒸気を排出しながら水風呂へ向かう。

僕もそろそろ限界が近い。
時計を見てみると僕が入ってから約10分が過ぎている。
そしてなんだかんだ次の試合の決着がつくのを見届けてから水風呂へ向かってしまう。

サウナを出てすぐ、水風呂前のかけ水を手桶ですくい、ちびちびと肩からかけて慣らす。
次に頭から思いっきりぶっかけ、火照った身体を鼓舞してから呼吸を整え、勢いよく肩まで水風呂に浸かる。

「ブウウウウウウウウウウウウン……」
意図せず口からキッショい排気音が漏れる。
意識に鋭い氷柱が刺さったように頭が覚醒める。

後からおっさんが入ってくる。
「ブアアアアアハアアアアアア……」
おっさんのキッショい排気音が漏れる。
ほんの少し水温がぬるくなった気がする。


しかしここはお互い様。停戦協定、言い合いっ子無しだ。
入る前にきちんと汗を流す土俵入りの儀さえ正しく執り行って、お行儀よく浸かっている分には、裸のおっさん同士が至近距離でブォブァ言っていようが恨みっこ無しなのだ。

30秒ほど浸かっていると冷たさの感覚が麻痺してくる。
5分でも10分でもイケるような気がしてくるけれど、最大1分程度で出る。

最後にかけ水で思いっきり頭を流すと、入る前はあんなにも冷たかったかけ水がとてもぬるま湯に思える。
コメントシートと小レポートだけで単位がもらえる文系科目授業くらいぬるま湯に感じる。

自動運転モードの頭でボーっとしたままハンドタオルで身体を拭き、
外の露店風呂兼休憩所まで行き、そこで外気浴をする。いざ土俵入り。

もろちん、この土俵において不浄負けは存在しない。
おしりとチンポを出した子が一等賞だ。出さねば勝利は掴めない。

休憩所ではすでにおっさんが2匹干さっている。
まだ15時ちょいで日も高く、寝ていると顔に太陽光が当たる位置らしい。
股間を隠すよりも鼻だけ出して顔にタオルを乗せている。頭隠してチンポ隠さず。

そして、僕もいよいよチンポまる出し天日干しおじさんの仲間入りだ。
おっさん達に習って木目の寝床に思いっきり横になって手足を伸ばす。

「イク^~」「あ^~」「ンほ……」
「……」

あ〜散らかる……あらゆる"思想"と"情報"が……

(塩のほうが通?そういうのは良い素材使ってる奴のセリフなんだよバカが)

(あ、ロボットパルタが見たい。あと、カタツムリの奴、NHKの)

(猫は雑種で少しブサイクなほうが可愛い。血統書付きの人に媚びた猫よりも)

(この世には反町隆史と松嶋菜々子の子供が存在する、インチキ)

(護廷十三隊vs女子十二楽坊……w)
………
……………

そして体温と外気温が混ざり合い、意識にまばゆい光が訪れる。
情報の断捨離と収束が始まる。

(あ~……なるほど……なるほどですね……
あ、今、あたまが0と1を同時に保持してる。
ワイは量子コンピュータや……
時間の粒が見える……
全体的な意識の総体と接続する……
意識が共同体になる……ぜんぶの脳はミラーニューロンで繋がってて……
おれはおれであると同時に一部は隣のおっさんでもあるんだ……
でも時間だけは平等なんだ……金はなくとも、俺もイーロンも隣のチンポのおっさんも……)

(今なら5億年ボタン押しても、一瞬かもしれん。
この心地よさなら5億年気づかないかもしれん……億万長者や……)

時間の感覚を超克した5分間(は?)が過ぎると、やがて目蓋の裏にパターンのない模様が浮かび、スッーっと頭が冷めていく。

暴力的な心地よさが落ち着いて、脳のデフラグが始まる。
頭の中の断片化したファイルがまとめられてゴミ箱に捨てられる。
悪性のセルフ脳内ディベート、存在しない仮想敵、過去の醜態、今より歳を取った己の姿etc……

そういう類の脳のゴミが、今を生きるために最適化され、一時大幅にメモリの使用率を失う。
そして"今"が視える。
現在しか見えなくなる。

やがて肉体が完全にほぐれ、脳が平常運転に戻る瞬間。
悩みが吹っ飛び、身体の凝りは取れ、現在しか見えなくなったその瞬間。

まあ、なんでもいいや、なんとかなるか。

「まあ、なんとかなるか」
と、心の底から思える瞬間がある。
心と身体両方にバフのかかったその刹那、その数分間だけのためにサウナに入るのだ。この感覚がサウナにハマってしまった原因である。

その感覚に満足すると、のそのそ立ち上がって軽く伸びをし、土俵から出る。キマり手、もろだし。

そして、最初の1回目よりは気持ちよくはなれないだろうということを理解しつつ、また同じことを2~3回行ってお家に帰るのだ。

……そうして、しばらくサウナに通っていると、ふと、まあ彼の言いたいことはなんとなくわかるようになった。

投げやり、心地よい自暴自棄、ヤケクソ
飽和、脱力、解放、霧散、からの収縮、そして脱力。
たしかに、一体これのどこが「ととのう」なんだろう?

「ととのっている」とかろうじて言えるのは脳がデフラグしてる時だけだ。全体的に見えればまったくととのってなどいない。

表現するためには世界のヘッダが足りない(エイワス)

既存のワードに作為的に概念を格納して、ピンときてしまうような感覚ではない。
恣意性の不足。ようするに"パキる"とか"キマる"とかのほうがかなり近い。

フランス語では、蝶も蛾も同じ「パピヨン」という言葉で表せられるらしい。蛾と蝶を区別する言葉が存在していないのだ。
同じく「サウナで気持ちよくなった時の感覚」を表す日本語が存在していない。

もしかしたら海外の言葉では、サウナに入浴し、水風呂に入り、外気浴をした後に得られる感覚を新しい概念で言語化した専用のワードがあるのかもしれない。

「雨の降り始めの匂い」がある国では「ペトリコール」と言われるように。(ハルキスト的言い回し)

まあ、日本語で定義できる言葉パっとした言葉が見つからない現在、彼の前でサウナの話をする時は暫定的に「繧上*繧上*螟画鋤縺吶↑」とでもしておこう。そもそも、そんな話はしないほうがいいかもしれない。

まあ、いつか一緒にサウナでも行くか。僕もそれまでサウナ力を鍛えておこう。そのうち、いつか、もうちょいおっさんになったら。


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