脳科学入門III
Introduction
人間の脳は世界を認識し、身体を通して働きかけて相互に影響を与えています。当面は通常の計算機能を持つコンピュータと関節制御用のマイコンでは太刀打ちできないほどの複雑な表現や計算が可能であることでしょう。
近年AIによる物体認識の制度が向上し、人間の速度以上で物体の輪郭、加速度、重量などを認識し分別することができるようになりました。しかし人間が視覚と運動を連動して行う自然な動作や言語活動の統合にはまだまだ遠く及びません。AIとロボティクスのブレイクスルーが一つ二つ、いや、十や二十くらい起きないとヒトのもつ感覚と運動の統合には追いつくことは出来なさそうです。
AIによるヒトの視覚の部分的な模倣はモビライゼーションと軍事目的のためだと考えられます。また言語機能の模倣もかなりいいところまで進んでいますが、長期記憶や運動との統合はまだできておらず研究の蓄積が待たれます。視覚や言語機能ほど研究が進んでいない感覚分野、いわゆる聴覚、嗅覚、味覚、触覚に関しては、ヒトとAIの分析能力にはそれこそ天と地ほど差があります。シンギュラリティはまだまだ先の話みたいですね。(といいつつ、数十年後に大革命がおきたりするので、科学の世界は油断はできませんが。)
脳のもつ偉大なメカニズムはその情報処理ユニットである神経細胞が正確にネットワークを形作っているためです。今回はこのネットワークの分業について学んでみましょう。
感覚と運動
まずは感覚と運動を伝える神経がどのような経路で処理されているのか見てみましょう。
体幹と四肢からの感覚情報はまず脊髄に入ります。脊髄には、白質に囲まれた灰白質のコア、 H 型(HONDAのロゴよりもUNDER ARMERのロゴに近い形)の領域があります。Hの両側、縦線の部分が背中側と腹側に分かれており、それぞれ背角 (後角) と腹角 (前角)と呼びます。
後角には感覚ニューロン(感覚核)が、前角には運動ニューロン (運動核)が含まれており、それぞれ体表面からの刺激情報を受け取る機能と、骨格筋を神経支配する機能を分担しています。背中側から上行、腹側から下行するという経路です。いわゆる気功の小周天と同じ方向なのが興味深いですね。
後角には求心性の感覚ニューロンだけが含まれるのですが、H型の横棒の部分、側角と腹角には運動ニューロンだけでなく、痛みや温度を伝える感覚ニューロンが一部含まれます。ほかにも介在ニューロンと呼ばれる、感覚ニューロンが運動ニューロンの信号に影響を与えたり、運動ニューロンが相互に影響を与えたりする信号を媒介します。介在ニューロンの働きは重いものを持って歩くときなどを想像すると分かりやすいかも知れません。
このあたりの神経の連絡は比較的シンプルです。ここでこれらのニューロンが運ぶ情報の量を考えてみましょう。
感覚ニューロンの情報も運動ニューロンの情報も全身の情報を束ねた首、頸椎の部分が最も太く、大きくなるのはご想像の通りです。また多くの情報が出入りする腕と足のニューロンが出入りする胸椎上部と腰椎下部のあたりで、灰白質の断面積が一気に大きくなり、白質の部分が少なくなります。
身近な大都市に向かう高速道路と主要国道との合流地点みたいなイメージでしょうか。
身体の部位でいうと肩(特に頸椎下部から胸椎1‐3番あたり)、そして腰(特に胸椎下部から腰椎の1‐3番あたり)から仙骨にかけて。ここに情報のハブがあるということなのですが、どうでしょう?皆さんの身体はこの部位できちんと交通整理ができる状態になっているでしょうか?近くの血管は新鮮な酸素と栄養を脊髄に与えられるようになっているでしょうか?
肩と腰、現代人の多くのの人がコリを訴えるポイントと情報ハブの位置が見事に重なっています。どうやら現代人の動物としての機能の低下と無関係ではなさそうです。
ニューロンを行き来する情報の量が少ないうち、例えばぼんやり行動していたり、日常的な行動を繰り返しているうちは問題がなさそうです。現代人はそれでも普通に生活できていますしね。
では情報量が増大する時はどんな時でしょうか?感覚ニューロンでいえば手足から大量で微細な感覚が飛び込んでくるような時、そして運動ニューロンでは複雑で細かな身体のコントロールを行わなければいけない時などですね。
前者では脳に大量の感覚刺激が伝わる前に、後者では脳から大量の身体コントロールの指令が伝わった直後に、情報の整理がうまくいかなくなってニューロンが渋滞、疲弊してしまうと考えてみましょう。
すばらしい景色や感覚をいつも味わい、日常にある小さな感動を誰よりも強く大きく味わったり、指先や重心の微細なコントロールを常に行いながら最高のパフォーマンスを発揮したり。
どうでしょう?
不世出の芸術家や運動選手で見られるこれらの感覚や運動機能が、あなたの体では行えているでしょうか?
改善するためには一にも二にも、肩と腰のコリ、特に背骨周りの拘縮を取り去ることが重要になります。
脳トレPoint‼
目的はシンプルです。肩と腰のコリを取り去りましょう。
整体を少しかじった人なら分かるかもしれませんが、肩と腰のコリは手ごわく、根深いです。まずは目標となる理想形を感じておきましょう。
子ネコや赤ちゃんの体を想像してみてください。身近にいれば実際に触ってみるといいでしょう。頸椎下部から胸椎上部の脊椎には肋骨がついており、それぞれが本来蛇腹ばねのようにグニャグニャふわふわに動きますし、その先にある鎖骨、肩甲骨、肩関節はそれこそ宇宙空間に投げ出された紐のように自由自在に動きます。
人間の仙骨は小学生くらいまでは5つに分化しており、腸骨との関節も固まっていないのでガクガクと動きます。30歳くらいまでに時間をかけて不動間接になるのですが、丁寧にほぐし、ストレッチを続けると仙腸関節も動きを取り戻しますし、さらにトレーニングを積めば仙骨についている脊柱起立筋もちょっとずつ動きを取り戻します(言っておきますが至難の業です)。
大人になってからこれを取り戻すのは大変ですが、一度は通った道、時間をかけて取り組みましょう。少しずつ拘束が解れていくにしたがって、文字通り身体は自由を取り戻していきます。
今回紹介するメソッドはその名も「緩消法」です。日本の生理学者坂戸孝志氏が2007年に公開した治療方法で、筋肉の緊張を指先だけで解すという技術です。
専門的な治療に使うにはきちんと学習して認定を受けて…と、ステップを踏む必要があるのですが、原理の動画や文章は公開されているのでサクッと身に着けてしまいましょう。手先の器用な人ならちょっと練習すれば身に着けられますので。(筆者はYoutubeチャンネルで基本の技術を身に着けてから中古のDVDで学習しました。)
肩と腰の筋肉を自分でほぐすだけなら公開されている情報だけで充分効果があります。
”緩消法 やり方”
などとYoutubeの検索ボックスに入れて出てくる動画から手技の方法を解説したものを視聴してください。
………
さて、どうでしょうか?最初は戸惑うかもしれませんが、わかりやすい部位でなんども試行錯誤しながら練習してみましょう。成功してコリが一瞬でブワッと解れる感覚を味わうと感動間違いなしです。
一度できるようになると正直指で触れる部位の筋肉ならほとんどすべてこの技術で解すことができるようになります。筆者も練習を重ね、手の指10本すべてで同じ技を使うことができるようになりました。
では肩首周りの筋肉に挑戦です。(先にこっちをある程度解さないと腰に腕が回らないかもしれません。)
緩消法を使ってまずは肩回りの大きな筋肉である僧帽筋、広背筋の二つ(Level1)を解してみましょう。これが解れてきたら小さめの肩甲挙筋と僧帽筋の下にある大小菱形筋(Level2)を狙っていきます。初級編ではこれだけ解せれば万歳です。Level2まで解してもどこか胸の息苦しさが抜けない方は大胸筋や三角筋など胸周りの筋肉も解しましょう。
さらに挑戦したい方は骨と筋肉の隙間を狙って上下棘上筋と頭頸板状筋(Level3)を狙います。さらにさらに腸肋筋、最長筋、棘筋(Level4)と首から背中、腰を結ぶ深層部の筋肉に迫っていきます。
さらにさらにさらに挑戦するなら半棘筋(Level5)、多裂筋(Level6)、回旋筋(Level7)を狙っていきますが、このレベルになると上級も上級、解して自由に使えるようになれば、ネコ科の猛獣レベルの身体能力が手に入るでしょう。四つ足走行すれば100mを7秒とかで走れそうですね。
深部の筋肉のコリを取り去るには、緩消法だけではたぶん無理なのでほかのメソッドを取り入れて行う必要があると思います。
首周りの筋肉がある程度解れたら、腰の筋肉に取り組みましょう。腰の筋肉は一にも二にも腰方形筋を解していくのが課題になります。腰の両サイドから指をあてて体を左右に倒しながら腰方形筋を徹底的に緩めていきましょう。この筋肉が解れてくると、別の記事でも紹介した腸腰筋の感覚が研ぎ澄まされてきますし、首肩のLevel3以降で紹介した脊柱起立筋を同時に活性化していくことができます。
ただし、腰方形筋のコリの解消には肩首よりも時間がかかります。スキマ時間を有効活用して圧倒的に緩んだ腰を手に入れてみてください。
感覚処理から運動制御へ
嗅覚以外のすべての感覚は一度視床を経由してそれぞれの感覚を処理する大脳皮質に送られます。
感覚を処理する大脳皮質の部位の大きさが、感覚の鋭敏さに直結しています。皮膚の感覚でいうと、指の感覚を処理する部位は腕の感覚を処理する部位よりも大きく、舌と唇を処理する部位はそのほかの顔の部位より大きいということです。
皮膚感覚は、頭でいうと頭頂部から耳上あたりにかけてのブロードマン3b野と呼ばれる部位に分布しています。また高次の体性感覚である、関節の位置や加速度を処理する部位がブロードマン3a野、2野、1野にあり、すぐそばにある補助運動野や運動野と協調して視線や姿勢を制御しています。
機能的につながりがある脳の処理系統は大体近くにあり順次処理されているということを覚えておきましょう。
またほとんどすべての感覚は、そのあとの運動を制御するために処理されるだけでなく、学習、記憶かかわる部位にも送られます。海馬や側頭連合野と言われる部位などです。そしてここからのフィードバックがUターンしてまた運動に影響を与えるという複雑な仕組みになっているのです。
運動の制御には、これ以外にも多くの神経系がかかわっています。運動皮質に発せられたシグナルは、大脳基底核、視床、中脳、小脳によって微細にコントロールされ、最終的に脊髄を通じて筋肉を動かします。
大脳基底核、視床、中脳、小脳もトレーニングによって神経系を強化することが可能で、うまくすると素晴らしい運動能力、そして行動能力を得ることができます。これらは日常的な運動である歩行や、より原始的な運動を再現することで強化が可能です。中級編以降で紹介したいと思います。
まずは運動と認知機能を劇的に改善し、障害の予防にも大きな効果を発揮する肩と腰のコリを解し、快適な日常を取り戻せるような技術の習得にチャレンジしてみましょう。緩消法は学習の労力に比べて効果が大きいので紹介しました。ほかにもゆる体操も心身のコリを取り去るのに有効ですし、様々な流派の気功にも優れた操体法があります。
なぜか日本には世界中のいろんな”技”が…集まってきてるのですよねぇ。
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