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クラスがしんどい。 その3 ダメな生徒なんて、ひとりもいない。

 前回の復習をしましょう。教師のあなたと生徒との関係性は、シンプルに人間関係である、という話をしました。生徒は教師が教育を施す対象である以前に、人と人との人間関係がベースにあります。あなたにとって言うこと聞かないどうしようもないヤツである生徒は、あなたのことをいつも何か言ってくるどうしようもない教師だと思っているはずです。そんな関係性を打開するためには、相手の好きなものやら嫌いなものを知ることから始まる、という話でした。気になる生徒の嫌いなものや好きなもの、知っていますか?その生徒がどんな生徒なのか、授業や学校のふるまいだけで判断していませんか?

 こうやって偉そうに書いている私も、かつては言うことを聞かない生徒のやることなすこと頭に来て、顔も見たくもない!と思っていました。おそらくですが、それは互いのことを知る機会も知ろうとする意志も全くないまま、教師と生徒という固定された人間関係でのやりとりだけで関係性をつくろうとする、到底無茶な話だったんだと思います。
 ただ、そんな状況でも平気な顔で授業ができる教員もいます。生徒が自分のことを好きでも嫌いでもどうだっていい。ダメなものはダメだと厳しく指導すれば、じきに生徒もあきらめて服従するだろう。大方そんな考え方です。これ実は、長年教員を続けると、こういう考えに至る人が多いのかもしれません。しかし、私はそうは思えませんが。
 そして、若くて経験が少ない教員ほど、生徒との関係性に対する感受性が高い気がします。だからこそ、ちょっとしたやりとりに悩んだり後悔したり、そして時折うれしかったりする。私はそれこそ、人の教育に携わることの醍醐味だし、そこをわすれちゃあいかんなあ、と思いながらアラフォーまで来てしまいました。

 さて、だいぶ話が逸れてしまった感じがしますが、それほど逸れているわけでもありません。今回の小手先の技術を一言で言えば、

ダメな生徒なんて、ひとりもいない。

ということです。はい、めっちゃくちゃ綺麗事に聞こえます。正確に言うと、『誰にとってもダメな生徒なんてひとりもいない』ということでしょうか。あなたがダメな生徒だと判断しているのは、あなた『と』その生徒の関係性においてダメなだけで、クラスの全員がその生徒をダメだという共通理解は決して持っていないから気をつけろ!ということです。その『ダメ』という判断は、「それってあなたの感想ですよね?(ひろゆき風)」ということです。

 私はこれに関して、すっごく苦い思い出があります。初任から1年生で担任を持って、なんとか2年生の担任になって5月ごろ、数人の男子の身勝手な行動で、授業が落ち着かなくなってきていました。その中心核(と私が思っていた)生徒は、喫煙は当たり前、授業でも教師に反抗することが多く、担任の私は毎日彼の指導にあたっていました。そんな彼も、私には学校や保護者に対する不満、これから頑張りたいという話もちらほらしていました。
 でも、周りの教員の彼に対する風当たりは厳しく、おまけにクラスの生徒数人からも、彼に対する愚痴が溢れてくる様になってきて、正直私も彼に関わることに対してウンザリしていました。
 そんなある日、彼が何かをやらかして(何かは忘れました)、父親にこっぴどく叱られ殴られ、次の日学校を休む、ということになりました。それまで何があっても休むことがなかった彼なので、彼のいないクラスがどうなるのか私にも見当がつきませんでした。
 そして次の日、予告通り彼が休み、私は恐る恐るクラスに行くと、生徒たちは朝から驚くほど静かです。その日の授業はどの教科もみんな真面目に授業を受け、他の先生からも「○組、〇〇がいないと見違えた様によくなるね!」と褒められました。私は、そうか、やっぱり彼がクラスをダメにしているんだなと思いました。彼さえ来なければクラスもまとまってくるはず。そう思うと、なんだか全ての問題が解決しそうな予感がしました。
 そして1日が終わって帰りのホームルーム。いつもとは見違える様に私の方を向いて話を聞いています。今思えば私も調子に乗っていました。その時つい、ひとこと本音を漏らしてしまいました。

「今日は〇〇がいなかったから、すっごく落ち着いて授業ができたよねー(笑)」

 静かな教室が、さらに静かになって空気が一変しました。彼と一緒にいる男子たちはもちろん、数名の女子が私に敵意剥き出しの視線を私に送ってきました。彼とあまり接していない(と思っていた)生徒も、彼に対する愚痴をこぼしていた生徒も、なんだか浮かない顔をしています。
 そうなんです。実は、彼のことをダメだと思っているのは、クラスで私一人だったんです。その時はじめて気がつきました。もう時すでに遅し。次の日から、私のことを誰も信頼の目で見る事はなくなりました。
 さらに追い討ちをかけたのは、彼が学校に復帰する日の朝、私とふたりで話をすることになったのですが、開口一番彼の言葉が突き刺さりました。
「先生さ、おれがいないほうがいいって言ったんだろ??」
 この後の展開はご想像の通りです。

 さて、このエピソードから学べる教訓、それが、
『ダメな生徒なんでひとりもいない』
ということです。どうしようもないのは気になる生徒ではなくて、教師であるあなたとの関係性なんです。実はクラスの、あなた以外の生徒の中には、彼のことをクラスのかけがえのない仲間だと思っている生徒が必ずいます。どんなに教師の言うことを聞かない、誰かに暴言を吐く様なひどい生徒でも、その生徒に対して寛容で、やさしいまなざしを送っている生徒がいるんです。そしてそう言う生徒ほど、先生は自分と同じ様に彼のことを思っている、と信じています。
 たいていの不良、と呼ばれるような男子生徒って、実は仲間や女子には優しかったり、体育大会などの勝負事には本気になったり、教師に不満がある時はみんなを代弁して言ったり、教師がみていない一面を生徒だけにみせているときがあるんです。ダメだと思っている生徒は、じつは全然ダメじゃないんです。

 今の私が、あの時の帰りのホームルームに行く直前の私にアドバイスするとしたら、以下のように言いたいです。

  • ダメだと思っている生徒の悪口や愚痴を他の生徒に絶対に言ってはいけない。その生徒をクラスから排除する事は、他の生徒に対して、ちゃんとしないと彼のようになるという隠れたメッセージになり得る。

  • ダメだと思っている生徒の良いところを自分から探そうとする。生徒に聞いてみるのが一番。生徒はちゃんとクラスメイトのことは見ていて、「〇〇だけど意外とこういう良いところもある」と教えてくれる。

  • ダメだと思っている生徒がいない時に、自分が思う彼の良いところを他の生徒に伝えておくと、絶対に彼に伝わる。「先生は自分のことそう思ってくれてたんだ!」となるはず。

 そう言えば、この話に出てきたダメな生徒と、卒業して3年後くらいに道端で会った時のこと。彼は数人の友達を連れていて、私を見つけるや否や、
「この人おれの中学校のときの担任!こう見えてめっちゃいいやつ!」
と言って肩を叩かれた。
ダメな教師なんてひとりもいないのかもしれません。




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