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少年期の終り / 『ウエスト・サイド物語』

去年スティーヴン・スピルバーグが2021年にリメイクした『ウエスト・サイド・ストーリー』を観た。ここでは1961年版の『ウエスト・サイド物語』と比較して云々するつもりはない。ただ単に私より10歳年上で76歳のスティーヴン・スピルバーグにとっても『ウエスト・サイド物語』は今でも心の中で輝き続ける宝物だということが感じられて、なんとなく嬉しかった。齢を重ねても若かりし頃の宝物を愛し続けることの大切さを今一度再確認させてくれた。『ウエスト・サイド物語』はこれからもずっと私の心の中で輝き続けるだろう。

2000年10月24日に他のサイトへ掲載した原稿を加筆修正しました。==================================

子供の頃に観た映画といえば、ゴジラやガメラなどの怪獣モノか、アニメ程度だった。

洋画を観るようになったのは1960年代後半で、小学生の頃か中学生になった頃だったと思うが、記憶は定かではない。

洋画を観ると言っても、映画館で観るのではなく、テレビで『日曜洋画劇場』を観るのが関の山だった。解説は淀川長治で、必ず「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」で番組を締め括っていた。また当時はレナウンがスポンサーで、映画の記憶と共に「レ~ナウ~ン、レナウン娘が …」みたいなフレーズのCMも未だに憶えている。

『駅馬車』などのジョン・フォード監督とジョン・ウェイン主演の西部劇、ちょっとシリアスな『イヴの総て』、子供ながらに怖かったサイコホラー的な『何がジェーンに起ったか?』等々、名作と呼ばれる作品も『日曜洋画劇場』で観たような記憶がある。

それはそれで十分楽しめた。しかし古い映画が多く、自分の生活と重ねて観れるような、つまりテーマや内容が身近に感じられる様な映画はあまり無かった。

それに残念ながら我が家のテレビは未だ白黒だった。

* * * * *

1969年の夏、中学2年生の時に大阪南部の富田林市へ引越した。

当時の状況に関しては 「四畳半の狭い団地の部屋とロックの師匠」に詳しく記した。

引越先の中学校で南B君に出会った。私と同時期に大阪市内から転校してきた南B君は映画が好きで『ウエスト・サイド物語』に熱中していた。

自分も映画が好きで毎回『日曜洋画劇場』を欠かさず観ていたぐらいだから、南B君とは馬が合い、南B君に感化されるのにはそれほど時間はかからなかった。

そして夏が終わり、秋が訪れた頃、『ウエスト・サイド物語』を大阪市内の繁華街、難波の映画館まで観に行くことを決めた。いい席で初回から観てやろうと思い、かなり早めに家を出たのを覚えている。

『ウエスト・サイド物語』は映画館で観る初めての洋画だった。それは『日曜洋画劇場』で観るような吹替え版ではなく、初めて体験する字幕スーパー版だった。それに繁華街の映画館へ行くのも初めてのことだった。

初めてづくしで緊張していた。ポケットに入れたお金を何度も確認しながら、繁華街の人混みの中を早足で映画館へ向かった。

* * * * *

ブザーが鳴り、館内の灯りが消える。すると大きなスクリーン上に長さの異なる無数の縦のストライプが映し出され、強烈な音楽が突如鳴り響いた。

メロディが変わると共に、スクリーンの色調がカラーチャートをめくるように変わる。そして音楽のエンディングが近づくにつれて縦のストライプは徐々に後退し、スクリーンの下に WEST SIDE STORY の文字が現れる。

無数の縦のストライプはマンハッタン島に一変し、音楽が終わると聞こえてくるのは口笛の響き…

そして物語が始まる…

Break on Through to the Other Side

試合開始早々から猛烈なジャブを食らった。そしてコーナーに追い詰められて強烈な連打を浴びているような状態だった。無数のパンチが今までの世界を、今までの自分を粉砕していく。

目まぐるしいスピードで展開する若者たちの愛と憎しみと社会への反抗のストーリー。白黒テレビを見慣れていた眼にはあまりにもカラフルで眩しい色彩の氾濫。スクリーン上で縦横無尽に展開されるダイナミックなダンスシーン。時に激しく時に甘く圧倒的に鳴り響くレナード・バーンスタインの音楽。そして何よりも主演女優ナタリー・ウッドの美しさ! 彼女はあまりにも眩しく、思春期の小僧にとっては女性美の象徴(これは今でも今後も変らない)となった。

Before / After

観る前の自分と観た後の自分は完全に別人だった。無数の強烈なパンチをスクリーンから浴び続けた約2時間半の間に自分は確実に変わってしまったのだ。少年期が終りを迎え、次のステップへと踏み出したのだ。

『ウエスト・サイド物語』を観た後、両親に小遣いの前借りを頼み込み、まるで禁断症状に襲われたかのように、急いでサウンドトラック盤を買いに走った。今でも覚えているが、そのサウンドトラック盤のLPレコードは2,100円だった。今の金に換算すると10,000円ぐらいになるだろう。

人生で初めて買った、当時の中学生にしては高価なLPレコードを毎日飽きることなく聴き続けた。歌詞カードを見ながら聞いていたので、英語のリスニング力の向上には多少なりとも役立った。また色々な音楽要素を内蔵していたレナード・バーンスタインの音楽を浴びるように聴いたことで、後にロックやジャズ、クラシックやオペラなどを違和感なく聴くことが出来るようになった。これらは『ウエスト・サイド物語』がもたらした副産物だろう。

一生を左右する出逢いは何の前触れも無く、ある日突然やって来る。

WEST SIDE STORY
The Original Sound Track Recording (1961 Film)

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