This is startup - 「キングダム」 with 「ドラえもん」~そもそも”知財”とは何だ?~
本記事は、「知財系 Advent Calendar 2023」(2023/12/24号)です。小川さん、バトンを確かに受け取りました。
【知財のバトン】
(2023/12/23号)小川徹さん「知財が好きという話」
↓
(2023/12/24号)木本「This is startup - 「キングダム」 with 「ドラえもん」~そもそも”知財”とは何だ?~」
↓
(2023/12/25号)Kenji Amanoさん「?」ラジオ番組「イレブンミュージック[弁理士永沼よう子の「知的カフェ」]」で本記事の前段をお話しています。ご興味ある方はこちらもどうぞ。
【要約】
はじめに
2023年6月。
鈴木健二郎さん(株式会社テックコンシリエ 代表取締役)と二人でお酒を飲みながら、「知財の定義」で盛り上がった。
事の発端は、「知財」という言葉の乱用に対する懸念だ。
ありがたいことに、「スタートアップx知財」というテーマの講演依頼を受けるようになってきた。
事前打ち合わせで必ず確認していることがある。
「僕に期待されているのは「知財」の話ですか、それとも「特許」の話ですか?」
特許の話を期待されること自体が問題なのではない。
しかしそれなら、「スタートアップx特許」と言って欲しい。
これらの違和感は僕だけのものではない。
昨年も実施された「知財系 もっと Advent Calendar 2022」で、安高さん(IP Tech弁理士法人代表弁理士・公認会計士)も同様の警鐘を鳴らしていた。
僕は、「知財が民主化され過ぎた」ことが原因だと思っている。
「知財」という言葉が使われ過ぎたことにより、使い勝手の良い言葉(バズワード)になってしまった、という意味だ。
この状況から「知財」という言葉の理解をコントロールするのは、なかなかに難しい。
こうなると、「知財」の啓蒙よりも「知財」に代わる新しい言葉に期待したくなる。
新しい言葉を生み出すためには、定義のアップデートも必要だ。
僕が「広義の知財」と連呼している理由はここにある。
そんな話を鈴木さんにぶつけていたとき閃いたのが、漫画「キングダム」のある一節、そしてあの「猫型ロボット」だ。
以前、スタートアップに関わる知財家が持つべきマインドセットの切り口でキングダムの「とある武将」を取り上げた記事「This is startup「キングダム(合従軍編−蕞)」」を投稿した。
本記事では、「知財」の再定義のために、キングダムに登場する「とある文官」を取り上げたい。
そして、キングダムから猫型ロボットにバトンを渡し、スタートアップに関わる知財家のあるべき姿を考察したい。
この記事の下書きを最初に書き上げたのは鈴木さんとお酒を酌み交わした翌日(つまり、半年前)。
それから継ぎ足しを繰り返してエントリに至った。
年始に弊ブログを始めたときから心に決めていた「知財系 Advent Calendar 2023」への投稿の日をずっと待っていた。
前置きが長くなったが、本題はもっと長い。
最後までお付き合い頂ける方には最初に感謝を述べておきたい。
Thank you, and Merry Christmas.
前提知識(キングダム)
キングダムとは
キングダムの物語は、始皇帝の幼少期から始まる。
そこには、始皇帝(嬴政)と秦の将軍李信(信)を中心に、様々なキャラクタの人間模様が描かれている。
僕が読み漁った漫画の中でも、スタートアップマインドに最も溢れた作品であり、「スタートアップインハウスの必読書である」と声を大にして言いたい。
登場人物
政(せい):後の始皇帝
【国王】中華を統べる事を夢見る若き秦国国王。
昌文君(しょうぶんくん)
【左丞相】政の教育係りから一番の側近へ。
李斯(りし):この記事の主役
【文官(呂氏四柱)】厳格なる法の番人。
そもそも”法”とは何だ?(ネタバレ注意)
本記事では、キングダム46巻に出てくる知財家必見の一コマを紹介する(このセクションを読み飛ばしても内容が理解できるように書いたので、ネタバレを回避したい方は読み飛ばして欲しい)。
あるとき、政は、中華統一後の統一国家の柱に法を据えることを宣言する。
「法」の理解が浅い昌文君は、「法の番人」と呼ばれる李斯を訪ねる。
李斯から「法とは何か?」を問われた昌文君は、「刑罰によって人を律し、治めるものだ」と答える。
これに対して李斯は、「馬鹿な!刑罰は手段に過ぎず、法の正体ではない!」と諭す。
続いて昌文君は、李斯に「法とは何か?」を問い返す。
李斯は、「"法"とは願い!」と言い放ち、「国家が国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものだ!」と続ける。
この李斯と昌文君の掛け合いは、様々な分野の人に共鳴した名シーンだ。
キングダムの原作者である原泰久先生のプロフィール(Wikipedia)を見る限り、法律のバックグラウンドは見つからない。
それにしても、なんという美しさ。
ご興味のある方は、原作を手にとって、李斯と昌文君の一挙手一投足を瞬きせずに見て頂きたい。
This is startup - そもそも”知財”とは何だ?
いよいよ本題である。
そもそも”知財”(知的財産)とは何なのだろうか。
知的財産基本法では、次のように定義されている。
ここで、僕の専門領域である特許を司る特許法の法目的を見てみる。
実務ではあまり見ることのない条文だが、原先生の表現に勝るとも劣らない美しさがある。
特許法は、発明の保護及び利用という手段の先に、産業の発達に寄与することを挙げている。
産業の発達に寄与するために、発明を奨励するのだ。
発明を奨励すれば、産業が発達するはずだ。
発明の保護及び利用(権利化と活用)は、産業の発達を実現するための手段なんだ。
僕にはそう聞こえる。
この法目的から、「知財」の正体は導出できるのだろうか。
仮に昌文君に「知財」を問うたとしたならば、彼はこう答えるだろう。
「知財とは、独占排他権を取得、活用することで自社の事業を成長させるものだ!」
独占排他権を取得し、活用すること。
これらが実務において重要なピースであることに疑いの余地はない。
しかし、僕は李斯先生にならってこう返したい。
「独占排他権の取得と活用は手段であって知財の正体ではない!」
では、「知財」の正体とはいったい何なのだろうか。
李斯と昌文君のやり取りを以下のように置換することで、この論点に対する仮説を構築する。
国家 → 創作者
法 → 知財
国民 → 社会
人間の在り方 → 発達と発展
形 → 言語
すると、1つの解に辿り着いた。
”知財”とは夢!
創作者が願う将来の社会の発達と発展の理想を言語にしたものだ!
特許法が「将来実現させたいと思っている事柄」とは何か?
それは、(将来の)産業の発達の理想だ。
そもそも、特許権は新規性(簡略化のために新規性以外の要件は省略する)のある発明に与えられる独占排他権。
新規性のある発明は、「発明者が将来実現させたいと願う産業の発達の理想を言語にしたもの」と言える。
これは、発明者が抱いた夢と言えるのではないだろうか。
このことは特許法に限った話ではない。
実用新案法も、意匠法も、商標法も、著作権法も、不正競争防止法も、その法目的に将来の発達や発展を掲げている。
こうやって法目的を並べてみると、法律は、社会(産業、文化、国民経済)の発達・発展という夢を追っていることが分かる。
僕は「知財にはそれだけのポテンシャルがある」と思っているし、「それだけのポテンシャルがあるものはすべからく知財である」とも思っている。
This is startup - 知財が夢ならば、知財は無限の広がりを見せる
次に、僕が経験した知財の外の領域である契約、人事、そして広報から得た学びに基づいて、知財の拡張を試みる。
契約も知財だ!「This is startup - 契約も知財だ!」
契約も知財である。
ともすれば自社に有利な条件で合意することが良しとされがちな契約。
しかし、それよりも重要なことがある。
それは、契約締結後の未来予想図の共有だ。
未来予想図は、両当事者が実現したいと思っている事柄だからだ。
契約締結は手段であって目的ではない。
特に、前例のない「大企業とスタートアップのオープンイノベーション」においては、未来予想図の共有こそが一丁目一番地である。
経験上、未来予想図の一致率が高いほど、オープンイノベーションは、ローンチまでの速度が速い。
契約締結後のオープンイノベーションのスピードは、未来予想図に律速される。
逆に言えば、オープンイノベーションの過程で生じる大企業とスタートアップのズレは、未来予想図のズレそのものだ。
僕も普及に協力している特許庁の「モデル契約事業」のマナーブックでも、「契約・交渉」の前段に「理念・目的の共有」を置いてる。
「理念・目的」は、事業の未来予想図であり、「夢」そのものだ。
ずっと心に描く未来予想図を共有できれば、オープンイノベーションは思ったとおりにかなえられていく。
人事も知財だ!「This is startup - 人事も知財だ!(創業者の魂は究極の知財)」
人事責任者時代には気づけなかった(気づく余裕がなかった)が、人事責任者を終えた後に振り返ったとき、僕は人事も知財であると気づいた。
僕は、人事責任者時代に会社のミッション&バリューの策定を推進した。
ミッションは、「創業者が会社に望む在り方の理想を言語にしたもの」であり、バリューは、「創業者が社員1人1人に望む在り方の理想を言語にしたもの」である。
だから僕は、創業者の想いを高純度で言語化することにとことんこだわった。
社員の意見を触媒としつつも、創業者の想いを精製することだけを考えていた。
そのため、経営者と伴走状態にあった人事責任者である僕の意思の流入を最大限排除することも強く意識した。
創業者の魂、それはまさに創業者の夢。
創業者の夢は究極の知財である。
そういえば、僕が学生時代から好きだったソニー(東京通信工業)の設立趣意書にも夢(知財)が溢れている。
広報も知財だ!「This is startup - 広報も知財だ!(後記「企業内弁理士が知財と広報を「兼務」して見えた一致点&相違点~知財はマラソン、広報は100m走!」(Toreru Media))」
広報も例外ではない。
僕は、広報に携わることになって以降、広報の諸先輩方やメディアの方とお話する機会が激増した(広報に携わるまでは、彼らとの接点は皆無だった)。
未だ勉強の毎日ではあるが、時間と共に分かってきたことがある。
それは、広報という仕事が将来の会社や事業の発達と発展を社会に伝える仕事だということだ。
例えば、ニュースリリースの記事も、SNS投稿も、取材記事も。
自分が関わった記事を見る度に、「読者は会社や事業の将来をどう感じ取ってくれるのだろうか?」と考える癖が付いた。
自社のリリースだけではなく、他社のリリースに対しても同様の物差しを当てるようになった。
将来の会社や事業の発達と発展を社会に伝える仕事。
言い換えると、広報は創業者の夢を社会に伝える仕事でもある。
This is startup - 知財が夢ならば、知財家はかくあるべし
知財が夢ならば、僕たち「知財家」はどうあるべきなのだろうか。
ここで、李斯先生からあの猫型ロボットにバトンを渡す。
「ドラえもん」。
これが僕の答えだ。
ドラえもんとのび太のやり取りを思い出して欲しい。
のび太 「ドラえもーん、ジャイアンにいじめられたよー」(ぎゃふんと言わせたいよー)
のび太 「ドラえもーん、しずかちゃんと喧嘩したよー」(仲直りしたいよー)
のび太 「ドラえもーん、スネ夫に自慢されたよー」(欲しいよー)
お気づきだろうか。
のび太はドラえもんにひみつ道具を発注していない。
当然だ。
ドラえもんの四次元ポケットの中身は「ひみつ」だからだ(そもそも、のび太に道具の発注は不可能である)。
つまり、「ひみつ道具」は新規性のある発明だ。
ドラえもんの四次元ポケットに仕込まれた新規性のある発明たち。
未公開の「ひみつ道具」を知りようのないのび太は、常に「お困りごと」(ニーズ)のみをドラえもんに伝えるほかない。
そんなのび太にドラえもんは、「僕に任せて」という表情を見せながら四次元ポケットから「ひみつ道具」を取り出し、道具名の詠唱と道具の解説を始める。
まるで、新規性のある発明を抽出し、クレームと明細書を仕上げる弁理士の所作だ。
こうしてドラえもんは、新規性のある「ひみつ道具」という発明で、のび太の課題を解決していくのだ。
多くのスタートアップ創業者と話し、多くのスタートアップインハウスの非知財人材と話してきたが、「知財」がとにかく伝わりにくいことは既に確信の域に達している。
僕が「知財」と「特許」の違いをいくら説明しても、簡単に理解される程に知財はわかりやすくない。
知財の素人であるスタートアップは、知財実務というひみつ道具を知らないのび太になって欲しい。
知財の専門家にお困りごと(ニーズ)を正確に伝えて欲しいのだ。
そんなのび太に対して、我々知財家はドラえもんになろう。
「特許を出したい」と言うスタートアップが現れた。
最初に聞くべきことは発明ではない。
スタートアップのお困りごと(ニーズ)だ。
ジャイアンにいじめられたのか(係争に巻き込まれたのか)
しずかちゃんと喧嘩したのか(オープンイノベーションのパートナともめたのか)
スネ夫が自慢したラジコンが欲しいのか(知り合いの会社が特許を出してることを知ったから自分も特許を出したいと思ったのか)
そして、スタートアップが思いよらない「ひみつ道具」(知財実務)を四次元ポケットから取り出し、詠唱と解説を重ねた後、スタートアップの課題を解決しよう。
そのために僕たち知財家は、新規性のある「ひみつ道具」を四次元ポケットに入庫し続ける必要がある。
それが、スタートアップというのび太に対する知財家というドラえもんの責務だ。
まとめ
知財とは、夢だ。
法律も契約も人事も広報も、将来の発達と発展という理想の実現を願って法律的、契約的、人事的、広報的なプログラミング言語で記述されたフレームワークである点において共通する。
我々知財家の仕事は、そのフレームワークの下、「将来の発達や発展の理想という夢」の言語化を通して、夢の実現に寄与することだ。
正直言って、「夢」というふわっとした言葉を主題とすることにいくばくかの勇気を要することは否めないが、今の僕には、結構しっくりきている。
僕は、知財投資に積極的な多くのスタートアップと仕事をしてきた。
彼らの知財投資には、何が託されていたのだろうか?
それは、創業者の「夢」だ。
そうであれば、創業者の「夢」の実現のために、四次元ポケットに仕込んだひみつ道具を駆使して創業者のニーズに応えることが、スタートアップに関わる知財家の務めであろう。
知財は夢。
スタートアップはのび太。
知財家はドラえもん。
This is startup.
Thank you.
明日はいよいよ「知財系 Advent Calendar 2023」の最終回。
アンカーは、Kenji Amanoさん!
関連情報
関連情報(知財は夢だ)
関連情報(広義の知財)
関連情報(「キングダム」に学ぶスタートアップ)
関連情報(本記事で引用した公式サイト)
関連情報(本記事で参照した法律)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?