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SFコメディ小説 『ベン』


第4話


ニャンコゥの夢



「イタタ……」

顔面だけが頭上に引っ張り上げられるような表情で、千翼ちひろは痛みを堪えていた。
流水も消毒液もキリキリッと沁みる。
数日で治りそうな擦り傷ばかりだが、千翼ちひろは自分の傷を見て、痛さがじんじん増して来たように感じた。

ニャンコゥが手当てをしてくれた。
救急箱の在処を教えると、手際良くサポートしてくれたのだ。
処置が終わった後、絆創膏を貼った一箇所を、ふわふわの毛並みでそっとくっついて来た。じんわりあったかい。「手当て」に似た「体当て」をしてくれているのか。
不思議と痛みが和らいだ。


「ニャンコゥ、ほんまにありがとう。
 きみは、京都のどこかに住んでるの?留学に来たイタリア人と一緒なのかな?」

「イタリア人の友人・レオナルドは大阪なんだ。ボクは京都に来たばかりで、
 住むところはまだなんだ。…でもね、ボク………、」


ニャンコゥは、うつむき加減に言葉を選ぼうとしていた。


「ニャンコゥ、うちに来たらどうかな?」
千翼ちひろが覗き込むように提案した。

千翼ちひろは、
ニャンコゥが軒下でとても嬉しそうに見つめてくれていたこと、
名乗った時の元気な声、
一生懸命に傷の手当てをしてくれた姿、
そして今くっついてきて傷を癒してくれる背中を見ていて、
この家で見つけてほしかったのかなあとニャンコゥが我が家へ辿り着くまでの気持ちをずっと考えていたのだ。


ニャンコゥがパッと顔を上げ大きな目で千翼ちひろを見た。ニャンコゥの目が潤んだ。

「ボク、一緒にいてもいいの?」


「昨日、一人というのか一匹というのか、家族が増えたばかりなんやけどさあ、それはワンちゃんやねん。ニャンコゥも加わったら楽しいなあと思って」


ニャンコゥはカウボーイハットを右手で取り、胸に当てて軽く頭を垂れた。
Grazieグラッツェ milleミッレ‼︎」

千翼ちひろはニッコリしながら言った。
「イタリアの猫ちゃんなんやからさあ、もっとグイグイ積極的にアピールするのかと思ったわあ」

「ボクはニッポンの奥ゆかしさも持ち合わせているイタリアの猫だからね!
 それに、イタリアの猫だって個性があるさ」


ニャンコゥは続けた。

「ボクはね、ここのおうちに決めてたんだと思うの。
 どこか懐かしくて…、引き寄せられたような感じがしたんだ」


ニャンコゥは、レオナルドと一緒にイタリアから来た。
JR大阪駅まではレオナルドが連れて来てくれた。しかしそこからは、ニャンコゥ一人でJR京都線に乗った。
京都に向かっていたところ、天下分け目の天王山の近くを電車が走っていることに興奮し、西山連峰のなだらかで美しい景色に、JR長岡京駅で下車することを決めたと言う。
駅の西口を出て、右も左も分からなかったが、導かれるように大通りを真っ直ぐ長岡天神方面へ歩いて行った。その途中にあるスーパー「万代」の手前を、市役所のある北側に曲がり、すぐの我が家へ辿り着いたらしい。
我が家が光り輝いていたらしいのだ。
この時千翼ちひろは、ニャンコゥの目に見えていたこととして、全て聞いていた。

ーーーしかし、我が家が「光り輝いていた」という謎の正体を、この後、千翼ちひろも目にすることになろうとは……。


駐車場に車が入ってくる音がした。
母とベンが買い物から帰って来たようだ。

千翼ちひろはニャンコゥに「一緒においで」と言って、玄関を開けに行った。

「お母さん、ベン、おかえり」

車から買い物袋を両手に持った母が玄関の方を見た。
「ただいま〜。ええ買い物出来たわあ。
 あら?千翼ちひろの足元に隠れてるのはオシャレな猫ちゃん?」

保冷バッグを両手で抱えたべンが眼鏡越しにチラッとニャンコゥを見た。

母は、千翼ちひろとニャンコゥの横を通り、玄関先に両手の買い物袋をよいしょと置いた。

ニャンコゥが照れた様子で、
「ニャンコ〜ゥッ」
と言った。まだ足元にいる。


千翼ちひろがニャンコゥを目の高さまで抱き上げて、
「お母さん、ニャンコゥも家族にしてほしいねん。ベンみたいに言葉も話せるねん。
 ほんでイタリアから来たんやで」

「え〜、イタリアから?
 えらいまた遠いところから!長旅、ご苦労さんやったねえ。
 猫ちゃんのお名前はニャンコゥちゃんて言うの?
 家族が増えて楽しなるわあ!
 今晩もzoomでお父さんに紹介やな!
 よろしくね、ニャンコゥちゃん‼︎」

母はニャンコゥの顔と背中を撫で、握手した。
そのすぐ後、ニャンコゥは安心した表情で、ふにゃふにゃと力が抜けて、千翼ちひろの腕からこぼれ落ちそうになった。寝ていた。
ようやく、緊張感から解き放たれたのだった。

保冷バッグを玄関先に置いたベンが、寝ているニャンコゥに近づき、千翼ちひろに替わって抱っこした。
そしてベンは、座布団にバスタオルを布団のように敷いて、ニャンコゥを寝かしてくれた。カウボーイハットもそっと外してやった。
「お前はイタリアからか…。現在いまってことか…」
ベンが呟いた。

千翼ちひろはよく分からなかったが、ニャンコゥのことを知っているのか、何なのか、また聞いてみようと思った。


母に続いてベンがシャワーを浴びて、さっぱりしたところで、
お昼ご飯を食べ始めた。焼き鮭がメインだ。
母とベンが、帰り道に国道171号線近くにある長岡京市の「フレッシュバザール」というスーパーに立ち寄り、アラとして売られていた鮭のパックだ。
母は、「ベンちゃんがええの見つけてくれたねん、美味しそうやろう!お昼ご飯にどうしても食べたなってなあ!」と、魚焼きグリルで焼いてくれた。

ニャンコゥが「良い匂いがする」と起きてきた。
お腹がペコペコだったようで、喜んで食べていた。フォークとナイフを上手に使って。
ベンもニャンコゥもペットフードは嫌みたいだ。

お腹が満たされ、次はお昼寝モードになってきた。
何せ外は30℃を超えている。10月初旬なのに、真夏日が続くと、天気予報でも伝えられていた。こんな日は、クーラーの効いた家の中にいるに限る。

みんな、リビングの好きなところに昼寝用の敷物をして寝た。
そして千翼ちひろは夢を見た。
外国の景色、外国人たち、何より目線が低い。たまに飛び上がって高いところを歩いているようだ。
…夢がどんどん鮮明になってきた…。

ん?これは、どうやら、ニャンコゥの夢…?ニャンコゥになった夢?
今度はお母さんもベンも出て来た。ニャンコゥもいる、私も自分の体のようだ。
我が家のリビングにいるのか?みんなが夢の中に出て来て、我が家のリビングに集合しているのか…。



<イラスト「ニャンコゥの夢」・文 ©︎2021 大山鳥子>



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