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【文化財紹介】街角のモダンな眼医者さん
【2022年12月1日/大阪歴史倶楽部】
大阪歴史倶楽部です。
大阪市西区にあります昭和初期に建てられたモダンな眼医者さんの建物をご紹介いたします。
旧菅澤眼科病院
大阪市西区の土佐堀川のすぐ近くにある旧菅澤眼科病院の建物は、いまから90年以上も前の1929(昭和4)年に建てられた、とてもモダンな病院建築です。国の登録有形文化財となっています。
この菅澤眼科病院は、もともとは1894(明治27)年に大阪市の南側に隣接する堺市で開業し、その約3年後に現在地(大阪市西区)に移転してきたと伝えられています。現在は眼科は閉院していて、この建物はテナントビルとして活用されています。
なお、この建物は文化庁の『国指定文化財等データベース』によると上述の通り1929(昭和4)竣工と登録されているのですが、インターネット上では前年の1928(昭和3)年竣工としている情報もいくつかあります。
外観の写真
以下は旧菅澤眼科病院の外観の写真です(2022年11月 大阪歴史倶楽部 撮影)。
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この建物は、大正時代から昭和初期にかけて大阪市がもっとも繁栄した「大大阪時代」のモダンな雰囲気をとてもよく伝えている建物だと思います。
建物の特徴
このビルは鉄筋コンクリート造りの地上3階建です。建物の南東の隅を曲面にし、そこに玄関を設けています。外壁は黄褐色のタイル貼りで全体的にアール・デコ風に仕上げています。昭和初期に流行したモダンなスタイルを今もよく伝えている建物だと思います。
建物全体に縦長の窓が配置されていて、最上階の窓の上端部はアーチ型に仕上げられています。その窓の間を柱に見立てて、軒下の部分には柱頭を思わせるような渦巻状の装飾を施しています。
玄関の両脇と上部にはステンドグラスが嵌め込まれています。また外壁に貼られているタイルはドイツから輸入されたものと伝えられています。特徴的な玄関部分の柱は建物の構造には直接関係がなく、当時の遊び心(デザイン)として設けられたそうです。
また、2、3階は当初は病室となっていたということです。
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旧菅澤眼科病院への行き方
旧菅澤眼科病院へは、大阪メトロ四つ橋線「肥後橋」駅2号出口から土佐堀通沿いに西へ約700m(徒歩約15分)、または京阪電車「玉江橋」駅6番出口から南へ約700m(徒歩約15分)です。京阪電車を利用する場合は途中、常安橋を渡って土佐堀川を越えます。
行き方の目安は、土佐堀通の「土佐堀1」交差点からさらに100mほど西へ行って1つ目の信号を北へ入ってすぐです。周りを大きなビルに囲まれていますが旧菅澤眼科病院の建物は土佐堀通から見えます(2022年11月現在) 。
文化財データ
旧菅澤眼科病院
大阪府大阪市西区土佐堀2丁目47-1他
1929(昭和4)年 竣工
鉄筋コンクリート造3階建(塔屋付)
設計:清水組
施工:清水組
※国の登録有形文化財
写真:2022年11月大阪歴史倶楽部 撮影
![](https://assets.st-note.com/img/1669821996196-YmIb8OFEP2.jpg?width=800)
おわりに
大阪市が繁栄を極めていた大正時代の後半から昭和の初めごろ。当時の大阪市は人口が首都東京を上回り、経済規模においても東京を凌いでいました。
大阪市ではあらゆる産業が発展し、学問・芸術・文化が花開いていた栄光の時代「大大阪時代」を迎えていました。大阪の街が「モダン都市大大阪」「モダン大阪」と呼ばれ、モボ・モガ(モダンボーイ/モダンガール)たちが街を闊歩していた華麗な時代です。
土佐堀川や土佐堀通周辺は、当時の大阪の政治・経済・流通を支えていた中心地でした(いまも同様に大阪の政治・経済・流通の中心地です)。そのような場所に当時1人の眼科医の先生が、当時の流行の最先端を行くこのようなモダンな病院を建てました。
大大阪時代の建物は、その後の老朽化による解体や建て替え、新たな開発などによって多くが失われましたが、この旧菅澤眼科病院の建物はいまも当時の栄光の雰囲気を伝えているモダンな建物で、非常に貴重な文化財だと思います。
なお、ここで紹介いたしました旧菅澤眼科病院の建物を見学したり写真や動画などを撮影されるときには、所有者さんや管理者さん、周辺の方々に不快感を与えたりご迷惑にならないよう充分なご配慮をお願い致します。
また許可なく他の人の敷地内に入ったりしないようお願いいたします。とくに建物内部の撮影はセキュリティの関係もありますので、必ず所有者さんや管理者さんなどの許可を得てくださいますようお願いいたします。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
【おもな参考資料】
◎『国指定文化財等データベース』文化庁 2022年版
◎『文化遺産オンライン』(Web 版)2022年
◎『大阪市(西区の都市景観資源)』(Web版)大阪市 2022年
(『大阪歴史倶楽部』第1巻 第8号 通巻8号 2022年12月1日)
©2022 大阪歴史倶楽部 (Osaka Historical Club)
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※次号は2023年1月1日に投稿する予定です。
《次号予告》
【文化財紹介】
(内容未定)
いつものように近代の文化財をご紹介させていただきたいと考えています。