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めっきらもっきら

子どもの頃は、夏休みが退屈だった気がする。


朝は6時半からラジオ体操。ご飯を食べたら宿題ワーク。
その後は、昔のアニメの再放送を見たり、近所の友だちと外で遊んだりして、お昼に素麺を食べ、
また外で遊んだり、ゴロゴロ寝転がって本を読んだり。

絵に描いたような、のんびりした子ども時代、と今は思えるが、当時はその豊かな〝自由時間〟を持て余していた。
夏休みならではの、楽しい行事も特別な予定もあったのに。長い休みが退屈だなんて、何て贅沢な悩み。

あれもこれもやるべきことがあって、常に何か先のことを予定したり、考えたりしているような今の自分には、あのねっとりとした、退屈な時間の流れは、感じにくくなってしまった。

でも、お盆を過ぎた最近になって、我が家の長男もよく「ひま」「何したらいい」とのたまう。
暇、退屈と言う割には、こちらが提案したことには全く興味もやる気も示さないのだけれど。

そんな、夏休みの日に思い出す、一冊の絵本がある。

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絵本の主人公、かんたも、一緒に遊ぶ友だちが見つからず、長い1日を持て余している。

かんた は退屈の余り、1人、古い神社で、めちゃくちゃなでたらめの歌を歌って、聞こえてきた奇妙な声に誘われ、不思議の国のアリスよろしく穴の中に落ちていくのだ。

ちんぷく まんぷく
あっぺらこの きんぴらこ
じょんがら ぴこたこ
めっきらもっきら どおんどん
めっきらもっきら どおんどん


あそぶともだちが だれもいない。
みんな どこへいったのかな?


表紙をめくれば、夏の日のムワッとするような熱い空気が伝わってくるようだ。

ここまできたのに だれもいない。


私は、かんたみたいに神社の敷地で遊んだりした記憶はないと思うのだけれど、絵を見て何故か、懐かしい気もちになる。

これまで見てきた、いろいろな物語や情景が、無意識下で結びついて誘いかけてくるんだろうか。
不思議な世界の入り口が、すぐそこにあるよ と。


穴の中に落ちていったかんたは、そこで不思議な3人に出逢う。
一見奇妙でちょっぴり怖い3人だけれど、とても人懐っこくて、一緒に遊ぶ友だちを探している彼ら。
かんたに「ばけものなんかとあそぶかい!」と言われて、うおーんうぉーんと泣いてしまう姿は、なんだかとても子どもっぽくてお茶目だ。

このシーンで、読んでいる子どもたちも「あれ、何だかあまり怖くなさそうだぞ。」とちょっと安心するに違いない。

私が好きなのは、3人が、じゃんけんぽんでかんたと遊ぶ順番を決めるところ。奇妙なあっちがわの世界でも、じゃんけんで順番決めるって、子どものルールは強くて面白いな。


この本の見どころは沢山あるけれど、

一緒に友だちになって遊びたい、と思ってしまう魅力的な3人のキャラクター、

そして、どこにでもある景色から、あっという間にかんたと共に不思議の世界に連れて行かれてしまう、展開の素敵さ、だろうか。

ふりやななさんの、表現力豊かな絵はもちろんのこと、作者の長谷川摂子さんの、読んでいてとても歯切れ良く、リズミカルな文章がいい。
長谷川さんは保育士さんとして働かれていたそうだから、泣いたりケンカしたり、きゃあきゃあいって遊ぶかんたたちを、リアルな子どもたちの姿から、生き生きと物語に描き出すことができたのかな、と思ったりする。


また調べてみるとこのお話は、長谷川さんが、お子さんに作って聞かせたお話が元になっているそうだ。
かんたのでたらめな歌詞は、お子さんといっしょに、歌いながら考えたんだろうか、とか想像すると、また別の楽しさが生まれてくる。


そのおかしな3人の姿と、
かんたがどうして元の世界に戻ることになったかは、ぜひ、絵本を読んでほしい。


夏が音もなく過ぎていく。
昼は未だ紛れもなく真夏のど真ん中の暑さだが、蝉の声の迫力が弱まって、夜の来るのが早くなった。

今週金曜には、「となりのトトロ」が放送される。
セリフを覚えるほど見ているのに、夏がくるとまた見たくなる、青い空と、ふしぎなおばけとの出逢い。
トトロは、美しい夏の風景の中で描かれる、きっと誰もが知る名作だと思うが、
私にとってはこの絵本もまた、夏が舞台の名作の一つだ。


1985年発行のお話だけれど、
平成の子どもたちにも、令和の子どもたちにも、手にとって読んでもらいたいな、と思う。


そしてぜひ、声に出して〝めっきらもっきら‥〟と歌って欲しい。
どどーっと風が吹いて、3人の声が聴こえてくるかも知れないから。


「めっきらもっきら どおんどん」

  《こどものとも》傑作集
  長谷川摂子 作・ふりやなな 絵
  福音館書店



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