究極のメンタル④ フォームは固めない? モノマネで磨かれた本番での強さ

この連載はソフトテニス元日本代表の篠原秀典さんにインタビューを行い、哲学的に分析した内容を記事にまとめたものです。
 
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究極のメンタル④ フォームは固めない!? 


 フォームは当然固めるものだと思いますよね?私も学生時代は、反復練習をして、調子がいいときの打ち方を固めることを大事にしていました。でも、試合になると全然違う打ち方になって崩れてしまっていました。一流選手はもっとフォームをしっかり固めているから試合でもパフォーマンスが落ちないと思っていたのですが、篠原さんの話を聞いてみると、話はもっと複雑なんだと分かってきました。
 
 というわけで、今回は「フォームを固める」というテーマで話をしていこうと思います。
 
 なんと篠原さんはフォームを固めようとしていなかったと言うのです。「自分のフォーム」というものがなかったとも言っています。
 
 それがどういうことなのかは、篠原さんのキャリアを順に辿っていくと分かります。


モノマネ 


 高校生くらいのときには、誰かの打ち方を真似していたと言います。
 
篠原:人の真似するのは結構得意だったな。真似って言っても別にフォームとか似てるわけじゃないんだけど、なんかこうイメージを真似するっていうのは結構好きだったんだよね。あの人の打ち方のイメージとか、配球のイメージとか。
筆者:あぁ、配球も。
篠原:あのショットの飛び方のイメージとか、をイメージすると結構、すぐ出来たし、いい、自分がこう、なんか、いい自分が、いいイメージになっていくっていうか、プレー自体が、全体が。
 
 篠原さんの「真似」は普通の意味での「真似」よりかなり広い意味で使われていることが分かります。普通、真似と言ったらフォームを真似することをイメージしがちですが、篠原さんは配球やボールの飛び方といったものまで真似していたと言います。
 
 また、真似する対象も広かったようです。男子の日本代表レベルの選手はもちろん、高校のトップレベルの選手や女子選手も真似していたそうです。
 さらに、いつ真似を行うかにも、特徴があります。練習中だけでなく、大会本番でも真似のイメージのまま戦うこともあったと言います。
 
 以下のように語っています。
 
筆者:なんかそれも誰って決めてるわけじゃなくて色々、いろんな人を色々真似してみる?
篠原:そうそうそう。あの人のあのショットいいじゃんみたいな。あれどうやって、どうやって打つのってなると、あの人の打ち方真似すれば打てるんだろうなみたいなところでそのショットを覚えたりとか。高校のトップクラスの選手を真似したりとかしたし、あの人のフォームかっこいいみたいな人の真似したりとか、して、で、すげー上手くいって、勝ち進んだ大会もあるし。もうその大会全部その人の真似、真似でみたいな(笑)今考えると面白いよね。
 
 大会本番で真似をするとか、怖くてできないですよね(笑)私が思うに、篠原さんの強みは、いったん良いかもと思ったことには、それが新しいことであっても挑戦できるオープンさにあると思います(随分と思い切ったことをしていますが、話し方のトーンからは、さらっと軽やかに挑戦している印象を受けます。上手くいかなくても大丈夫という自己肯定感があるような感じです。テープ起こしだけでは部分的にしか伝わらないところが残念です。雰囲気はこの動画から感じ取れるからもしれません https://youtu.be/nQUtvdBejTU)。


フォームを固めない


 このように主に高校時代は誰かの真似をしていたので、大学に入っても「自分のフォーム」がないという状態だったそうです。大学までは、篠原さんもフォームが固まっていないのは良くないのではないかと思っていましたが、次第にこのことを肯定的に捉えるようになって、社会人時代には「フォームは固めなくていい」という考えに行きつきました。
 
 そう考えるに至った理由の根幹には、「勝てばいい」という考え方があります。「勝てばいい」のだから、ボールは「入ればいい」ということになります。今回はこの考え方について詳しくは触れませんが、ここで押さえておいてほしいのは、勝つことが目的であるのだから、フォームを安定させること自体が目的化してはならないのです。
 そして、勝つためには、ボールが安定して入ることが重要であって、フォームが安定していることが重要であるわけではないのです(もちろんフォームが安定していた方がボールが安定して入ることが多いでしょうが、ここで大事なことはどちらが本来の目的であるかという順番です)。過程と結果という言葉でまとめるなら、フォームは過程であって、ボールが入るかどうかが結果です。大事なことは結果が安定することであって、過程が安定することではありません。


卓越した対応能力

 フォームを固めるだけではボールが安定して入るようになるとは限らないのはなぜでしょうか?問題になってくるのは状況の変化です。
 
篠原:だって、毎日違うじゃん自分、っていう(笑)(※自分の状態が毎日違うという意味)なのにフォームは一緒っておかしいじゃんっていうさ、うん。フォームとか、その体の使い方っていうの。結果(として)、球が同じように飛べばいいわけだから。その球の飛び方は自分の中で記憶があるじゃん、いい球の飛び方っていうさ。それを実現できる、その、ラケットの使い方、体の使い方が、その日その日でやっぱり自分の調子によって、体調だとか天候だとか、色んな要素によって変わってくるはずだから、変わって然りなんじゃないかなっていう。
 
 ソフトテニスの場合、コートやボールの状態によってボールのバウンドの仕方が変わってきます。また、体調も毎日変化しています。このように状況が毎日、毎回、微妙に違っているのです。そこで、もし全く同じフォームで打ち続けたらどうなるでしょう?状況が変わった途端に全然ボールが入らなくなってしまいますよね。
 ソフトテニスの場合、試合会場になるのは、いつも練習しているのとは違うコートであることがほとんどです。その違いに対応できずに、同じようなミスを繰り返してしまうことはあるあるだと思います。タイミングが微妙にずれて、同じようなミスを繰り返すとか。(私は完全にこのパターンです。書いていてつらい笑 ソフトテニスは試合が短いから、同じミスを数本繰り返すとそれだけで致命的になってしまいます)
 
 ですから、対応力、調整力を磨くことが、試合で勝つために非常に重要になってくるわけです。篠原さんの技術が卓越しているのは、毎回全く同じフォームで打っているからではなく、状況に合わせて巧みに調整する力があるからです。以下のような繊細な調整をしています。
 
篠原:何によって調整するかっていう、調、、うーん、調整する要因?が、今言ったように違うんだろうな。風、だったら風だけじゃなくて、例えばいろいろ、太陽がどっちにあるか(笑)とかみたいなのとか。何見てるんだろうな、俺。風、サーフェス、まあオムニ、オムニだったとしても砂の量とか芝の長さとか、あとは足の滑り方、うーん、、あとはボール、ボールの、ボールの具合だよね、新しいのか古いのかとかさ、ボールの具合、、
筆者:体調ってのはどのくらい?
篠原:体調は、いや結構あるよ、やっぱ、股関節の可動域とか、その自分の疲労度、疲労度、股関節だろうな、そうだな、主に股関節だな、俺の場合は。あとは腰の、この、旋回の具合、かな。捻りやすさっていうの?疲労度、まあ、あとは自分の動き。自分の動きっていうのは、自分の感覚の中でのことだけど。こう、いい状態、素早く、簡単に言ったら、素早く大きな力が出せるのか、それとも、こう瞬発的な力が出せないのかっていうのは、結構、判断基準、基準だったな。まあ疲労度とかも関わってくると思うんだけど。
 
 このように、さまざまな要素を考慮して、フォームを微調整していると言います。コートの状況(オムニなのか、ハードなのか、インドアなのかはもちろんのこと、同じオムニコートでも砂の量、芝の長さ、滑りやすさなどによって違いはあります)、ボール、風、その日の体調(股関節の可動域、疲労度)など、さまざまな要素を考慮に入れていると言います。そして、フォームの方もいろいろな形で調整します。グリップ(グリップの握り方も日によって少しずつ違うそうです!)、面の当て方などを調整します。
 まとめると、一般のプレーヤーと大きく違う点は、考慮する要素が多く(やや堅い言い方をするなら、変数が多い)、なおかつ、多くの要素を考慮しても混乱せずに巧みな調整を行えることです。(篠原さんの話を聞くようになってから、僕も挑戦していますが、考えることが増えすぎて混乱してしまうこともあります。今回の話は上級編なので、取り入れる際には十分気をつけてくださいね。)
 
 大会になるといつもと違うボールしか打てなくなる人は、この調整・対応の練習をしていないから、本番でうまく調整ができないのです。そもそも、調整するために考慮する要素が少ないかほとんどないという人も多いでしょう。調整するための手掛かりが誤っている場合もあります。
 
 
 ところで、野球の桑田選手を対象にした研究によると、桑田選手のフォームもバラツキが大きいそうです。にもかかわらず、ボールは同じコースへとコントロールされている。しかも、興味深いことに、桑田選手の場合、フォームがバラついていることに無自覚だと言うのです。トップアスリートはこういう無意識やそれに近いレベルでの微調整の能力がとても高いと言えると思います。


 
 最初の驚きは、投球フォームが毎回違っていたことでした。同じ条件で30回投げてもらったところ、リリースポイントが1球目と30球目で水平方向に14センチもずれていたのです。目の位置で見ると、ちょうど頭一つ分。前にずれつつ、さらに高さも低くなっていました。つまり30球目のほうが、体が沈んで前に出ていたのです。大学や社会人のピッチャーよりズレが大きい

伊藤亜紗『体はゆく』p69 (一部表記を変更している箇所があります)
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 先ほど私が「過程の安定」と「結果の安定」と整理したことを『体はゆく』では「機械的な再現性」と「変動の中の再現性」という言葉で表現しています。
 


確かに私たちの体には無数の関節や筋があり、それらの組み合わせ方によって、同じ動作に対して無数のやり方がありえることになります。桑田は、その「こうでも」「ああでも」のあそびを使いこなしている。唯一絶対の投げ方に最適化されたピッチャーは、環境が変われば、その誤差がそのまま投球の結果に響いてしまうでしょう。重要なのは、「パフォーマンスが毎回同じ」(機械的な再現性)ではなく、「結果を同じにするためにパフォーマンスを変える」(変動の中の再現性)なのです。
 

前掲書 p74


 これは、私の仮説にすぎませんが、この調整能力・対応能力の高さは、キャリアの初期でさまざまな真似をしてきたことによって培われているのではないでしょうか?
 キャリアの序盤で、物真似という形を通してさまざまな打ち方を試していることで引き出しが増えていて、キャリア後半で高い調整能力を発揮できたという可能性があると思います。真似の経験が生きていて、どの要素をどれくらい変えれば、自分が打つボールがどれくらい変わるかが把握できているのです。だから、その日の状況に合わせた微調整が巧みに行えるのです。
 
 やや私が誘導尋問したような形になっていますが以下のように語っています。
 
筆者:うーん。そうですよね、その日にガラッと変えてみるとかいっても、別にどっかで一度試したようなことがあるようなことってことですよね、絶対に。
篠原:そうかもしれない。
筆者:何かしらつながってるってことですよね。
篠原:確かにね。うーん。うん、そうかもしれないね、言われてみれば。
筆者:練習のときから色んなことやってるから、そのうちのどれを使うかを変えるくらいな。
篠原:うんうんうん。
筆者:っていうことですよね、きっと。
篠原:そういうことだし、これとこれの間だったら、こうなるだろうみたいなのはさ、なんとなくイメージつくじゃんか。そこを、そこをやってくみたいな感じかなあ。
あぁ、それあるかも、試したことあるかもしんないね。そうかもしんない。うん。どこかでね、その記憶がちょっとある、あるんだ、だからこれやってみようっていうのが出てきて、あんときのこれ今使おうみたいな、ちっちゃい引き出し開けたみたいな感じのね(笑)ああ、それはあるかもしんない。
 
 私は篠原さんの話から以下の実験を連想しました。ある課題を行い、その後訓練期間を設けてから、もう一度課題を行うという実験です。1回目で多様な間違え方をした子供の方が、2回目の成績が良くなるという結果が出たそうです。
※ただし、この実験は比較的短期的な学習に関してのもので、今回の記事のようなキャリア全体にわたる学習に関してのものではないです。だから、実験結果を長期的な学習にまで当てはめることは学問的にはいけないことですけど、この記事は学術論文ではないので、私の思いつきも書かせてもらいます。 


 また、ゴールディン=メドウらのジェスチャー・スピーチ・ミスマッチの実験でも同様の結果が得られている。彼女らは、9、10歳児に数が等しいかどうかを問う、この年齢の子供にはほどほど難しい算数のある課題を教える実験を行なっている。事前にミスマッチを繰り返す子供と、ミスマッチをほぼしない子供を選び出し、彼らにこの課題の解決に必要な事項を教えた。教えている最中の成績については、ミスマッチをするグループもしないグループも差がなかった。しかいし、その2週間後にテストを行うと2つのグループには大きな差が現れた。ミスマッチグループの子供はそうでない子供の5倍もの成績を収めたのである。つまり、揺らぎや変動性を伴う子供たちは、練習から得たものを持続的に用いることができる一方、揺らぎの少なかった子供たちは学習期間を過ぎると急速に教えられたことが実行できなくなってしまうのである。
 このような結果は、発達、学習における揺らぎが何を意味するのかについて重要な知見を我々に与えてくれる。揺らぎは単なるでたらめや一貫性のなさの現れでは決してない。逆に、揺らぎは次の段階への準備状態を表すのである。こうした準備状態にある子供たちは、経験から多くのことを学び、それを持続させることができる。

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 学習の早い段階で多様な経験をしておくことで、多様なフォームを使い分けることが可能になるのかもしれません。堅い言い方をすれば、揺らぎや冗長性が大事と言うことです。
 
 さて、ここで話を広げて「効率の良さ」というものについて考えてみたいと思います。篠原さんの話を聞いていると、失敗を避けることが最短距離ではないと分かります。むしろ、遊び心をもって多様な経験をした方が上達のスピードは速いでしょう。


効率の良さとはなにか?


 「効率の良さ」というと、失敗をせずに目標に向かって最短距離で進むことがイメージされがちと思います。しかし、ここまでの話を踏まえると、最短距離を目指すとかえって実力は伸びないのではないかと思えてきます。最短距離を目指していると、ある条件にだけ過剰に適応したフォームになってしまう危険性があります。さまざまな挑戦をしてみて、さまざまな失敗をしていると、困ったときにどういう対応をすればよいかが分かるようになります。
 
 イチロー選手が「無駄なこと」を大切にしているのも同様の理由からではないでしょうか?
https://news.yahoo.co.jp/articles/38a88b591ec76449a3510d57ec1589ee56ce152b
 自分で非効率的なことも経験していないと、効率的なやり方のどこが効率的なのかを感じ取れなくなってしまいます。
 
 このことは、私が勉強を教えている中でも感じています。
 僕が「いい!」と思う勉強法を伝えたときに納得してくれるのは、それまでに効率の悪い勉強法で努力してきた生徒です。今まで勉強を頑張った経験が全然ない生徒に、いい勉強法を伝えても、その良さがあまり伝わりません。
 また、過去問演習で解き方を固めていたのに、本番で崩れしまう生徒もいます。受験の場合、本番になると解くスピードが変わってしまう生徒が多いです。一つ目のパターンは、いつもはフィーリングで「これで合ってるだろう」と思っている箇所で不安になって、時間をかけすぎたり自分の答えに自信がなくなったりするパターンです。もう一つのパターンは、「間に合わないのではないか」と不安になって、急いで解くものの、いつもより速く解いている上に精神的な焦りもあって頭が真っ白になってしまうパターンです。過去問演習の段階で一つのやり方しか試していないから、本番でそのやり方に自信が持てなくなってしまうのではないでしょうか。色々なやり方を演習の段階で試していれば、その中で「これが一番いい解き方だ!」というやり方に自信を持てるようになるのかもしれません。


対応力が低い人の特徴


 ここまで篠原さんの高い対応力と調整能力を見てきたので、最後に、対応力や調整能力がない人がどういう人なのかをまとめます。
 まず、対応力のなさは本番での弱さにつながります。本番での弱さの原因はメンタルの弱さにあると片付けられがちですが、他の考え方もできるでしょう。試合に負けた原因を「メンタルが弱い」で片付けてしまうと対策が難しくなりますが、「対応力をつけよう」なら具体的な対策も浮かんできますよね?
 
 まず、練習でフォームを固めすぎていることで、試合会場の状況に適応できなくなっている可能性があります。これは練習中に、いろいろな技術を試していないこと、手がかりにする情報が少ないこと(例:風を考えていないこと)、手がかりにする情報が不適切であること(例:コートの景色だけで距離感を合わせる)、調整の仕方が誤っていること(例:バックアウトのミスが続いたら、手打ちでただコートに入れるだけのボールを打つ)などが原因として考えられます。
 そういう練習をしていると、本番でいつものようにボールが打てなくなり、練習では固めていたフォームを、本番ではむしろ変えたくなってしまいます。本末転倒ですが、しばしば起こることです。試合になると、普段の練習では全く見たことがないようなフォームになってしまう(うう、自分に心当たりしかない、、)。本番では練習よりも強いプレッシャーがかかるので、練習では不安を感じなかったことにも不安を感じるようになります。そのときに「いつもの打ち方ではだめかも」と思って、全然違う打ち方をしてしまうのです。しかし、練習では一つの打ち方しか練習してきていないので、本番でいきなり打ち方を変えて上手くいくはずもなく、崩れてしまうのです。
 こういう失敗を防ぐためには、普段の練習で失敗から上手に学習することが大切になります。失敗をしているからこそ、良いものの良さが分かるようになるのです。正解だけ教わっても、良いものの良さは理解できません。本番の強いプレッシャーの中で判断して行動するのは自分自身しかいません。人から「これが正解だよ」と教わっているだけでは駄目で、他ならぬ自分自身で良いものも悪いものも体験していないと、強いプレッシャーの中で自信を持って判断することはできないのです。メンタルの強さというのは、がっちりと固定したものではなくて、状況に合わせて変動しながらも安定した結果を出すしなやかさの中に宿るものなのです。


やっぱりフォームは固める?


 最後に、念の為に言っておくと、フォームを固めないということは、毎回、適当なフォームで打つことではないです。篠原さんも、練習の中で、いい感覚を繰り返し染み込ませるようなときもあると言っています。反復練習の大切さについても記事を書きたいです。今回の話と反復練習が大切であることは矛盾しないんですよ。言葉で表現するのがとても難しいところですが。

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