究極のメンタル③−3 ゾーンに入りたくない!? 意識の向け方編
今回が「ゾーンに入りたくない」の最終回です。
今回の記事では、篠原さんが実際に試合中にいつ何をどのように考えているかをできるだけスローモーションで取り出してみたいと思います。
技術的なことはYouTubeなどでいくらでも見ることができる時代になってきましたが、選手が何を感じて何を考えながらプレーしているのか、一般のプレーヤーにはまだまだ分からないことだらけですよね。そこを少しでもお伝えできればと思っています。
1回目の記事で篠原さんがゾーンに入らない戦い方を選んだ理由を確認し(https://note.com/daikatsumata_54/n/nfa86078e7b6c)、2回目の記事で篠原さんがどのようにして試合をコントロールしていたかを確認してきました(https://note.com/daikatsumata_54/n/na379b8c1aeff)。
2回目の記事を読んだ方は、篠原さんのキャリア後半のコントロールや駆け引きを重視した戦い方は、ゾーンではなかったと言っても、とても高いパフォーマンスが発揮される状態だと感じたのではないかと思います。
パフォーマンスのレベルが高いという意味では、キャリア後半の戦い方もゾーンと呼べるかもしれないし、キャリア前半のゾーンよりすごいものと言ってもいいのかもしれません。実は、篠原さんもコントロールを重視する戦い方もゾーンと呼べるのではないかと迷っているときもあります。
しかし、ここで大事なことは、コントロールを重視する戦い方がゾーンであったのか、そうでなかったのかを決めることではありません。キャリア前半の戦い方と後半の戦い方がどう違うのかを明らかにしていくことが大切です。二つの戦い方が質的に大きく異なるものであることは確かです。
今回の記事では二つの戦い方の質の違いを整理していきます。
二つの戦い方のモードがどう違うか見ていきます。言い換えると、試合中にどこにどのように意識を向けているのか、意識がどのように働いているのかといったことを見ていきます。まずは、どういった点がポイントになるのかを大まかに確認してみましょう。
まず、ポイントになるのは、意識を向ける対象、注意を向ける対象です。ゾーンのときは相手のことはあまり考えていないし、駆け引きのことは考えていません。一方で、キャリア後半は、ペアや相手や会場の雰囲気や風などさまざまなことに注意を向けています。
次にポイントになるのは、意識してやっているか無意識でやっているかです。ゾーンのときには、ほとんど無意識でプレーしていて、試合後に試合内容を思い出そうとしても記憶が断片的になっています。キャリア後半では、試合の流れを意識しながらプレーを選択しています。そういう意味では意識的です。しかし、速いラリーの中での思考は、とても素早く自動的なものなので、そういう意味では無意識的とも言えます。意識的か無意識的かの区別は難しいです。
すでに少し触れましたが、思考の速さもポイントです。ポイント間で考えるときとポイント中に考えるときでは思考のスピードも変わってきます。
集中の深さもポイントになります。どちらの戦い方も集中状態にはありますが、ゾーンのときの方がより深い集中状態にあります。
そして、これらの意識の向け方を使い分けているかどうかという点もポイントになります。ゾーンのときは試合の最初から最後まで深い集中状態に入り続けています。一つのモードで最初から最後まで戦います。一方で、キャリア後半では、局面によって意識の向け方を変えて、様々なモードを使い分けています。
大まかなポイントを確認したところで、より具体的に二つの戦い方の違いを考えてみましょう。
(篠原さんの言う)ゾーンの状態と、「ゾーンに入りたくない」と思うようになってからの戦い方はどう違うのでしょうか。それを考えるために、篠原さんが「ゾーン」という言葉をどのような意味で使っているのか確認しましょう。
(今回の記事で考えたいことは、二つの戦い方の違いです。「ゾーンとは何か」を定義したり「これが本物のゾーンだ」と提示したりするつもりはありません。アスリートの中でも、どういう状態を「ゾーン」と呼ぶかについては個人差があるでしょう。今回の記事で問題になるのは、あくまでも「篠原さんにとってのゾーン」です。)
というわけで、篠原さんが「ゾーン」という単語で何を指しているかを明らかにしていきましょう。
私は、以下のようなことを指していると考えています。
人生で数回程度しかないような超集中状態を指している
思考をしていない
駆け引きをしていない
ポイント間のつながりがなくなる
やるべきことが明確になっていて迷いがない
観察力が高まっている
コントロール不能な状態である
まず言えることは、ほどほどの集中状態ではなく、超集中状態のことを指していると言うことです。「篠原さんにとってのゾーン」は人生で3回だけです。練習や小さな大会ですごく調子がよかったくらいのことはゾーンとは呼んでいません。
次に、ゾーンのときは「考えていない」状態になります。しかし、まず第一に、考えるとはどういうことなのかをはっきりさせないといけません。
篠原:俺の場合は(ゾーンのときは)すごくやることが明確になるっていうか、何も考えてなくてっていう状態じゃなくてやることが明確になって、これをやれば大丈夫だろう、みたいな自分の中で勝手に決めつけみたいな状態が起こってそれが現実になるというような感じ。本来は自分で決めつけているのにはそんなに裏付けはないんだよ。そのときは。あんまり考えてないから。裏付けはなくてパッと決めつけている。これやったら大丈夫でしょ勝てるでしょポイント取れるでしょみたいな感覚になって、裏付けはないのにそれをやったら成功しちゃう状態。
考えてるのか、考えてないのか、どっちなんだ!?ってなるコメントですね。
「考えてなくてっていう状態じゃなくて」の方から検討していきましょう。ここで言われているのは、ゾーンのときには意識が明瞭になっているということです。ゾーンのときには記憶がおぼろげになったりしますが、かと言ってプレー中にぼーっとしているわけではありません。自分がやるべきことが明確になって、迷わずにプレーできる状態になっています。そういった意味では「考えている」のです。
では、「あんまり考えてないから」とはどういう意味なのでしょうか?ここでは、ゾーンのときには「裏付け」がなくて「決めつけ」でプレーしていると言っています。今までの記事で考察してきた内容に即して言えば、これは駆け引きをしていないという意味です。篠原さんは相手の心理面などを観察して根拠のある選択をして戦うことを選んできました。しかし、ゾーンのときには、そういう根拠がないのに、なぜか自信満々の選択ができて、それが上手くいってしまうのです。そういった、心理面を重視した駆け引きがなされていないという意味では「考えていない」のです。
ゾーンのときでも、ゾーンに頼らない戦い方でも、相手の行動が読めることには変わりはありません。しかし、その理由が違うのです。ゾーンのときには、知覚、認知の能力が普段よりも格段に高まって、それにより相手が打ってくるコースを予測できるようになるのです。
筆者:動きが見えてしまう?先が見えてしまう?この後どうなるか分かる?
篠原:ちょっとしたモーションとか相手の構えとかの違いでわかっちゃう。自分の前衛も次出るだろうなっていうのが分かって、すぐフォローに入れるとか。駆け引きではないんだよね。相手の(=相手に対する)、観察力がめちゃめちゃ上がってて、っていう印象だよね。だからシングルスにしても相手の打ってくる場所が読めるからなかなかエースも取られない。先に先に準備してスッと動けて拾えたりとか先に攻撃できたりとかっていう状態になってるんだろうなぁ。見える。
筆者:それは動きで分かる?
篠原:そうだと思う。
筆者:普段よりもちょっとしたモーションとかがよく見えるようになっている?
篠原:たぶん俺のイメージ、覚えてるイメージでは目線とかまで見える。目の動きとかその辺まで見えるくらいなイメージ。
目線まで見えるくらいに調子が良いというのが印象的ですね。知覚が研ぎ澄まされていることが分かります。それに対して、駆け引きを重視する戦い方では、相手の心理面や試合の流れを考えることで、相手の動きを予測することが可能になるのです。
ですから、今までの記事の文脈を踏まえると、篠原さんにとってのゾーンは「考えていない」状態であるとまとめてよいでしょう。
このように、駆け引きをしていないにもかかわらず自信満々に迷いなくプレーできる状態がゾーンです。しかもそれで全てが上手くいってしまうという状態でもあります。
また、ゾーンのときは記憶が断片的になります。皆さんもあまりに集中していると、後から何をしていたか思い出せないということがあるのではないでしょうか?このことは駆け引きをしていない理由の一つになります。なぜなら、駆け引きをするときには、今までの試合の流れを情報として活用するからです。記憶が断片的な状態では、試合の流れを踏まえた駆け引きはできなくなります。
最後に、ゾーンはコントロール不能の「飛び抜けた」状態です。自分や周囲をコントロールしようとする自分がいなくなる状態です。そうすることで、リミッターが外れた「飛び抜けた」状態になります。だからこそ、信じられないような絶好調状態になるのです。
ゾーンは二つの意味でコントロール不能であると言えるかもしれません。一つには、入ってからがコントロール不能です。状況を俯瞰して、戦況をコントロールすることができなくなります。篠原さんは「飛び抜けた」状態と表現しています。もう一つには、入れるかどうかをコントロールすることが不能です。ゾーンに入ろうと思って入れるものではありません。
篠原さんは以上のような状態を指してゾーンと呼んでいます。一方で、キャリア後半の戦い方については、迷いながらもゾーンではないと言っています。戦い方にどのような相違点があるからゾーンではないと言っているのでしょうか。ここまでの話と多少重複する部分もありますが、ゾーンとキャリア後半の戦い方の相違点を考えていきたいと思います。
以下のようなことが、ゾーンではないと言っている理由として考えられます
全てが上手くいってしまうわけではないから(=安定しているから)
思考が働いているから
駆け引きをしているから
コントロールしているから
一方で、以下の理由で、キャリア後半もゾーンだったかもしれないと迷いながらの発言になっています。これはゾーンとの共通点です。
プレーが始まってからは集中力が高まり身体的パフォーマンスが上がるから
一つ目の、全部が上手くいくわけではないという点が重要なので、その点から考察していきましょう。
篠原:(キャリア後半は)試合全体でっていうよりは、なんかその駆け引きのところで言うと、このポイントで駆け引きが成功したからあの試合勝ったんだなみたいな印象としては残ってるんだけど、全体すると、やっぱ上手くいかないこともあったりとか、全部が全部駆け引きが成功してるわけじゃなくて、なんかこういう感じでまあ上手くいかないことも利用して、今度駆け引きが成功して、またちょっとしくって、で、またそれを利用して上手くいってとかっていうイメージだから、なんか全体通して全部が全部よかったみたいなのはないね。
キャリア後半では、しっかりと準備をして試合に臨むので、頭が冴えていて、体も良く動くという状態を作って試合に臨むことができていました。しかし、だからといって、全てのポイントで駆け引きが上手くいって、完全に相手をコントロールするというようなことにはならないのです。自分が考えた戦略が外れることもあるし、戦略はよくても、技術的なミスをしてその戦略を実行しきれないこともあるのです。しかし、そうなることは織り込み済みで、上手くいかないことも利用しながら戦うことで、試合全体を通して見れば相手を少し上回ることが可能になり、安定して勝つことも可能になるのです。(https://note.com/daikatsumata_54/n/n7958440cbbca)
こういう戦い方なので、技術的に飛び抜けて調子がよくてボールが全部入ってしまうというような感じにはならないのです。むしろ、飛び抜けた状態になってコントロール不能になることを、頭を冷静な状態に保つことで防いでいると言えます。
篠原:でも、多分飛び抜けるのは難しい。自分を残すと。ここまで(首まで)浸かってる状態だよね。そのゾーンという何かプールみたいなものに。浸かっている状態でここ(頭)だけは浸からないで残してるっていう。で、だから残してる分、ガーンって行けなくて。コントロールしちゃってる自分がいるのでガーンっていきたくないわけだから。そこは押さえてる自分がいて。で、そのことによってゲーム全体をコントロールできるようにはなってるんだけど、自分もコントロールしてるから、自分は制御不能のもっとすごい、もしかしたらすごい世界には行けなくて、そこを全部浸かっちゃえばそこに行ける状態なのかもしれない。そこまではやったことないから分かんない。
2〜4番目に挙げた、思考が働いている、駆け引きをしている、コントロールしているという点は、先ほどゾーンの特徴として挙げたことの逆ですね。
では、ポイント中(ラリー中)にはパフォーマンスが上がっているというのはどういう感じなのでしょうか。
篠原:だから(キャリア後半はゾーンのような状態に)入ったり出たり入ったり出たりのかもしれないけどね。こういう(ゾーンのような)状態があるとしたら。その状態が、濃くなったりとか薄くなったりとかそういう状況はあるかもしれない。
篠原:頭は冷静だけど、体は冷静ではないっていう感じ。
筆者:ハイにはなっている感じはある?
篠原:うん、あるあるある。やっぱり、こう乗ってきたとき、いいときはね、特に。もう「動きてー」みたいな、「うわー」みたいな感じではあるね。
キャリア後半ではポイント間とポイント中で、集中の度合いの深さのようなものが違うということです。ポイント中は集中が深く、それはゾーンのときに近いレベルにあるのです。別の言い方をするならば、ポイント間は重点が頭脳の部分に置かれていて駆け引きに意識が向かっており、ポイント中は重点が身体の部分に置かれていて身体的な反応スピードなどが高まるということです。
このように、キャリア後半では、試合中にモードの使い分けが行われています。一方で、ゾーンは非常に深い集中に一度入ってしまえば、そのモードがずっと続きます。
ここまでは、ゾーンとゾーンに頼らない戦い方を対比してきました。そして、ゾーンに頼らない戦い方ではモードの使い分けがなされているということが明らかになりました。この使い分けをより詳しく見ていきたいと思います。
まず、試合中に何に意識が向かっているかを考えてみましょう。
試合中に意識はほとんど全て戦略面(駆け引き)に向かっています。技術面を考えることはほとんどありません。「フォアハンドを打つときに、こういうことに気を付けよう」といったことを考えながら試合をすることはないのです。それは当然、技術的な熟練があるからこそ可能になることです。技術の下支えがあるからこそ、試合中に戦略をじっくり考える余裕ができるのです。(おそらく身体面の充実も、戦略面に集中するためには必要でしょう。体力が切れたり、痛いところがあったりしたら考える余裕が少なくなるので、そういうことがないように普段の練習からよい状態を作っていくのです。)
私は、インタビューをする前は、熟練者はすごく複雑なことを意識しているんだろうなと想像していたのですが、技術面に関しては「思いっきり振る」くらいの意識だと聞いて、驚くというか拍子抜けするというかだったことを覚えています。でも、これは当然のことなのです。人間が同時に意識できることはごく限られていて、それは熟練者であっても変わらないです。では熟練者が一般の人よりどこがすごいかと言えば、無意識でできることが沢山あるところなのです。篠原さんは「もうラリー始まっちゃったら、余計なことを意識したらもう間に合わなくなっちゃう。」と言っています。ラリーは高速なので、技術的なポイントを意識している時間的余裕はないのです。
技術と戦略に分けて考えるなら、意識は戦略に向かっていることが分かりました。
次に、意識を向ける対象を、自分、相手、ペアといったものに分けて考えるなら、意識は自分以外の様々なものに向かっています。このことは以前の記事で書いたことなので、ここでは軽く触れるだけにしますが、ペア、相手、風、会場の雰囲気、試合の流れといった様々なことに注意を向けて、広く情報収集しています。そして、この点については後で触れますが、場合によっては不必要な情報を捨てることもします。
今度は、意識を向ける対象が時間の経過に伴って変化するかという点に注目してみましょう。そうすると、キャリア後半の戦い方では意識を向ける対象が巧みに切り替えられていることが分かります。先に見たようにポイント間とポイント中では意識の置き方が違ってきます。これも後で見ますがラリー中にも微妙な切り替えが頻繁に行われています。心理的な駆け引きを重視している瞬間もあれば、飛んできたボールに反射的に飛びつくような瞬間もあります。
最後に、何に意識を向けていないかという点も考えてみると面白いです。意識を向けられる対象は限られているので、不適切な対象に意識が向いてしまえば、その分だけパフォーマンスは落ちてしまうのです。その不適切な対象とは何でしょうか。いろいろありますが、代表的なものは試合の勝敗でしょう。「このまま行けば勝てるかも」とか「負けたらどうしよう」とかいったことです。観客の目が気になるといったことも、不適切な対象に意識が向く例の一つでしょう。
私が個人的に難しいなと思うのは、駆け引きを考えつつも、勝敗のことを思いわずらわないということです。「こういう形でプレーしよう」ならいいですけど「こういう形でプレーしたらミスってくれないかなあ」はよくないわけです。駆け引きを意識すると、勝敗のことが頭によぎりやすくなるから、集中を維持する難易度は上がるように思います。特にポイント間でのメンタル面のコントロールが難しいです。だから、自分のパフォーマンスだけに集中して試合の勝敗をあれこれ考えないだけの方が簡単に感じます。気持ちを強く持って勢いで戦う感じですね。多くの人はそういう戦い方を目指しているのではないでしょうか?でも、篠原さんは違います。
さて、ゾーンに頼らない戦い方では意識を向ける対象がこまめに切り替わるという話をしました。ここからは、その切り替えがどのように行われているのかを、試合の流れに即して追っていきたいと思います。
1ポイントの中の流れを見ていきましょう。テニスは、ポイント間のインターバル→ポイント→ポイント間のインターバルという流れを繰り返します。まずポイント間にどういうことをしているのかを確認していきます。
ポイント間には、意識はより強く駆け引きの方に向かいます。知的な面での集中状態になります。ゾーンからはより遠い状態であるとも言えます。
ポイント間では次のポイントに向けて戦術を考えます。ただ頭の中だけで戦術を考えるのではなく、相手や会場全体の雰囲気を感じ取りながら、戦術を考えていきます。だから、ポイント間で戦術を話し合うときには、コート後方から相手コートと会場を見渡せるような位置で話し合っていたそうです。
篠原:コートからちょっと下がって、あの、ポイントとポイントの間なんかは、すこーし遠いところから全体を見るような感じで、小林と話しながら全体を見て、で、いろんなその空気感とかムードみたいなのを感じて、で、これしようみたいな感じ。(中略)コート下がって全体見えるようにしようっていうのは意識してた。それも無意識なのかもしんないけど、特に、あのー、なんでそこまで下がるのかっていうのはないけど、ちょっと、ちょっと引いたところにいたいなって思ってたんだよ。その、ポイント間は。それも、だから、全体見たいなっていうのはちょっと、全体見たいっていうよりは相手を広く見たいなっていう感じだけど、会場の空気も含めてなんか感じてたような感覚はあるね。
戦術を考える上でベースにあるのは、今までの試合の流れです。「餌をまく」ことや「情報収集」をしながらゲームを進めており、それらを材料にしながら戦術を考えます。
「餌を撒く」というのはソフトテニスでよく使われる表現です。試合の序盤で、相手の印象に残るプレーをして、試合の後半でそれを活用したプレーをするということです。ごく単純な例で言えば、試合序盤で、あるコースにボールを集めて、試合終盤の大事な場面で違うコースに打つといった戦術のことです。「情報収集」というのは、自分たちのプレーに対して、相手がどういうプレーで応じてくるかを、試合の中で情報収集することを指します。ポイント間では今までの自分たちと相手のプレーがどういうものであったかを判断材料にして、戦術を組み立てるのです。
ただし、全てのプレーを正確に覚えているわけではありません。試合の流れに影響するような印象的なプレーだけが記憶に残っています。(この辺りはトップレベルのプレーヤーでも個人差があります。陣形やポジションによっても違いがあるかもしれません。)そして、試合の流れも空気感のようなもので感じ取っています。
篠原:いい流れとか悪い流れはなんかこうボヤーッとした空気感を感じるんだけど、ここっていうときは結構ビビッて来るね。「あ、このポイントだー」っていうポイント。ここで自分が点を取るか取らないか、もしくは積極的なプレーができるかできないか。それが成功するかしないか、点が入るか入らないかに関係なく、どういうメンタルでそのポイントができるかどうかで試合が動くだろうなって、この後。(中略)そんなに、言ったら重要じゃないようなカウントでも「あ、なんかここだな」っていうのはビビッと結構来るね。で、実際どうだったか、自分の体感的になんだけど、そこでどういうプレーが出来たかで試合の行方が厳しい状態に傾いていくのか、いい方向に傾いてくのか。(中略)それは一試合に一回か二回かな。三回はあんまり感じないな。二回ぐらいかな。
篠原:ここ結構勝負どころだな、気持ちの部分、駆け引きとか気持ちの部分でただの試合のポイントの流れじゃなくて、気持ちの部分でここで引いたら、うん、負けるなっていうので、そういうポイントはあるね。ここはもうミスしてもいいし、取られてもいいから、ここ絶対引いちゃダメだなっていう、ここなんか自分の意地押し通さないと(いい状態から)出ちゃうなみたいな。向こうに行かれ、乗られちゃうなみたいなところはある。それを感じたことはある。「あ、ここのポイントだ」みたいな。で、上手くいかなかったこともあるし。上手くいけばそのままどーんって、「あ、勝った」ってその瞬間にほぼ勝ったって思うし、上手くいかなくてもまだ大丈夫ってなれるし、そこで何かの要因で弱気になっちゃったりとか入れにいくようなプレーをしちゃったときには、もしそれが通って点が入ったとしても「なんかちょっと今の変な感じだったな」みたいな風なのは感じたな、けっこう感じるときあったな。「あ、やっちゃった、今のポイント。ミスしてもいいから強気でいければよかった」みたいなね。
ボヤーっと感じる方の空気感は、試合全体を通して感じているものです。どちらが駆け引きにおいて有利に立っているか感覚的に感じています。ビビッとくる方の空気感は1試合に1、2回だけ感じるものです。面白い点が二つあります。一つは、そのポイントが一般的に重要とされるポイントであるとは限らないことです。ゲームカウントやゲーム内のカウントが競っているとは限らないということです。二つ目は、そのポイントを取るかどうかよりもそのポイントでどういうプレーをしたかどうかの方が重要であることです。どういうプレーをするかどうかというのは、積極的なプレーができたかどうかといったことです。
このように試合の流れは「空気感」のようなもので感じています。これは適当なものではなくて、篠原さんが収集している様々な情報が、無意識的に処理されて、いわば要約されたような形で「空気感」として感じられているのでないでしょうか。篠原さんは相手側のコートを見ながら戦略を考えています。このときも、相手の目線、視線、仕草などをぼんやりと観察して、そこから相手の心理面を空気感として感じ取っていると考えられます。
筆者:それでいうと、その、なんか、なんかピンとくるとかなんか、なんかこう違うかもなみたいな違和感感じるみたいなのは、一体何を、何を、感じて?
篠原:仕草、仕草だよ。(中略)相手の仕草、間違いなくね。目線とかが、「あれちょっと違うじゃん、さっきと」とかっていうのが、やっぱちょっと引いて見ると。まあ引いてって言っても、数メートルだからそんな変わんないかもしんないんだけど、なんか
筆者:なんか焦点の合わせ方とか、そういう
篠原:そう。あとは会場との対比なのか、なんか観客のことこうやって気にしてるなとか、あれあいつなんか自分のプレー、なんかちょっと、さっきのミスちょっと恥ずかしくて観客のこと気にしてるからとか、みたいなのとかを、はかなり見てたね。
空気を感じるというのは、このように様々な情報を収集して無意識的に処理するという、高度な技術であると言えます。
次のポイントの戦術を考えるときは、複数の選択肢を同時に比較検討して決めるということはしません。最初にパッと思いついた選択肢をシミュレーションする形で検討します。しかも、その最初に思いついた選択肢の精度は高く、大体の場合、その選択肢が採用されます。熟練者の判断はかなり直観的です。何度も言うことですが、これは適当に決めているわけではなく、今までの試合の流れなどを総合的に把握しているので、一番いい選択肢がすぐに思い浮かぶのです。最初に思いついた選択肢に違和感を感じるときには、ゆっくりと他の選択肢も検討し始めることになります。
篠原:何か(選択肢が)ポンって浮かんできて、で、それを検証して、いける、これだって、だいたい、だいたいもうそれ(最初に思いついた選択肢)な気がするけどね。で、いや、ちょっとこれ危ないなってなったときに、次のアイディア出そうってなって、この状況でこうこうこうだから、こう、これかなみたいな、そういう感じだと思う。
検証するときには、ラリーの序盤の数本目までを頭の中でシミュレーションするようにして判断をします。そして、相手がどういう風に反応してくるかは、確率的に判断しています。つまり、篠原さんがあるコースにボールを打ったのに対して、相手がAというコースに返してくるのは7割、Bに2割、Cに1割といった感じです。ここでは仮に具体的な数字を出しましたが、実際には数字を出して考えているわけではなく、なんとなくの感覚で、こっちに来そうだなくらいに考えています。そして、最も確率の高いプレーだけでなく、BやCに打たれた場合の対処についても考えておきます。一方で、Dに打たれることはないと判断したなら、その場合については考えません。相手が打っているコースを確率的に予測するというやり方はラリー中でも変わりません。ラリーが始まったら1球ごとにそういった判断が瞬時になされています。(難しく書きましたが、誰でも多少はやっていることだと思います。ただし、熟練者は予測の精度、それに対する対応策を考える上手さ、それらの思考の速さといった点がずば抜けていると考えられます。)
ポイント間ではこのように戦術を考えています。戦略・戦術を考えていくときに、篠原さんが心理面で気を付けていたことがあります。それは、心理的エネルギーを浪費しないことです。
どういうことかと言うと、迷いながらプレーをすると、心理的なエネルギーのようなものが消費されていき、エネルギーがなくなるとパフォーマンスが落ちてしまうということです。なので、もやもやしていることがあれば、その迷いを早い段階で解消して、心理的エネルギーを浪費しないようにすることが、1試合を通して1日を通して高いパフォーマンスを発揮するために重要だというのです。
篠原:メンタル削らないように削らないように。ちょっとずつちょっとずつ削られていくと、後半やっぱりエネルギーがなくなってっちゃうから、ちゃんと整理して整理して、その都度その都度消化して消化していけよっていう話は(学生へのアドバイスとして)よくするけどね。(中略)メンタルの体力みたいなのもあって、で、やっぱりそこも試合やっているうちに段々ちょっとずつちょっとずつ削られていくんだけど、それがどーんって削られちゃうと、最後やっぱりメンタルが持たなくなると、結局集中力がなくなっちゃって、だからそのメンタルの体力をできるだけ削らないように、その都度その都度、こうなんか変なモヤモヤしたのを残さずに消化して消化して、やってって、残して最後まで戦えるかっていう、うん。
だから、ポイント間で戦術を考えるときに、何か違和感を感じていたら、それをクリアにしてから次のポイントに臨むことが大事になります。ここで面白いのは、繰り返しの表現が多用されていることです。この修正作業が細かい周期で常に繰り返されていることを表現したくて、こういう言い回しになっていると考えられます。モヤモヤの解消は一回限りの作業ではなく、何度も何度も繰り返されるものなのです。たくさん情報を収集し、その情報をうまく処理しきれないことでモヤモヤが生じ、それをクリアにするために思考を巡らし、クリアになった状態で思い切りプレーするという流れを繰り返すのです。これはポイント間だけでなく、ラリーの中でも繰り返されています。篠原さんはこういう修正作業の大切さを強調していて、その大切さを言いたいときには繰り返しの表現を多用します。
篠原:あとはやり、もうやり、やりながら修正修正修正、軌道修正軌道修正みたいな感じで、いくんだよね。
モヤモヤ感を解消するための方法には、今まで得てきた情報を思い切って捨てるというやり方もあります。せっかく集めた情報ですが、割り切って捨てて、もう一度ゼロから戦略を組み立てることもあります。モヤモヤしたままプレーすることのマイナス面を考えたら、ゼロに戻してリセットする方がましだという判断です。
篠原:で、よく分かんなくなっちゃうときもあるんだよ、俺も。いろいろやってきたけど、ああこれもうごっちゃごちゃになっちゃって分かんないわってときはもうリセットする、そこで1回スパって切っちゃって、もう1回作り直そうって。それが4−0、0−4で負けてようが、2オールだろうが3オールだろうが、もう、1回リセット、思い切ってリセットしちゃう、うん。もう、使えないから、俺の中で整理できてない情報は使えないから(笑)そんなことに翻弄されたら、余計よくないから、もう一回やり直して一か八かで勝負かけてって、で、それでどういうことが起こったかで、で、次の戦略、次の戦略って、やる。結構あったね、多々あったね。そういう、
筆者:そのリセットすることが
篠原:リセット。9ゲームだったら、ほぼ1回くらいはリセットするんじゃない?と思う。それがやっぱできないな、みんな、って思う、俺見てて。
筆者:ああ。
篠原:引きずられちゃって、前の無駄な情報に、自分で整理できてない情報に引きずられちゃって、で、よく分かんないことになっちゃってみたいな(笑)結構そういう人いるなって思う。だったら1回リセットしちゃった方が、多分ましなのにな。
ここまで、篠原さんの凄さとして、たくさんの情報を拾って、それらをコントロールしていることを見てきました。ところが、篠原さんは、それを思い切って捨てることもできるのです。どこかで気になることがあってモヤモヤしていると、それがプレーに悪影響を与えることがありますよね?そうなりそうなときは、いったん戦略・戦術をリセットするのです。駆け引きが大切であると言っても、考えすぎることでかえってパフォーマンスが落ちてしまうなら本末転倒です。複雑に考えすぎない方がいい局面もあるということです。
さらにさらに、この捨てた情報が後で復活することもあります。リセットすると言っても、完全に忘れるのではなく、頭の片隅に残っていて、寝かせているような感じなのです。
篠原:捨てるって言ってもね、全部が全部なくなるわけではないと思うんだけどな。
筆者:はいはいはい。気持ちをリセットしてるだけで、どっかに残ってる
篠原:そうそうそう
筆者:かもしれない
篠原:ふとしたときに思い出すっていうか、なんかやってるうちに、あ!またつながってきた、みたいなことはあるし、そう。ただ無理やりつなげようとしちゃうと、よくなくなったりとか、まあ相手の、まあだからその、いらない情報もやっぱいっぱい入ってくるわけじゃんか。そっちに引っ張られちゃう、引っ張られちゃってるときは、やっぱもう捨てた方がいいなって感じてるね。(中略)寝かせるっていう感じ。(中略)たぶん、なんかさ、もうちょっと深い部分でさ、処理されてる。(中略)だからプレー1回切るけど、プレーしながら、まあその情報はやっぱりちょっとどこか深いところに残っていて、それがひょっとしたときにバンって、あ、ここで使えるみたいなのが出てきて、またつながってく。
筆者:迷ってプレーすることのデメリットだけこう、
篠原:そうそう。そうそうそう。
筆者:ないようにして。
完全に忘れているのではなく、寝かせていているので、どこかのタイミングでその情報が活かせるようになることもあるのです。そうなれば、その情報を再び駆け引きに利用するようになります。なんともレベルが高い話ですね。
では、次にポイント中、つまりラリー中にどのような意識の働かせ方をしているか見ていきましょう。
ポイント間と違って、プレーが始まってしまえば、ゆっくり考える時間はありません。ポイント間であれば、一度考えた選択肢を時間をかけて再検討して、別の選択肢に変えるようなこともできます。しかし、ポイント中にそういうことをしていると、反応が遅れて、ミスになってしまいます。そのため、ポイント中はより素早い思考で半ば反射的にプレーを選択していくことになります。特に篠原さんが採用していたダブルフォワードでは、ラリーの展開が速くなるので、ほかのフォーメーション以上に考えられる時間は短いです。
ポイントが始まる瞬間あたりで、モードが切り替わっています。身体的なパフォーマンスを高めることにより重点が置かれます。
篠原:そうだね。なんかね、切り替えてるよ。あの、まあ、もうポイント入ったら、バーンって。どのタイミングかなあ、なんか、言ったら、スプリットステップのタイミング、ぐらいで考えてるところから、もう体の方に切り替えて、で、基本的に、ラリー中は体優先、でも、そのさっき言ったような、この合間合間のここ、ここ、ここ、ここみたいなのをぱっぱっぱっぱって、それはなんかゆっくり考えるっていうよりは、もう反射で考えてる、だっだっだだっみたいな。
筆者:じゃあ、だからその頭でゆっくり考えるモードではない。
篠原:そうそうそう
テニスのように、ポイント間のインターバルがあるスポーツは心理面をコントロールすることが難しいと言われています。ポイント間には考える時間がたっぷりあるので、余計なことも考えてしまうからです。ポイント間で生まれた迷いを引きずったままプレーに入るとミスが出ます。一方で、篠原さんのように、上手に切り替えて、ポイント間ではゆっくり考え、プレー中は反射的な体の動きに身を任せられるとよいパフォーマンスが発揮できます。
そして、このモードに切り替わると、思考はとても素早く自動的なものになります。無意識的に思考しているとも言えます。しかし、思考が無意識というのは言葉として矛盾しているようにも感じられるので、より正確に考えていきましょう。無意識というのは、正確に言い換えれば、思考がとても高速で言語化されていないということです。また、そのときに思い浮かぶことは、今まで練習してきたことや過去の試合経験などから、自動的にパッと思い浮かぶものなので、その場での意識的な努力を伴わないということです。試合の流れを加味した判断もなされますが、それも感覚的に把握できているので、意識的にゆっくり考えることなく、試合の流れも加味した判断が可能になっています。こういう意味で、高速で自動的な過程ですが、それはやはり「思考」と呼べる面も持ち合わせています。それは、篠原さんがゾーンとの対比で強調していた、根拠があるということです。瞬時に自動的に思い浮かぶ選択肢であっても、相手の心理面を見たり、種を撒いたりした結果として浮かぶ選択肢なので、それは根拠があるものなのです。適当な思いつきなどではないのです。
このような素早い思考を可能にしているのも、練習や過去の経験の積み重ねです。練習の中でペアとしての戦略を練り上げてあり、相手がこうしてきたときにはこうするという大まかなパターンも出来上がっています。その戦略をベースとして、試合中に瞬時の判断が行われるのです。つまり、試合のときにゼロから戦略を組み立てているのではなく、試合中は、既にある戦略に微調整を繰り返しているのです。この微調整は先ほどのようにポイント毎にも行われていますが、1球毎にも行われているということです(さらに言えば、ボールが1往復する間にも何度も)。
このことをインタビューでは擬音語で表現していました。思考の素早さと、思考が絶えず更新されていることが擬音語で表現されています。
篠原:パンパーンみたいな感じで(笑)ダッダッダーンみたいなさ(笑)
筆者:ですよね、そういうことですよね
篠原:パッパッパっていう、ほんとにそんな感じ。ただ常に考え続けてる、はいると思う。そのパッパッパーンを常に、パパッパパッパパッパパッパパッパパッパパッパパッパパってずっとやり続けてるっていう。
思考のスピード感が伝わってきますね。
今まで、篠原さんは相手の心理面などを観察しながら相手が打ってくるコースを「予測」していると書いてきましたが、実は篠原さんの感覚では「予測」ではなく「誘導」している感じだと言います。このことは別の記事で詳述しようと思いますが、意識の向け方という今回のテーマと関わるので簡単に説明します。
一般に「予測」と言えば、相手がどのコースに打ってくるかを相手のフォームを見て(踏み込む足の角度、面の向き等々)判断することを指すと思います。ソフトテニスでは、特に前衛に向けて、そういった観察の重要性が説かれることが多いですよね。ところが、篠原さんは単に相手のフォームを見て予測をするのではなく、相手の打つコースを「誘導」していたと言います。
篠原:予測ってなんか相手を見てどっちみたいなことだよな、だから。じゃなくてその先に、からもうだから駆け引きが始まってるっていう意味で誘導っていうとこだよな、さっきの話と、だからまあもっと前までいったら、その心理的なところから始まって、始まって、で自分が例えばレシーブでどこに打つか、でどこに打って相手にどこに打たせるっていうような、感覚の方がしっくりくるっていうことだな。だから誘導。予測だと、あそこに飛んだボールに対してどこに来るっていう、まあそれは、それがあれだ、ラリー中にやってることはそれだ、予測。で、そのラリーの始まる1本目2本目は誘導してる。
「先に」とか「もう」と言っていますね。つまり相手が打つ瞬間の様子を見て判断するのではなく、それよりも早い段階から、試合の中で観察してきた相手の心理面など様々な要素を判断材料にして相手の打つコースを判断しているということです。また、自分がどこにボールを打つか、どの位置にポジションを取るかによって、次の相手の選択に介入することもできます。こういうことを指して「誘導」と言っています。フォームを見て予測するだけであれば、相手のフォームだけが判断材料になりますが、誘導では、心理面、戦略面も判断材料になるので判断材料が多くなります。また、自分がボールを打つときには、自分の選択が相手の選択にどういう影響を与えるかまで考慮しながら自分の選択をするということになります。誘導をする際には、複雑な思考が巡らされていると言えるでしょう。
ラリーが長引くなどして、自分が思ったようなパターンに持ち込めないときには、誘導は難しくなります。このときには、篠原さんも「予測」を中心にしてプレーすることになります。(予測と誘導の違いは明確に線を引けるものではなくて、程度の違いであると言えるでしょう。相手のフォームを見て予測する部分と、自分の選択で相手を誘導していく部分は、どちらも常にあるものであると考えられます。)
最後に、ポイント後です。ポイントを取った後にはガッツポーズをして喜びを表現しますが、このときにも篠原さんには冷静さがあったと言います。
篠原:ガッツポーズしておらあとかって言ってるけど、そういう自分も意外と客観視できてるっていう、
筆者:ああ。してるときも
篠原:それもパフォーマンスみたいなさ、演じてる一部みたいな、俺の中ではね。そうやって自分を、自分の体をこう、乗せていくみたいな。
筆者:それはパフォーマンス上げるために、体のパフォーマンス上げるために
篠原:そうそうそう。のと、まああとは、あとはやっぱり、不安を、不安を隠すために、こう熱くしてる。
筆者:演じてる。
篠原:っていうのが国際大会なんかは特にそうかもしんないけど、そういう部分もあったかな、うん。国内はもう完全にパフォーマンスみたいなもんだね、あとは相手の、相手にとって
筆者:どう見えるか。
篠原:そうそうそう。と観客がどう見てるかみたいな。で、そうするとやっぱああいうの好きじゃん、みんな。そうすると空気がこっちに(笑)
筆者:へえー。
篠原:っていうのはちょっと計算してた。俺らが点取ったときの方が拍手が多くて、相手が点取ったときには拍手あるけど、それよりもこっちの拍手の方が多いとかさ、なんかちょっと感じ、感じてた。
そういうところまで計算しているなんて恐ろしいですね。そして、その後は、また一気にモードを切り替えて駆け引きを考える冷静な状態に切り替わるわけです。
篠原:(ポイントが)終わって、で、バーンやって決まったりなんか、決まって、「うわー」ってやった後に、スッて戻る(笑)よし、次、小林に「どうする?」みたいな(笑)さっきまでのあのギャーギャー騒いでたのにみたいな(笑)ような俺の演じ方、それが。
まとめると、ポイント間で冷静に戦術を考える→ポイント中は考えた戦術を基にして素早い反応でプレーする→ポイント後はガッツポーズをして喜ぶ→また冷静に戦術を考えるという流れを1試合を通して繰り返し続けるのが、篠原さんの戦い方だということになります。そしてポイント間にもポイント中にも絶えず戦略面の細かい調整が繰り返されています。
では最後に、篠原さんの戦い方のどこがすごいのかを改めてまとめてみましょう。
まず、何よりも意識している要素が多いことです。自分のことだけでなく、ペアのこと、相手のこと、コートの状況、会場の雰囲気などたくさんの情報を収集しながら戦っています。
そして、これらの情報をもとにたくさんの思考をしていることもすごい点です。ポイント間にもポイント中にも絶えず思考が巡らされていて休むことがありません。思考はとても素早く正確です。多くの情報を拾っているのに、混乱せずに思考につなげられるという点もすごいです。多くの情報を雰囲気としてまとめて感じ取ることができているし、場合によっては不必要な情報を切り捨てるという思い切りもあります。つまり、情報収集が上手いだけではなく、それを処理して、過不足なく利用することも上手いのです。
また、情報を一方的に収集するのではなく、自分の側から相手に情報をあえて発信するということもしています。種をまくとか誘導をするといったことです。もちろん、逆に情報を隠すこともあります。わざと情報を与えることで相手をコントロールするというすごさがあります。
そして、コントロールする対象の広さもすごいところです。自分だけでなくペアや相手もコントロールしながら戦います。得られた情報と与えた情報をうまく活用することでコントロールが可能になっています。
最後に、意識を向ける対象の切り替えの上手さ、使い分けの上手さもすごいところです。ポイント間とポイント中で違うモードを使い分けています。余計なことには意識を向けることはしません。
そして、これらのすごさを支えているのは間違いなく普段の練習です。今回の記事は試合をテーマにしたので練習には触れてきませんでした。しかし、練習で技術が磨き上げられているからこそ、試合中に駆け引きに集中することができます。また、戦略面も普段の練習から練り上げられているからこそ、試合中に上手に微調整をすることができます。普段の練習によって熟練しているので技術面でも戦略面でも自動化が大きく進んでいるのです。ここまで書いてきたような戦い方は、あくまでも普段の練習の積み重ねがあって初めて可能になるものであることを忘れてはいけないでしょう。
長い記事もここでようやく終わりに差し掛かってきました。ゾーンの方が強いでしょと思った人も、ここまで読んでもらえればゾーンに頼らない戦い方もとても強いものだと分かってもらえたのではないでしょうか。
ですが、最後の最後にここまでの話をひっくり返すのようなことを言って終わりにしようかと思います。
ゾーンに繰り返し入るための方法を磨くというやり方もありだということです。記事の中で、ゾーンはそもそも何かをしようという意図を捨てている状態だから、ゾーンに入ろうと意図することは矛盾していて上手くいかないという話をしました。ですが、そこになんとかして再現性をもたせようと努力している人たちもいます。
例えば、エクストリームスポーツと呼ばれる非常に危険なスポーツをしている人たちは、その危険の怖さを活用してゾーンに入っていきます。極端な話、ゾーンに入るか死ぬかの二択のような世界です。また日本の武道は「無心」という状態をとても大切にします。
今後、別の記事で、そういったゾーンに繰り返し入るための方法も取り上げていきたいと思っているので楽しみにしていてください。
連載のポータルページはこちら
https://note.com/daikatsumata_54/n/n42e058153d52
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