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あの味を探している

私が小さい頃、月に1度くらいのペースで家族揃って外食をしていた。

お店は寿司屋か洋食屋で、入学等大きな祝い事がある時はステーキ屋と決まっていた。
中でも洋食屋には一番行っていた為、特に思い入れが深い。

 
その洋食屋はうちの近所にあった。

店内は広く、テーブル席と座敷席があって、我が家はいつも座敷席の奥席を好んで座った。
テーブル席付近には植物があり、座敷席そばには年季の入った置き物等が並べられていた。
テーブル席か座敷席かで雰囲気は大きく変わる。
座敷席の方が照明も明るかった。

座敷席の方には少年ジャンプやマガジン、チャンピオン、少年コミックスも置いてあり
私は人生で初めて少年ジャンプを読んだ。
ハイスクール奇面組が面白かった記憶がある。

 
 
通常はメニュー表を見てから注文になるが、私と姉はメニュー表を見る必要がなかった。
必ずエビドリアとチョコレートパフェを頼むと決めていたし、決まっていたからだ。
たくさんメニューがあっても迷うことは全くなかった。
私も姉もここのエビドリアの大ファンだった。

「いつものね!」

そう言った後、私と姉はここでしか読めない漫画に夢中になり、大体いいところで料理が運ばれてきた。
 
 
アツアツで湯気があり、スプーンでひとすくいするとトロトロのチーズが伸び、下からは味付けられて薄く色味がかったご飯が顔を覗かせる。
見た目と匂いだけでテンションが上がるが、スプーンにフゥフゥと息を吹きかけた後に食べる一口がなんと幸せなことか。

「あぁ~!美味しい!」

毎月のように食べていてもその味は飽きることなく、私と姉はむしゃむしゃと食べた。
当時、「好きな食べ物はエビドリア!」と即答していた程、私と姉の中でそのお店のエビドリアは絶対的な王者だった。
 
 
お腹いっぱいなところで巨大なチョコレートパフェがやってきて、再び目を輝かせた。
外食でしか食べられないチョコレートパフェは特別だ。
食べ物で様々な層をおりなし、容器の上に飾られたアイスや生クリームやバナナの見事さよ。
チョコレートソースがかかったアイスと生クリームを絶妙な配分でスプーンにすくい取り、思い切り口に入れる。

その一口目、口の中に広がる幸せな甘さはただただ笑みに変わる。

エビドリアでお腹いっぱいなはずが、チョコレートパフェもしっかり食べ
食休みとして先程読みかけだった漫画を区切りよく読み
20:00前には店を出る。

それが我が家の定番だった。
 
 
後に聞いた話だと、祖父母が給料日の後に夕飯を奢る目的で外食に行っていたらしい。
自分達の稼いだお金で孫の喜ぶ顔が見たいという、祖父母の気持ちの先にあったのが
エビドリアとチョコレートパフェだった。

 
 
  
私が物心がついてから10年ぐらい経った頃だろうか。
そのお店のシェフ(経営者)の方が辞めたそうだ。
それを機にお店を閉じるという噂もあったが、別の方が跡を継いで閉店はしないということで
私達家族はそのお店に出掛けた。

その日はテーブル席だった。
いつもは座敷席なのに珍しいなと思った。
経営が変わったことで、色々な違和感を感じた。
座席だけでなく、接客や店内の雰囲気や様々なものに小さな小さな違和感を感じた。
気のせいだと思おうとした。
久々にお店に来たからだし、新しい方は慣れてないだけだし、仕方ないと思おうとした。

 
私は迷いもなく、いつもと同じようにエビドリアとチョコレートパフェを頼んだ。
しばらく待つと、いつもと同じようにまずはエビドリアが届いた。

……………違う。

私は一口食べて、手が止まった。
見た目も匂いも味も確かにエビドリアなのに、それはいつものエビドリアではなかった。

同じお店で同じメニューなのに、これはいつものエビドリアではない。

チョコレートパフェはいつもと同じ味だったが
会計をして家族みんなで車に乗ってから、私達は口を開いた。

「…味が落ちたね。」

「……味が違う。」

「接客もなんか………。」

 
外食は家族の毎月の楽しみで、今まで確かにたくさんの思い出や幸せがあったのに、この日は口を開くほどに明るい気持ちになれなかった。
結局、この日を境に私達家族は満場一致でその店に行く気が全くなくなってしまい、もう二度と行くことはなかった。

 
 
そして家族でよく行っていた寿司屋とステーキ屋もやがて店をたたみ、家族で外食に行く時は他店へ行くようになった。

 
 
 
 
それから更に数年経ち、私は大人になった。

あの後エビドリアを色々な洋食屋で頼むだけでなく、各コンビニでも食べた。
自分でも作ってみた。

だけどどうしてもあの味ではないのだ。
あの味を越えられない。

 
相変わらずエビドリアは好きだし、どこも美味しいけれど、食べるたびにあの思い出のエビドリアには辿り着けないと軽い絶望感を感じる。 

「ともかちゃんってエビドリア好きだよね。」

家族以外の人にそう言われるたびに
胸の奥がチクリと痛む。
 

私はまだどこかで諦められないのだろう。
様々なエビドリアを頼んでは食べ、あの味を探している。

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