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ポルノグラフィティのパズルと相田みつをさんのカレンダー

パズルが苦手である。
あまり得意ではない。

 
物心ついた頃から、パズルに取り組んだ記憶がない。
幼稚園では多少やったのだろうか。
自宅ではやっていない。

 
 
私が小学校四年生の頃にパズルをもらった。

確か1000ピースで、両国国技館でわちゃわちゃとキャラクターが相撲をとっているパズルた。
客席もやたらと細かく描かれている。

祖父母が両国国技館に相撲を見に行って、お土産に買ってきてくれたのだと思う。
誰が何でくれたかは、記憶がおぼろげである。

 
私はピースと絵の細かさにげんなりしたが
母が目を輝かせた。
母親がパズルを好きだと私は初めて知った。
姉は姉でパズルに夢中になった。
母と姉で、毎夜毎夜パズルに取り組んでいた。

私と父親は無関心だ。
「二人とも、よくやるなぁ…。」と横目で見るだけだ。

 
やがて相撲のパズルは完成し、額を買ってきた母親がパソコン部屋兼客間に飾った。
その部屋は家族の賞状や父親の趣味の提灯が飾られていた。

今でこそあまり売っていないが(多分)
昔は、各地名が入った提灯がお土産で定番だった。
旅行が趣味だった父の、旅行記念の提灯は
軽く30個は飾られていただろう。

  
北壁を提灯が、東壁に賞状が、そして南壁に相撲のパズルが飾られた。
この統一性のなさこそ、実家あるあるだろう。

 
 
相撲パズルでスッカリパズルにハマった母と姉は
パズルを新たに購入してやるようになった。

ラッセンやミレー、ゴッホ等画家の絵やら
セーラームーンというアニメやら
THE ALFEEというアーティストのライブやら
とにかく様々なパズルが次々に壁に飾られていった。

 
ピースは大抵細かい。
よくやるなぁと本当に思う。
私はせいぜい枠組みを一、二個やるだけだ。

 
「パチッとはまると快感なのよ。」

  
と、母と姉は言うが
私は立体空間能力が低かった。
パズルをクルクル回して、見本を元に一個一個試していくなんて
それはもはや苦行ではないのか。

 
「私からしたら、ともかはよくビーズなんてちまちまやってると思うよ。」

  
姉はそう私に言う。
私はビーズ手芸が趣味だった。
何を言うのだ。
ビーズは一個一個根気よく説明書通りに通せばいいのだ。
確かにチマチマ細かいが、根気さえあれば形になるではないか。
それに、ビーズ手芸は数時間で終わる。
細かいパズルは何日も何日もかかるから面倒じゃないか。

「数日ちまちまやるのが楽しいのよ。」

母が言う。
 
 
私はつまり、せっかちなのだ。
文章を書くのは好きだが、書き終わるのに数日かかる長編は苛々してしまう。
頭の中の世界を早く全て文章化したいのだ。

だからビーズとパズルにしてもそうなのだろう。
どちらも細かいし、ちまちましているが
またちょっと違う細かさだし
別のちまちまなのだ。

 
家族だが、私は姉や母と違う人間だということを
パズルのハマり具合で痛感した。

 
 
パズルは隣の部屋にまで浸食し、飾られまくったが
引っ越しを機に捨てることになった。
引っ越し先の家は、以前の家より小さくしたからだ。
母親は「これだけは捨てたくない。」と赤富士のパズルを引っ越し先に持っていき
「私はこれほしいな。」とラッセンのパズルを自分の部屋用にもらった。

家自体は小さくなったが、引っ越しを機に
私の部屋はかなり広くなったのだ。

 
赤富士のパズルは二階に飾られ、ラッセンのパズルは予定通り私の部屋に飾られた。

 
 
 
 
私は大人になり、障害者福祉施設に入職した。

その施設には、利用者余暇活動用にパズルがあった。
木製のパズルが数種類である。
主任が300ピースのパズルも寄付してくれた。

 
だが、木製のパズルは簡単ですぐに終わってしまうし
300ピースは細かすぎるし
そもそもピースが足りないので、完成間近になってから利用者がそれに気づいてパニックになった(主任、うちをいらないパズル置き場にしないでください)。

 
これは新たなパズルが必要だろうと
施設から予算をもらい、私は幼児用のパズルを数種類購入した。
50ピースに見たないものだ。

 
すると、利用者3人に特異体質があることが分かった。

1人はパズルをひっくり返した裏側の灰色の形を見て
一発でパズルをはめていった。

残り2人はパズルをグシャグシャにかき混ぜても
一発で見本も見ずに次々にはめていた。

 
彼女らは、パズルを絵ではなく、ピースの形で判断していた。
初めてのパズルでも慣れ親しんだパズルでも
完成速度は同じで、非常に早い。

 
パズルが苦手な私はともかくとして
他の職員…所謂健常者よりも
三人は別格に早かった。

パズルをひっくり返した時
瞬間記憶が発動するのだろうか。

 
それはよく分からないが
三人とも、ほとんど会話ができない程の重度だ。
重度の利用者の凄まじい才能に
私は驚きを隠せなかった。

 
障害者だとか利用者だとか重度だとか色々区分や区別はあっても
利用者の全員が私にはない良さがあり
私よりも得意な何かがあった。

私達福祉職員はそれを見つけ、伸ばし
できることを増やすことだと思っている。

 
私は様々なパズルを買った。
みんなの好きなアニメや乗り物シリーズだけでなく
平仮名や数字や英語を覚えるタイプのパズルも買った。
様々な種類のパズルや難易度別パズルを用意することで
たくさんの利用者がパズルを楽しんでできるようになった。

 
また、利用者見習いの実習生にはパズル等を取り組んでもらい
能力値や得意分野が何かを、さり気にチェックしたりもした。
パズルをやれば、大体の作業能力値が分かった。
パズルの好み、集中力や根気、認知力もだ。

 
 
 
 
そんな中、2019年を迎えて、私はピンチであった。

私の大好きなポルノグラフィティがクリスマスにスペシャルBOXを発売するという。
DVDセットやカレンダー等様々なプレゼントが入った
ポルノファンへのクリスマスプレゼント(ただし、あくまで貢いではいる)は嬉しかった。
嬉しかったが

パズル

も、その中に入っていると知り、私は頭を抱えた。
サービス精神旺盛なポさんは
両面で違う絵柄にしてくれた。

 
つまりそう

難易度を上げてくれた。

 
 
 
困った。
パズルを完成させたい。飾りたい。
だが、300ピースである。

何年も利用者と仕事上パズルを行うようになり
50ピースくらいならばなんとかなるようになった。

 
だが、300である。
私が今までやったことがないピース数だ。

 
 
ため息を吐く私に、母はドヤ顔で言う。

「300ピース?余裕じゃない。すぐ終わるわよ。」

母はやる気満々だ。
だからそれが嫌だった。
本来は敬愛するポさんのパズルは私が1ピース1ピース心を込めてやりたかったのに
私一人だと厳しいし
母親が手伝えば、母主体で進行されそうだ。

 
だが、私はパズルが苦手だ。
ちんたらパズルをやるのも性に合わない。

 
「お願いします……。」

 
私は仕方なく、母親にヘルプを依頼した。
スペシャルBOXが届くまでの間に、しっかり額も用意しておいた。
これで準備万端だ。

 
その年、25日クリスマスに、順調にスペシャルBOXは届いた。
騒いだり眺めたり写真を撮ったりで
仕事後に開封式をするだけで
その日は力尽きた。

その年、仕事が終わったのが29日だったので
年内はDVDを見て(DVDは6枚組である)
年明けからパズルをトライすることにした。

 
 
まずは、基本の枠作りから行った。
枠作りくらいは簡単だ。
枠を作りながら見本を見て、おおざっぱに色分けをしていく。

母「あ、昭仁さん、発見!」

私「昭仁さんに触れるなぁー!私がそのピースを管理いたします。」

 
パズルは東京ドームライブ写真が使われていたが
昭仁さんや晴一さんは小さく
背景がメインのデザインだった。 

昭仁さんの顔は1ピースでおさまっていて
私はそれを大切によかした。
そのうち、自力で晴一さんも探して保管した。
メンバーの顔のピースだけは死守する。

 
 
………パズルはなかなかに、困難を極めた。

というのも、似たような色合いや背景が入り組んでいて、非常に分かりにくいのである。
しかも、リバーシブルパズルのせいか
うっかり間違えてハメると
外すときにピースが壊れそうになった。
ピースが弱いのである。

 
母親と根気強くパズルを進めた。
母は右側を、私は左側を担当した。
母親が夕飯作りで離脱してからも私は続投し
テレビを見ながらダラダラやっていたわりには
一日でだいぶ完成に近づいた。
 
そして、次の日には完成した。
なんやかんやで2/3以上は自力で行った。
こんなに一人でパズルを行ったのは初めてで
強い達成感を感じた。

 
 
この東京ドームライブは母親と行った。
母親とポルノグラフィティのライブには二回行ったが
東京ドームに母親と来たのは初めてだった。

母親と東京ドームに行くのも
こうしてポルノライブに行くのも
当たり前ではなくて
私は母親の背中を見ながら 
あと何回こうして出掛けられるだろうとしみじみ思った。

 
ライブで二人はしゃいだことも
そのパズルを二人でやったことも
ポルノグラフィティが私達親子に与えてくれた思い出だ。

 
ポルノグラフィティがきっかけじゃなかったら
私はこのままパズルをやらなかったし
母親と二人でパズルをやることもなかったし
パズルが案外楽しいとも知らないままだった。

ポルノグラフィティの写真が浮かび上がることもあり
私はパズルを楽しみながら行えた。
なかなか難しかったが
楽しかったのだ。

 
 
額には糊がついていなかったので、糊を買ってきて塗り、乾かし
額に入れて飾った。
本当は自室のポルノグラフィティエリアに飾ろうと思ったが
茶の間でいいのではないか、と両親に言われ
相田みつをさんのカレンダーと共に飾られている。

  
相田みつをさんのカレンダーはまだしも
ポルノグラフィティのパズルをお客が来る部屋に飾るのは
恥ずかしいようなこそばゆいような気分だったが
今のところ姉以外誰もツッコまない。
どうやら私の自意識過剰か。

 
今年の1月に飾られたパズルはすっかり部屋に同化している。
相田みつをさんのカレンダーは毎日胸に突き刺す言葉が書かれていて 
私はどこかに戦いに行く前や気持ちが高ぶっている時に
ポルノグラフィティのパズルと相田みつをさんの言葉をじっと見る。

 
いつだって、ライバルは過去の自分だ。
何事も私自身の心の持ちようだ。
物事が上手くいかなかったり、思い通りにならない時は
未来を見越して、今自分にできることをやる。
そうしたら、きっと道は開ける。
出会いはあるのだ。

生きている限り、チャンスはある。

 
 
 
今日はハローワークに行く日だ。

ご縁があるかもしれない。
ないかもしれない。
それでも前を向いて私は進むしかない。

 
自室にはポルノグラフィティの日めくりカレンダーが飾ってある。
10月は昭仁さんの顔写真だ。
昭仁さんの麗しい顔を見ながら、毎朝カレンダーをペラッとめくり
新しい朝が来たことを感じる。

 
着替えて、準備をしたら
出発前は茶の間に飾られたパズルとカレンダーをジッと見る。

 
昭仁さんの口癖が頭に響く。

【自信持って行け!胸張って行け!あんたは最高じゃ!】

 
大丈夫。私は最高だ。
昭仁さんが言うんだから最高だ。
バカみたいに自分に言い聞かせて、自己暗示をかける。
 
 
 
さぁ今日も…

いってきます!!!

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