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カレー土の謎

小学校低学年の頃、よく帰り道で遊んだ。

帰り道にはたくさん草花が咲いているから花を摘んでオリジナルミニブーケを作ったり
牛小屋で牛に挨拶したり
ザリガニとりをしたり
グリコというじゃんけんゲームで遊んだり
そういった野外ならではの遊びをした。

 

今でこそ登校班で登下校をする時代になったが、私の時代はまだおおらかで
朝は近隣の子と登校班で登校をしていたが
帰りはクラスメートと帰ることができたし、一人で帰ってもよかった。
始業式や終業式といった学期始まりと終わりは、登校班で登下校の決まりだった。
寄り道をしないで真っ直ぐに帰らなければいけないので、私は好きじゃなかった。

普段は友達と横並びでしゃべりながら歩く帰り道だが、登下校では縦に一列に並ぶし、好きとか嫌いとか関係なく近隣の子で班が組まれ、並び順は学年で決まっていた。
徒歩20分くらいの道のりを基本的には話してはならず、縦一列に並んで歩くなんて楽しいはずもなかった。
あくまで安全面に特化した帰り道だ。

 

ただ、田舎とはいえ、小学校周りでは業者による教材売りや変質者が出ることはたびたびあったし(変質者は先生からの注意喚起で、私は実際には見たことがない)
クラスメート複数人の女子は大人に車で追いかけられて慌てて逃げ、近くの同級生の家に飛び込んで110番したことは聞いていた。

学校や大人側が安全面に考慮して登校班での通学を促すのは、子ども心にも仕方ないとは思っていた。

 
 
帰り道や放課後の友達との遊びで、当時は収集に凝っていた。

BB弾とカレー土である。

当時、男子はおもちゃのピストルでの撃ち合いに盛り上がっていたが
女子はそのピストルの弾集めに夢中になっていた。
空き地にはカラフルな小さな球状のものが散らばっていて
それをBB弾と私は教えてもらった。
カメラのフィルムケースを片手にしゃがんで一粒一粒拾っては入れた。
赤や青や黄色や黒といった弾をフィルムケースに入れて縦に振ると、シャリシャリと簡易マラカスのような音が聞こえた。
確かそのBB弾はある程度集めたら男子に渡していたのかな?
集めることに夢中で、そのBB弾をどうしたのかは記憶が薄い。
今手元にないのだから、多分誰かに渡したのは確かだろう。

 
 
そして、BB弾と同じくハマッていた収集がある。

それがカレー土である。

BB弾は全国的にも知名度が高いが、カレー土は周りに聞いてもみんな知らず、話が伝わらない。
私の仲の良い友達一人にしか通じない。
かなり特殊な土だったのだろうか。それはいまだによく分からない。

 
 
茶色の石及びそれを削るとできる粉を、私と友人がカレー土と命名した。カレー石とは言わない。

特定の空き地にはその石が落ちていた。
形はマチマチで、大きな物から小さな物まであった。石には苔がついている物もあった。
それを他の石やコンクリート、カレー土の石同士で擦ると、サラサラと茶色の粉が落ちた。

カレー土のできあがりだ。

 
私と友達は帰り道や空き地を見掛けるたびにカレー土を探した。
だが、どうにも特定の空き地にしかないらしい。
我が家の庭でもそんな石は見掛けなかった。
その貴重さがまた楽しくて、スーパーの袋にジャラジャラとカレー土の石を入れて自室に保管した。

 
 
だが、小学校高学年に入り、私の心境に変化が起きた。

自室にその辺の石を保管しているのは汚くないか

そういった気分になった。
海辺で貝殻を拾ったりするのとは訳が違う。
年を重ねる内に天然石にハマッていった。
ローズクォーツ等キレイな石なら集めることも分かる。
ダイヤ、ルビー、サファイア、エメラルドといった宝石も石だと知った。

だが、このカレー土はなんなんだろう。

性質上、思い切り水で洗うことも磨くことも叶わない。
苔がついたり、汚れたりもしている。
周りに聞いてもこのカレー土が何だか分からない。
本にも載っていない。
私が知っているのは、特定の空き地にしかないこと、そしてこすると茶色の粉になる石だということ。

…いや、石なのか?

そもそもそれさえ分からない。
こすると粉になるなんて石、見たことも聞いたことがない。
一緒に集めていた友達はとっくにカレー土集めに飽きて、私に全てを譲ってくれていた。
私は孤独だった。
このカレー土を誰かと分かち合えない。話しても伝わらない。所持している私でさえ正体が分からない。
分からない。

 
 
私はあれほど執着して探していたカレー土にゾッとしてしまった。
未知の物への恐怖だ。それが自分の部屋にあるということが私は怖かった。
だが、カレー土が珍しいことは分かっている。手放すことをいつか悔いるかもしれない。

 
そこで私は、カレー土のみ一部残すことにした。

まず、コレクションのカレー土の石の表面を削り、苔など汚れを落としてから、私はこすり合わせた。
ティッシュの上でサラサラとカレー土が落ちる。
カレー土の石は珍しいから、よほどのことがない限りは粉状にしないようにしていた。
石のまま保管していた。
その私が今、豪快に大胆にキレイな場所だけを粉状にしている。
それはかつての自分が見たら、口を開けてビックリするであろう贅沢な行為で、それを今私がやってのけていることが不思議に思えた。

私はカレー土を、空いていた瓶いっぱいに詰めた。

そして夕方、家族が誰も見ていない時に
コレクションだったカレー土の石を全て庭に投げ捨てた。
我が家の庭は色々な色の砂利になっているから、まじまじと見ないとカレー土の石があることは気づかれない。
私はこうしてカレー土の石を自然の形に返した。葬ったのである。

その後、家族にも他の誰かにも指摘されることはなく、月日は過ぎていった。

 
 
 
大人になってからも石をこするとサラサラと粉になるなんて、カレー土以外に見たことがない。
後に鉱石について学んだ時にこれは砂岩だったのではないかと思ったが
パソコンで砂岩で検索しても、同じ色合いの石は引っ掛からなかった。
サハラ砂漠の砂をお土産でもらったが、サハラ砂漠と比較しても色合いはまた異なる。
サハラ砂漠の砂の方が明るい茶色で、カレー土は焦げ茶色なのだ。

なんなんだろう。
カレー土は結局、なんだったのだろう。

 
近隣の空き地は私が取りつくしたからもうないし、庭のカレー土の石も完全に庭に同化してしまい、もう見つけることはできない。
今にして思えば、本体であるカレー土の石も1個くらいは残しておくべきだったろうか。

大人になってからもどこの空き地を見ても、カレー土は見つからない。

 
多分砂岩だったんだよな、うん。
そう自分に言い聞かせて今に至る。

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