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三時間時間を稼ぐ

「真咲さん、今から午前中いっぱいまでドライブか散歩お願いできますか?
落ち着くまでは車から降ろさないように。」

と、リーダーから言われ
不穏な利用者を車に乗せて私は走り出した。

 
ため息をつきたくなる。

つい10分前に送迎から戻ってきたばかりだった。

 
泣き喚く利用者をなだめながら車を走らせる。
リーダーの指定通りなら二時間私は時間をつぶさなければいけない。


最高気温は31度。晴れ。

もっと気温が低ければ散歩も行けるのに
太陽が照りつける。

 
お店に入るわけにもいかない。
物欲が強い方で
気になる物を見つけたら
帰宅後母親に今すぐ行くようにごねるからだ。

 
二時間。
やはりため息が出る。

 
私も他の利用者と日課に沿って過ごしたかった。

最近は連日このパターンな上
今月は毎日その人と二人きりでご飯だし
昼休み中も一時間
個室から出てこないように言われている。

 
その方が多動でトラブルメーカーだからだ。
もちろん、一時間ジッとしているわけがない。

 
ひたすらに同じ話をしているし
下手に行動をおさえようとするなら暴れる。

 
だがしかし
トラブルメーカーだから
他の利用者とは関わらせる時間をなんとしても制限しなければいけない。

人間好きで自分から絡んでいくから
ある程度は個室で過ごしたり、個別で車を走らせるのが有効だった。

 
私は仕方なく
前の職場の近くを走った。
その辺なら土地勘があるから時間調整がしやすかった。

 
懐かしい道。
懐かしい景色。

それにしんみりしつつ
前の職場の前を通った。

 
退職して以来
施設営業日に目の前を通るのは初めてだ。

 
見慣れた人、見慣れた作業風景をチラッと見て
私はそのまま通り過ぎる。

立ち寄るわけにはいかない。

 
走るにつれ、見覚えのない景色も広がった。
新しいお店や道路ができていて
私は確かに年月を感じた。

 
もう戻れないかもしれない。

私はそう強く思った。
コロナが落ち着いてボランティアを受け入れられるまで
まだ時間はかかるだろう。

 
人も気持ちも変わる。
変わらないものの方が少ないくらいだ。

退職して二年半が経った。

 
私が前の職場でボランティアをするという夢は
叶うことは難しいかもしれない。

 
利用者はその後もグズり続け
車内でもギャアギャアし
日陰を散歩すればギャアギャアし
私は周りから見られた。
「早く家に帰りたい。」と喚く。

苛々してしまうし
それなら利用しなければいいとさえ思うが
グッと堪える。

 
なんとか二時間やり過ごしても
再び一時間二人きりだ。

お昼は待てずに食べ
またギャアギャアしている。

 
そんな日が2日間続いた。

 
それが仕事だと言われればそれまでだけど
買い物など活動も
最近は任されがちだ。

毎日三時間も二人きりで
多動で不穏な利用者のこだわりをおさえ
トラブルが起きないようにするのは
少し、疲れる。

今日も私が見るのかな。

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