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ピアノを教えた日

二ヶ月に一回くらい、選択学習の時間がある。
選択学習の内容はその時によって変わる。

 
選択学習の前日に利用者に何をやりたいか聞き
職員は前日夕方か当日朝に何を担当するか言われる。

 
「真咲さんはピアノ担当してもらっていいですか?」

と、リーダーに言われた。

 
リーダーが楽譜を持ってくるから
どの曲をやりたいか利用者に選んでもらい、手添えでやったり、弾いてもらい、時間があったらみんなの前でお披露目をしてもらう、と言われた。

 
次の日、リーダーから楽譜をもらった。
ピアノができる人向けの楽譜だと思った。

私はピアノ初心者向けの簡単な楽譜集を持っていたので
私の楽譜の方が利用者のレベルに合っているよなぁと内心思った。

 
ピアノ希望利用者は二人の予定だったが、当日更に二人増えた。

 
利用者Aさんは音が好きな方なので、一緒に手添えで弾いたり、Aさんの好きな曲を私が弾いて聞かせた。

 
利用者Bさんはリズム感がなく、単音を自分のペースで人差し指で弾くことができた。
和音を試したが難しく、親指と中指で二音弾くこともできなかった。

色々試してみて、人差し指で単音、もしく人差し指でドとミを交互にマイペースに弾くことができると分かった。

だから私はその音に合うように色々な曲の主旋律を右手もしくは両手で弾き、Bさんに合わせてもらい、連弾という形にした。

 
利用者Cさんはピアノ経験者で両手で暗譜で弾けるレベルだが、気が乗らないと弾かない方で、選択学習中に気が乗ることはなかった。
キーボードの自由演奏が好きで、それに合わせて踊って過ごした。

 
利用者Dさんは楽譜を見ながら右手で主旋律を弾くことができると聞いていたが、リーダーから借りた楽譜は難しすぎて読めないと言われた。
私は急遽ドレミ…で音を書いた。
主旋律を知っている曲でピアノが弾ける方なら、四分音符とかはいらない。

ドレミ…で音さえ分かれば大丈夫だ。

私は見本で弾き、リズムを伝え、あとはDさんが自主練をしたのを聞き、アドバイスを伝えた。

 
なんとか披露できるくらいまで完成したが
残念ながら他の選択学習チームが時間内に終わらず、ピアノお披露目会は中止になった。残念だ。

 
私はピアノを利用者に教えながら前の職場を思った。

 
前の職場では、月に一度音楽のボランティアの先生が来てくれた。
利用者のリクエスト曲を先生が弾いて、それに合わせて歌ったり、合奏したりしてアットホームだった。

空いた時間は私がピアノを弾き、それに合わせて利用者が聴いたり、歌ったりして楽しんでいた。

 
あの日々が嫌でも浮かぶ。

今日利用者と弾いた曲やリクエストされた曲はかつて前の職場で弾いた曲だ。

 
退職前にピアノは撤去され、もうピアノは弾けなくなってしまった。
どちらにせよ、退職したからもう前の職場のみんなと音を楽しむことはできない。

 
…前の職場の利用者とも、こんな風にピアノで過ごしたいと思った。
連弾をしたいと思ってしまった。

叶うわけない、私の密かな願い、のぞみだ。

 
私が転職先で今を生きているように
前の職場で今は利用者も他の人と別の過ごし方をしているのだろう。

 
どうしてこうなったのか。
どうしてあのままあそこにいられなかったのか。
どうして今私はここにいるのか。
ずっとそばにいたかった。
ずっとそばにいたかったのに。

 
そう思っても私は前に進むしかない。

 
 
「今日の給食何かな?」

利用者が話しかける。

 
「給食なんだろうね?楽しみだね。手を洗おうか。」

私は職員の顔で答える。

 
もうあの頃には、戻れない。

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