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濃厚接触者発覚後の施設

今から数週間前の話だ。

徐々に感染者数が増えてきたので
施設側から話があった。

もしも施設内で感染者がいて施設を閉所する場合
正職員は特に体調に変わりがないなら
製品作りを行ってほしい、と。

 
私がまだ入職する前
緊急事態宣言の時に
施設は閉所して
正職員はやはり製品作りを自宅でやったそうだ。

 
「家でやる方が大変。時間がかかる。」
「毛糸のくずで机がやられるし、部屋に舞う。」

そんな話を聞いていた。

 
私は製品作りより他の仕事の方が好きだから
それは嫌だなぁと思った。
無症状なら家でのんびりしたい。

 
 
それからしばらく時間が経ったある日の帰り道
私は同僚と仕事の話をしながら歩いた。

明日はメール締め切り日だから障害福祉課に送らなきゃ(※施設長がチェックしていなくて送れない)。
明日はDVD返却しなきゃ(※返却日は明後日)。

そんなことを言っていた。
当たり前に明日が来ると思っていた。

 
その日は大好きなアーティストのアルバム発売日で
私はキャッキャしながら聴いたり
SNSのみんなの反応を調べて気持ちを共有したりした。

 
週末は楽しみな予定が入っていたので
あと少し頑張れば休みだと
期待に胸を膨らましながら早めに布団に入った。

すると
23時20分を過ぎたところでLINEが届いた。

 
長文なので
寝ぼけ眼で見て理解するには気合を入れなければいけない。

よーく読むと
利用者の家族が陽性で
利用者が濃厚接触にあたるということだ。

 
今週いっぱい施設は閉所し
パートさんは休みだという。

 
正職員はとりあえず明日いつも通りの時間に出勤し
自宅に作業資材を持ち帰って作業をする方と
施設消毒をする方に分かれるという。

 
私の職場は
数ヶ月前に職員が一人陽性になった。
その方は休み中に発症したため
施設内感染はなかった。

コロナ禍三年目で
陽性者はこれだけだった。
周りの施設の話を聞いていると
少ない方だった。

 
いつかは施設内で陽性者が出るかもしれないとは思っていたが
ついに来たか、と身震いする。

 
メール送らなきゃ。
DVD返さなきゃ。
来週の月曜日、お弁当を頼んでいたけれど
キャンセルするか聞かなきゃ。

週末の予定、どうしよう。

そんな風に思いながら
私は寝ようとした。

 
だけど
なかなか寝つけなかった。
これからが心配で
なかなか寝つけなかった。

 
次の日の朝
職場に行くと
同僚がカーテンを外していた。

カーテンを全部外して洗濯すると聞き
私も手伝った。

 
しばらくすると
正職員が全員集まり
新施設長は言った。

 
利用者の濃厚接触にいたる経緯。
利用者がPCR検査で陰性なら
週明けから営業を再開すること。

半分の職員は作業資材を今から持ち帰り
自宅で作業すること。

もう半分の職員は消毒その他。
リーダーは活動居室を、私は事務室を消毒し
終わり次第、事務仕事をすること。それも終わったら作業資材を持ち帰って作業をすること。

 
そんなわけで
私は一人、事務室を消毒した。

まさか利用者が濃厚接触になるだけで
検査結果が出るまで閉所するとは。

 
日常は呆気なく崩れてしまう。
利用者はみんなどうしているのだろうか。
消毒しながらそれが気になった。

「暑いからクーラーつけていいですよ。」

リーダーが言いながらつけた。

 
リーダーは消毒しつつ
各関係者にひっきりなしに電話をしたり、電話を受けている。

 
利用者の一人は急に施設が休みになり
不安になっていた為
リーダーがLINEをしていた。

 
「俺、活動居室を消毒してくるから、利用者からLINE来ていたら俺のフリして真咲さん、LINE返してくれる?」

リーダーが言う。

「リーダーになりきりますね!」

私は答える。

 
その利用者は私と同じく
リーダーが好きだ。

そんな利用者の女心を踏みにじるようで申し訳ないが
業務命令だから仕方ないし
好きだからこそ
本人以外が返信した方がいいこともある。

 
かつて元恋人と付き合っている時に
元恋人に告白してきた女性がいて
しょっちゅうLINEをしてきた。
私は彼に頼まれ
彼の代わりに返信していたことがある。
それを思い出した。

 
そんな中
自閉症の利用者が急に施設が休みになったことで不穏になり
どうしても施設に行くと言って聞かないと電話が入り
私はリーダーに言いにいった。

「俺一人で対応するから、真咲さんは隠れてて。」

リーダーはそう言った。
その利用者は不穏な時に
女性職員に危害を加える場合がある。

 
私は死角に隠れた。
外からは激しい奇声が聞こえてきて
リーダーが心配になる。
だけど心配ならなおさら
私は隠れていなければいけなかった。

 
その利用者は結局二回来た。

そのたびにリーダーが一人で立ち向かい、対応した。

 
東日本大震災の時もそうだったが
緊急事態の時に上手く避難できないのは身体障害者よりむしろ
自閉症やこだわりの強い利用者だった。

 
その後
リーダーと二人で事務室で仕事をした。

こんな状況なのに
こんな状況だからこそ

 
そばにリーダーがいて
何気ない会話ができることが心強かった。

 
途中、地震もあったけど
怖くはなかった。

リーダーがいるから。

 
私は午前中で消毒も事務も終わり
やらなきゃいけないことも終え
作業資材を家に持ち帰って仕事することになった。

 
集中して行うこと数時間
作業は全て終わった。

 
営業再開まであとは自由だと言われたため
私は予期せぬ休みを手に入れた。

 
 
結局、利用者は陰性で
施設内の誰も体調は崩さなかった。

よかった。

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