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小説 流れるまま、語れるままに(2)

 僕はアフリカに30年携わった日本人の父と韓国人の母のもとに生まれた。

 「アフリカの水を飲むと再びアフリカに帰る。」と父はよく言っていた。そのため、僕が今こうしてケニアの大地にいるのは、父の遺灰の一部を大地に還すためだ。

 父は、「あると思うな親の財産。ないと思うな自分の才能。」とも言っていた。そのとおり、父はその人をやる気にさせる才能でケニアの人々をやる気にさせて道づくりをさせ、なんと青少年の雇用と教育もこなしてケニア政府にも認めさせる貢献をしたのだった。

 子供の時は、日本で暮らしてなぜ家に父がいないのかと子供心に寂しかったが父に心底愛している芯の強い韓国人の母が愛情をもって僕を育ててくれた。この母が父を30年以上アフリカに行っていて、ほとんど会えなかった父をなぜ愛しているのか僕にはよくわかる。それは父が自分を偽らずに正直に心のまま少年のように素直に生きた人生だったからだ。

「心のまま素直に生き、少年のような情熱をもって行動する人は、多くの人を魅了する。」

 これが母親を含めた多くの人を魅了してきた父の生きざまだ。父が生前だった時はそこまで思わなかったが、成長して大人になると父の人間としての深さがよくわかる。

 これはそんな父と母の物語。




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