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読書感想文 その1 『ゼロから始めるジャック・ラカン ― 疾風怒濤精神分析入門 増補改訂版』 著:片岡 一竹

 暫定的ではありますが「日々の感想」をテーマに、静かに書きたいことを書いて参ります。

 『ゼロから始めるジャック・ラカン ― 疾風怒濤精神分析入門 増補改訂版』 著:片岡 一竹 読了。

 唯一の異性友達で2次元オタク仲間だったラカン子ちゃんから急な結婚報告を受け、「アンタもそろそろ現実見た方がいいよ」って突き放されて、一層のこと去勢してやろうかと思ったけどなかなかそうも行かぬまま置いてきぼりをくらっていますが…大変素晴らしかった。

 これだけ分かりやすく、丁寧に、そして何よりも“親切に”まとめ上げた著者 片岡一竹 氏に影ながら賛辞を贈ります。

 さて私は昔から俗にいう“神経過敏”な人のよう(らしい)です。というのは、自分ではストレスだと思っていなくても、第三者目線から見たときに明らかにストレスのかかる状況に置かれていることが過去に多くあり、そのことが身体に影響をもたらしていると考えられる症状を数多引き起こし続けているからです。具体的には失声(現在進行中)、逆流性食道炎(最近は落ち着いてる)、咽喉頭異常感症(ヒステリー球)などが挙げられます。

 「なら、ストレスのかかる活動を排除すればいいのでは?」という声が聞こえましたが、これが困ったことに私はストレスらしきそれらを“ストレス”として認知していない(?)…というより、無意識に隠してしまう癖があるのです。
〜「無意識」は精神分析学の祖であるジークムント・フロイトが見つけ出した概念ですが、ラカンの理論にも勿論必須なものとなります。〜

 無意識下に隠すことで社会生活に自らを嵌め込み、外されることに怯えながら、日々緊張して生きてしまうわけです。おそらく、私にとってストレスがあるならば、これらの自身の行動そのものが最もストレスだと言えるでしょう。
〜ここには「抑圧」などという法則がでてきたりしますが詳しくは是非読んでみてください。〜

 …と、非常に分かりやすい例が自分だったので、自分のことを書きましたが、このような話は私に限ったことではなく社会に属する全ての人々(全ての人間といっても過言のない)が、大なり小なり何処かしらで感じていることだと思います。しかしながら精神分析はこのようなことに対して特効薬を処方してくれるものではないし、励ましてくれるものでもないようです。では何を目指しているのかという話になりますが、そこについては是非読んでみてくださいね

 少なくとも私は自分が前向きに生きていくための指針を、自分で考えさせてくれる材料を貰えたと感じでいます。

 過去には占いに頼ってみたり、お祓いを受けてみたり、スピリチュアルな人に頼ってみたり、諸々しました(関わった人たちは皆様素晴らしいスペシャリストでした)が、結局は「自分が自分とどう向き合っていくのか」という根幹がなくては全ては虚無に終わります。そこに自分の本質がないわけですから(そもそも何らかの疾患が見つかっている場合は別問題でしょうが、私の場合症状以外の病は見当たらない状態です)。

 ラカンのあらゆる理論にはそんな自らの“本質”となりうる部分(主体)を見出すための大きな力があります。しかし彼の理論は難解極まりないものです(数多の研究者が幾年、そして今も論議を重ねています)。それら複雑な概念達を、著者は親切に、丁寧に切り分けて解説してくれています(文章内に参考箇所の頁数が逐一記載されているなど、とにかく親切だと感じました)。

 また<「ラカン」と「精神分析」>を<「思想家」と「思想」>としてではなく、根本の姿であるはずの<「精神分析家」と「臨床実践」>として解説し、その実態をより明瞭に捉えることを可能にしていることも、著者の大きな功績と言って良いのではないでしょうか?。
〜特に「現代思想」をメインにしてジャック・ラカンの名を知っている方々には新しい発見があるのではないでしょうか。〜

 最後になりますが、本書中にもあるのですが、本書はラカンの理論及び精神分析全般における、「精神障碍」に対する分析にまでは触れきられておりません。例えば前述した私自身の症状は精神障碍ではなく神経症と捉えられます。

 よく「精神を病む」というような表現を耳にしますが、その正体は大抵の場合神経症の類であり、精神障碍とは区別して考えなくてはならないかと感じます。同じく「精神」を分析するものではありますが、分析される主体の持つ症状としての「精神障碍」には、また違った理論が存在しますのでご注意ください。言葉(シニフィアン)の重複がややこしい気がしましたので、念のため記載させていただきました。

 加えて、本書は決して自己啓発本でも医療本のような類の物でもありません(精神分析はそもそも医療とは違う)し、哲学書でもありません(定義のありようによってはそうかもしれませんが…)。また、上記の通りジャック・ラカンによる全ての論議に答えを示したり、それらを紹介したりする物でもありません。

 この書籍は臨床実践としての精神分析が目指す場所(目的)、思想としての精神分析(ラカンによる)の実態を、その概念の表面を優しく撫でながら剥がして行く「ジャック・ラカン超入門書」です。

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