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キネマ備忘録

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映画を観て、広がった世界のこと
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#映画鑑賞

車窓から覗く胸の痛み (『ドライブ・マイ・カー』考察)

 車の中から、窓の外を見る瞬間が好きだ。  晴れだろうと雨だろうと、私は守られている存在で、一歩引いた姿勢で景色を楽しむことができる。流れゆく折々の場面は、ひとの人生を体現しているようにも思えて、ほんの少し切なくなることもある。高速道路を猛スピードで駆け抜ける車、突如として広がる海の青さ、激しい雨が窓を穿つ音。  自分で運転をすることも好きだけど、誰かが運転をする車に乗ることも同じくらい好きだ。外を眺めることに集中することができる。巡りめく景色の中で、自分がこれまでどのよ

アメリカン・ポップカルチャーに踊らされる

 昔からコカ・コーラやマクドナルドといった、いわゆるアメリカの資本主義のシンボル的なモノ達が好きだった。  青春時代(あの頃は若かった)、ポスターを集めるのにいっときハマって、アンティークショップに行っては目ぼしいものがないかどうか漁っていた。学生時代、ニューヨークにあるMOMAへ立ち寄った時、かの有名なキャンベル缶がいくつも描かれたアンディ・ウォーホルの作品を見ていたく感動した記憶がある。   感覚的には、きっと古き良きものを愛でる感覚と通ずるものがある気がする。昭和レ

夢の終わりを、見たくなかった。

 最近は少し家でひっそりしつつ、時間があればぶらぶらと近所を散歩し、それから気が向けば映画を観るといった反復運動の中で生きている。  私はこれまで一度読んだ本、そして観た映画というのは基本的には見返さないという生き方をしてきた。それはなんとなくあらすじも結末もわかっている話を再度見直すというのは、時間が勿体ないという考えが頭の中にあったから。それがここ最近は、少しずつだけれど昔見て"記憶の中を掘り起こす"という活動をしている。  そして今年最初に観直したのは、ジュゼッペ・

時間を旅する人たち

水の上に石を落とすと、静かに波紋が揺れる。 ちょうど日常のちょっとした変化に対して、それがまるで波紋のようにだんだんと異なる影響をもたらすことをバタフライエフェクトというそうだ。 そういえば昔『時をかける少女』というアニメ映画を見たことがあるけれど、主人公が過去に起こした出来事によって未来が大きく変わってしまうという、そんな道筋だったように思う。3作品にわたって制作された『Back to the future』もそうだ。 タイムスリップをネタにした話なんてものはこの世の

真夜中の五分前

大好きなバラエティのひとつに日テレ系でやっているAnother Skyという番組がある。もう誰もが知る長老番組になりつつあるが、わたしは普段あまりテレビを見ないのだけどこの番組だけずっと見続けている。 とは言いつつも、ここ2年くらいずーっと撮り溜めしていてなんだかんだ忙しいことを理由に全然見られていなかった。ところが家に籠るようになって、これまで過去の分をひたすら見続けている。 その中で行定勲監督が出演された番組があって、彼が撮影した『真夜中の五分前』という映画が気になっ

お勧めのインド映画 5選

最近家で過ごすようになってから、貪るように見始めた映画の数々。中でもお気に入りは、インド映画だ。コロナ禍であまり外に出ることができなくなってから、どうしてもストレスが溜まるようになってしまった人もいるかと思う。 そんな時、そうしたストレスを和らげる方法の一つとして、やっぱり最後明るく終わる映画というのは有効だと思っている。そして、そんな映画は何かと聞かれると、ハリウッドならぬインドで作成されたインド映画・ボリウッドである。 自粛中は、30作品ほど見た。たぶん、日本で見られ

聲をかたちにして。

先日、金曜ロードショーで「聲の形」という映画がやっていた。わたしが高校生くらいの時だっただろうか、少年マガジンで連載していた漫画。その頃コンビニで時間がある時立ち読みしていたので、断片的には読んだ覚えがある。今回改めて、映画で見てその時の読んだ断片的な記憶が一つにようやくつながった。 だいぶ映画では漫画でやっていた内容を端折ってはいるものの、見終わった時にアニメーションでしかできないと思われるような表現の幅が印象的だった。 この映画のあらすじは、生まれつき耳の聞こえない西

形が輪郭を持つこと

最近、コロナ禍の影響で家に篭るようになってから、ただひたすらいろんな家がを見続けていた。調子が出ると、4本くらいぶっ通しで見たこともある。 それまではどちらかというと、本の虫だった。まあ過去形でもなくて、今も相変わらずいろんな本を興味あるものから片っ端から読んでいるのだが。もともとそれほど読むのが早い方ではないので、1日に300ページくらい読めれば上出来というかんじ。 それでも、本を読むペースが映画を見るペースを超えることはここ数年全くなかったのに、それが一変した。わたし

差別と偏見にまつわる人の心

先月、アメリカ・ミネソタ州にて黒人男性のジョージ・フロイドさんが、無抵抗にもかかわらず白人警察官によって殺される、という事件が起こった。その結果、アメリカ国内でたくさんの人たちが、人種差別に対する抗議デモを行う事態に発展している。 21世紀に入ってからは、20世紀以前に起こった出来事を背景に、「人は皆平等、差別を止めよう」という動きが広がった。だけど、たぶんこの手の問題は依然として解決の糸口が見えていないように思う。 確かに今回の事件は痛ましい出来事であることに変わりはな

#8. 自分の役割(『マイ・インターン』)

昔一回見たことがあったけれど、確かその時は学生でこの映画の奥深さについて本当には理解していなかったのだと思う。今回改めて見てみて、いろんなシーンの繋がりがより明確になった気がする。 あらすじファッションサイトのCEOとして活躍する女性が40歳年上の男性アシスタントとの交流を通して成長していく姿を描いた。ニューヨークに拠点を置く人気ファッションサイトのCEOを務めるジュールスは、仕事と家庭を両立させながら誰もが羨むような人生を歩んでいた。ところがある日、彼女に人生最大の試練が

#7. 思い悩むこと(『道』)

ふと振り返ってみると、あの時ああすれば良かったのに、と自責の念に駆られることがある。 以前、森川葵主演の『チョコリエッタ』という映画と黒木華主演の『日々是好日』という映画を見ていたときに、どちらの映画にも一つのオマージュ的な役割として巨匠フェデリコ・フェリーニの『道』という映画の存在があった。その時からずっと気にはなっていて、この度晴れて時間ができたために早速鑑賞してみた。 あらすじ 怪力自慢の大道芸人ザンパノが、ジェルソミーナを奴隷として買った。男の粗暴な振る舞いに

#6. 追いかけた先。(『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』)

気づけば、言葉の響きを探している。 元々学生時代の頃から、小説を習慣的に読むようになり、言葉の海に溺れるようになった。そして、物心ついた時から好きな言葉のひとつが「ピーナッツバター」である。 その魅力は深く語ろうとすると長文になりそうなので、次回に回したいと思う。 簡単に触れるとまず「ピーナッツ」というどこか硬質で男前な感じ、そしてバターはどこか柔らかいとろけるようなそんなイメージが伝わってくる。その二つの言葉が合わさった「ピーナッツバター」は、まさに剛と柔を組み

#5. 人とのつながり。(『しあわせのパン』)

急にお腹が減った。最近朝ご飯はもっぱらご飯ばかりを主食としていたのだが、そろそろパンを食べようと思う今日この頃。そんな中、友人から教えてもらって見た映画。田舎暮らしの素晴らしさを再認識させられる作品でもある。 あらすじ北海道・洞爺湖のほとりの小さな町・月浦を舞台に、宿泊設備を備えたオーベルジュ式のパンカフェを営む夫婦と、店を訪れる人々の人生を四季の移ろいとともに描いたハートウォーミングドラマ。りえと尚の水縞夫妻は東京から北海道・月浦に移住し、パンカフェ「マーニ」を開く。尚が

#3. 心揺らすもの(『あやしい彼女』)

「あの頃はほんとうに良かったなぁ」 と、わたしの父親世代の人たちは時々お酒片手にぼやく時がある。1960年代後半から1980年代にかけて、日本の音楽シーンで一台ムーブメントを興したフォークソング。どこか胸を締め付けられるような、かつ懐かしくなるような気持ち。わたしは彼らがそう呟くのもなんとなく理解できる気がするのだ。 わたしがまだ幼い頃から、父親の車の中ではいつもチューリップが流れていた。その影響からか、わたしも自然と物心ついてからもその時代に流行ったほかのフォークソ