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大英博物館ミイラ展、注目すべきポイントは? 監修の河合先生に聞きました

最新のCTスキャン画像と、約250点の遺物が並ぶ、特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」。本展の監修を務める河合望先生に、独自の視点でみどころを語ってもらいました。河合先生が特に注目する文物も、ご紹介します。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

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河合 望(かわい のぞむ)先生 プロフィール
金沢大学新学術創成研究機構教授。金沢大学古代文明・文化資源学研究センター副センター長。専門はエジプト学、考古学。30年以上にわたりエジプトでの発掘調査、保存修復プロジェクトに参加。

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ふんだんな情報で、古代エジプトの「個人」にフォーカス

本展は古代エジプト6人の個人の生きざまに光を当て、当時の食事や健康状態、暮らしぶりなど、生と死について迫ります。大英博物館の世界有数の収集品からセレクトした、約250点という点数も圧倒的。遺物そのものをお見せするのではなく、6人のストーリーそれぞれを理解していくために遺物が選ばれているといえます。
「ふんだんな情報」でお届けする展覧会です。

展示は章ごとにテーマ性をもたせた点が特長で、女性や子どもについての章もあります。現実的に私たちと同じように家族がいたり、職業に就いていたり――、苦しみや悲しみ、そして喜びを感じながら人生を過ごしていた古代エジプト人を、より身近に感じてもらえる内容になっています。

また、最新のCTスキャン技術でミイラ内部について具体的に理解することもできます。古代エジプト人が病気や感染症に苦しんでいたことなど、医学的な情報が数多く明らかになりましたが、まさに今を生きる私たちが共感する部分も大いにあるでしょう。

CTスキャンが明らかにするミイラの内部

03. アメンイリイレトの内棺と、ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像

「アメンイリイレトの内棺と、ミイラのCTスキャン画像から作成した3次元構築画像」前600年頃 ©The Trustees of the British Museum
アメンイリイレトの遺体のCTスキャン映像からは、古代の癌の珍しい例が見て取れた

目玉の1つは、CTスキャン画像で検知されたミイラに納められた様々な遺物です。ミイラを包む包帯を解かずに内部に納められている護符や装身具などを立体的に確認できることは大変驚くべきことです。

実際に展示もされますが、これによって現代の考古学者はミイラの包帯に納められた遺物を非破壊で知ることができるだけでなく、3Dプリンターでその形を再現することができるようになりました。

古代エジプト人が、どのような護符や装身具などを、どの位置に納めたのかが理解できるのです。例えば、ネスペルエンネブウのミイラにはさまざまな護符が納められ、謎の碗が頭を覆っています。

ワイン壺や古代のパン 注目の展示文物

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「ネジェメトのワイン壺」前1550~前1186年頃 ©The Trustees of the British Museum )

本展で展示される2点のワイン壺、「ネジェメトのワイン壺(つぼ)」=写真=は、本来4点の壺で構成されたセットで、残りの2点は米国ペンシルヴァニア大学博物館に所蔵されています。これらには、書かれた文字からデルタ地帯産のワインを入れていたことがわかります。

壺の形は「ヘス壺」と呼ばれる神々への献酒に使われた儀式用の容器の形をしています。日本の御神酒徳利(おみきどっくり)に似ていませんか。表面に塗られた青色はコバルト由来の青い顔料で着色されており、これらの容器はツタンカーメン王の時代前後に特徴的な彩文土器です。

所有者ネジェメトはおそらく非常に高貴な女性であり、このようなワイン壺を墓の副葬品にしたのでしょう。

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「手跡が残ったパン」前1550~前1069年頃 ©The Trustees of the British Museum

古代エジプト人の主食はパンでした。パンはエンマー小麦から作られ、平たく丸い形に焼かれたものが多いのですが、葉の形にしたり模様をつけたりしたものもありました。「手跡(てあと)が残ったパン」=写真=のように料理人の手形が残ったパンは、生活感を感じさせますね。

石で挽いた小麦粉には砂粒が混ざりました。古代エジプト人の歯を調べるとかなり摩耗しているのは、パンに混ざった砂粒によるものと考えられています。私もかつてエジプトでパンを食べた時に砂粒を噛んでしまうことがありました。

エジプト発掘調査の「いま」を感じる、日本独自のコンテンツ

展覧会に並ぶ棺やミイラ、出土した遺物などは、元は墓の中など、遺跡に埋葬されていたものです。近年の考古学研究は、出土した遺物そのものだけでなく、埋葬時の様子など、本来の状況を重視するようになってきました。しかし、そういった背景や文脈までは見えづらいというのが展示の難しい部分だと感じています。

本展では私たちがエジプト・北サッカラで発掘調査を行うサッカラ遺跡の現場の一部を、実寸大の部分模型で再現し、最新の発掘の様子なども合わせて見ていただきます。エジプトの遺跡がどのよう状態で発見されるのか、ミイラがどんな状況で埋葬されているのか、事例を示したいと考えています。

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サッカラ遺跡での発掘調査の様子 © North Saqqara Project

個人的には、コロナ禍が終息したらぜひエジプトに行っていただいて、実際の遺跡なども訪れていただければ一層理解が深まると思うのです。やはりあの暑い、乾燥した気候で、こういったミイラが何千年も保存されていたのだ、と体感できますからね。

それが特に難しい今だからこそ、展示で見ていただくことで少しでもそれに代わる機会になれば、という思いも込めています。

展覧会をみたあとは…図録を開いてより深い古代エジプトの世界へ

図録通常版書影

特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」 図録

本展の図録はとても読み応えのある内容に仕上がっています。ぜひ多くの方に読んでいただきたい。私は大学の秋学期の授業のテキストに使えるんじゃないかと思っているくらいです(笑)

6体のミイラを中心とした展示内容に添った章立てになっているだけでなく、それぞれにストーリーのある読み物のようです。古代エジプト人の生と死をより深く、より身近に理解してもらうための参考書としても「決定版」だと思っています。

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特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は公式サイトをご確認ください。

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