見出し画像

第2回 古代エジプト人が“現代病”に? ミイラが語ったこととは

展覧会をもっと楽しむ!“骨のエキスパート”坂上和弘先生インタビュー(全5回)

ミイラのCTスキャンで古代エジプトの謎をひもとく本展。これまでは知ることのできなかった情報が最新の技術によって数多く得られるようになったといいます。6体のミイラは、何を語ったのでしょうか。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

***

坂上 和弘(さかうえ かずひろ)先生 プロフィール
国立科学博物館 人類研究部 人類史研究グループ長。専門は自然人類学・法医人類学。先史時代から現代までの人骨やミイラが研究対象。

***

――今回、古代エジプト人の「人となり」に迫るうえで重要な役割を担ったのが、最新のCTスキャン技術だといいますが、詳しく教えてください。

CTは「コンピューター断層撮影」の意味で、放射線を物体にあてて、連続断面、つまり輪切りにスライスした状態の画像を、撮影し、コンピューター上でそれら何枚もの画像を重ねて構築するものです。ミイラ研究では1990年代ごろから活用され始めました。

実物を破壊せずに内部の様子を知ることができるので、文化財の保存や保護という点でも大きな役割を果たしています。

特に本展で紹介されるミイラのCTスキャン画像は、現時点で究極レベルに高精細なものです。これまで1体につき1千枚程度だった撮影枚数が、技術の進歩によって約7千枚という破格の撮影枚数が実現しました。単純計算でも7倍近く解像度が上がったといえます。また、撮影システムも新しい方法で、電圧の違う2種類のX線を一度に放出し、対象のより精密な密度の差が抽出できます。これも画像の解像度を上げています。

05. カルトナージュ棺に納められたネスペルエンネブウのミイラと、CTスキャン画像から作成した3次元構築画像

カルトナージュ棺に納められたネスペルエンネブウのミイラ(第3中間期・第22王朝、前800年頃、大英博物館蔵)© The Trustees of the British Museum

――解像度が上がることで、新たにどのようなことがわかるのですか。

ミイラになった肉体は縮小しているため、これまでは体内の組織について知ることは困難でした。しかし、CTスキャンの解像度が上がったことで、縮小した肉体であっても骨の内部構造まではっきり確認することができるようになりました。性別や身長、死亡時の推定年齢などだけでなく、生前に抱えていた病気や病変までわかるようになっています。

また、古代エジプトのミイラの場合は、包帯をどれだけの厚さに巻いているのか、護符をどの層に入れているかがわかるという点も重要です。以前は「皮膚の上か、何層にも巻かれた包帯の層のどこかには護符があるな」といったレベルだったけれども、それが包帯の層の、どのあたりに置かれているかまで捉えることができるようになりました。ミイラを作るプロセスがより詳細にわかるようになったということです。

――展示される6体のミイラにはどんな特徴がありましたか。

6体のうち、成人のミイラ4体には共通して心血管疾患、いわゆる動脈硬化が起きていたことがわかっています。

ポイントは、こういった症状はこれまで「現代病」と考えられてきたということ。長年、私たちのような現代人が、現代社会の環境のなかで、高カロリー・高たんぱく・高脂肪の食事を重ねるからかかる病気であって、古代の人たちにそんな病気は存在しなかったと考えられてきました。かつての技術では、血管の石灰化まではわかりませんでしたから。

しかしCTスキャンの精度が上がったことで、骨と血管の判別、さらには血管の壁が硬化している様子を画像から判断することができ、「現代病」といわれてきた病気が古代にも存在したことが明らかになりました。これは新しい発見です。

同時に、今回の成人ミイラたちはみな、古代エジプト人の中でも身分の高い人たちです。そういった人たちにとって、当たり前の病気だったというのも、新たな気づきでした。

画像2

ネスペルエンネブウのミイラのCTスキャン画像 © The Trustees of the British Museum

――身分の高い古代エジプト人は、現代人と同じような生活だったと?

必ずしもそうとはいえません。例えば古代エジプト人の歯はとてもすり減っています。現代人にはそんなことほとんどありませんよね。食生活を含め、古代の暮らしが今とまったく一緒ということではないのです。

ただ、生活様式は異なっていても、体に対する反応は人類みな一緒で、ぜいたくな暮らしをするとこの病変が現れる。その痕跡が今回のCTスキャンから明らかになりました。

一方で、展示されるミイラの推定死亡年齢は30代から40代。現代人で考えると、血管の石灰化が起こるには早すぎますから、実際どのような暮らしを送っていたのか――、そういった点も興味深いです。

ちなみに日本の即身仏や、江戸時代の人のミイラを調査しても、このように血管に石灰化が起こった例は見つからないんですよね。みんな質素な暮らししていた人たちだから。

(第3回につづきます)

***

特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は決定次第、公式サイトでお知らせします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?