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第5回 エンタメもあと押しした子ども時代、エジプトとの出会い

展覧会をもっと楽しむ!“古代エジプト文明専門家”河合望先生インタビュー(全5回)

エジプト学に取り組んで30年以上となる河合先生。最終回では、先生とエジプトとの出会いについて、子ども時代のことも振り返っていただきました。
取材・構成:渡辺鮎美(朝日新聞メディアプロダクション)

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河合 望(かわい のぞむ)先生 プロフィール
金沢大学新学術創成研究機構教授。金沢大学古代文明・文化資源学研究センター副センター長。専門はエジプト学、考古学。30年以上にわたりエジプトでの発掘調査、保存修復プロジェクトに参加。

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――エジプト考古学の道に進むきっかけをうかがえますか。

子どもの頃はウルトラマンや恐竜、宇宙など、好きなものは色々とありましたが、特に歴史が好きだったように記憶しています。昔は家に何台もテレビはなかったですよね。アニメが見たくても、親には負けてしまう。小学1年生くらいの時に偶然親と一緒に見ていたのがNHKの「未来への遺産」というドキュメンタリー番組でした。

エジプトの回でピラミッドやツタンカーメンの黄金のマスクが登場して。子どもとしては、ストライプの金色のものをかぶったツタンカーメン王に、びっくりするじゃないですか。アニメで見た「ジャイアントロボ」のようでもあり、「なんだこれは」と。

黄金のマスク

本展にも展示される「ツタンカーメン王の黄金のマスク(レプリカ)」

――エジプトの中でも、特にツタンカーメンに魅了されたのですね。

ツタンカーメン王は、8歳で王位に就くのですが、現在でいうと日本の小学2年生です。自分と同じ年頃の人間がファラオになり、しかもその後は10年ほどしか生きられず、結婚してお后(きさき)がいて、18歳くらいで亡くなったとされています。子ども向けのツタンカーメン王墓の発掘物語の本で読んで、なんともいえない感銘を受けました。

もう一つは、テレビ番組です。「未来への遺産」だけでなく水曜は「川口探検隊」、木曜日はピラミッドやUFOの番組を決まって見ていました。そういった当時のエンターテインメントにも影響を受けて徐々にエジプトや考古学に興味を持ち始めたのだと思います。

――そこからは考古学者をめざして一生懸命に?

好きな古代エジプトや考古学、歴史の本はたくさん読みましたが、学校の勉強そのものはあまり好きではなくて。家で勉強もしないで休日には自転車に乗って神社仏閣や遺跡に出かけていました。当時暮らしていた埼玉には近所に古墳や黒曜石などでできた石器やサメの化石が見つかるような場所があって、そういうところで遺物や化石を拾っていました。

――子ども時代に、すでに考古学者のようですね。

お寺や神社、古い文化遺産を見るのは好きだったので、エジプトに行けない代わりにそういったところで楽しんでいたのでしょう。

博物館や百貨店などで開かれていた古代エジプト展などにも足を運びました。そこで中学生の時にはじめて恩師の吉村作治先生(現、東日本国際大学総長・早稲田大学名誉教授)にお会いしました。

――吉村作治さんとの出会いから早稲田大学に進学。本格的に古代エジプト研究の道をスタートします。

幸いなことに大学2年生の時に、隊長を吉村先生、現場主任を近藤二郎先生(エジプト考古学者、早稲田大教授)が務めるエジプトでの調査に参加させていただきました。ルクソール(古代のテーベ)の「王家の谷」にある、アメンヘテプ3世王墓の発掘でした。20世紀初頭にツタンカーメン王墓を発見したイギリス人考古学者のハワード・カーターが調査をしていたのですが、発掘は完全には終わっていませんでした。アメンヘテプ3世王墓はまさに駆け出しの私にとってエジプト学、考古学の教室。現地で吉村先生、近藤先生をはじめ諸先生、先輩方のご指導を受けながら学ぶことができました。ルクソールには新王国時代(前1567~前1085年頃)の神殿や墓がたくさんありましたから、自然とその時代に関心を持つようになりました。

P5-2ルクソール神殿第1塔門

ルクソール神殿、第1塔門(河合先生提供)

――研究テーマはずっとツタンカーメン王の時代ですか。

学生時代は必ずツタンカーメンを研究しよう、とまでは決めていなかったのですが、エジプトでの調査や留学などを経て、子どものころにエジプトに関心を持つきっかけとなったツタンカーメンとその時代が研究のメインになっていきました。

ツタンカーメン王は大変有名で、副葬品も多数出土していますが、彼の生きた時代がどのような時代であったのかはあまり知られていませんでした。幼少期に王位に就き、若くして亡くなったツタンカーメン自身に政権担当能力はなく、実質政治を動かしていたのは有能な高官や側近のはず。そんな高官や側近に関する資料は、20世紀後半ごろから発掘調査から徐々に明らかになっていたところで、まだ研究が浅かった。そこで、考古学と文献史学との両方のアプローチから、ツタンカーメンの治世をテーマに研究しまとめようと。それが留学先のアメリカ、ジョンズホプキンス大学大学院での、私の博士論文になりました。

P5-3ツタンカーメン王の信仰復興碑

「ツタンカーメン王の信仰復興碑」(河合先生提供)

――調査のやりがい、探求の魅力は。

古代エジプトの記録を読むと、ヒエログリフ(象形文字)で王の業績が記録されていますが、やはり彼ら(権力者)にとって都合良く書かれているもの。実際のことは記録からだけではわかりません。そこで文献調査だけでなくエジプト全土の遺跡を訪れ、自分で現地を歩いて、ツタンカーメン王が遺跡に残した実際の痕跡を調べてきました。文字に書かれていたことと実際に残っているものが若干違っていたりもしますし、エジプトだけでなく、ヨーロッパやアメリカの博物館を巡って新しい資料を見つけることもできました。

そんなふうにして自ら歴史をひもといていく作業が、研究の醍醐味(だいごみ)だと感じています。

(おわり)

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特別展「大英博物館ミイラ展 古代エジプト6つの物語」

会期:2021年10月14日(木)~2022年1月12日(水)
会場:国立科学博物館(東京・上野公園)
※会期等は変更になる場合がございます。
※開館時間、休館日、入場料、入場方法等の詳細は公式サイトをご確認ください。

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