クリスの物語(改)Ⅳ 第56話 不審点
ある日アメリアが出勤すると、イビージャが地底世界を追放されたと報告を受けた。
理由は、中央部も気づかぬ間に闇に侵されていたためだということだった。
正直、かなりショックだった。子供の頃からずっと一緒に過ごしてきたイビージャ。
彼女が闇に取り込まれていたなんて────。
どうりで、最近の彼女の言動がおかしかったわけだ。
原因が分かって、アメリアはほっとする面もあった。自分に対するイビージャの態度が、彼女自身によるものではないと分かったからだ。
どうにか彼女の波動をまた引き上げ、処分を軽減してもらうことはできないかとソレーテに相談したが、それは不可能だときっぱりと断られた。
禁忌とされる闇の魔法も使ってしまったからだ、ということだった。
そしてそれによりイビージャは見るも無惨な姿に変わり果ててしまった、ともソレーテは話した。
アメリアは、悲しみに暮れた。
イビージャは、いつから闇に侵されていたのだろう。きっと自分では処理しきれない感情に襲われ、つらい日々を送っていたのだろう。
そうとも知らずに、わたしは自分のことしか考えていなかった。
イビージャの変化にも気づかずに、いつも自分がいかに充実しているかについて会うたびに話していた。
ルキウスのことについてもそうだ。彼との関係について報告したときのイビージャの態度に、わたしは憤りさえ感じてしまった。
しかし、あのときの彼女の態度は本来の彼女自身ではなく、闇に蝕まれた感情によって引き起こされたものだったのだ。
なぜそれに気づいてあげられなかったのだろう。
子供の頃から、自分を犠牲にして世話を焼いてくれたイビージャのことを思い、救ってやれなかった自分をアメリアは責めた。
そして闇の勢力を駆逐する必要性を、心から感じた。イビージャは自分を犠牲にして、その必要性を教えてくれたのだ。
わたしの使命は、やはり闇の勢力をこの地球から追放することだ。
愛する人のためにも、これから生まれてくる子供のためにも、これ以上闇の勢力に地球を好きにさせてはならない。
いつかこの世から闇を追放し、イビージャの中に光と愛を取り戻してあげよう。アメリアは、自らの心にそう誓った。
それにしても、とアメリアは思った。
なぜ、禁忌とされる闇の術を使うまで、イビージャが闇に侵されていることをわたしたち情報統制局は見抜けなかったのだろう。
通常、闇特有のネガティブな感情はその情報がもたらされ次第、自動的に検知され、抹消されることになっている。
だから万一誰かが闇の感情に侵食されたとしても、侵された本人さえも気づかぬ間に、その感情が削除されるようになっているのだ。
しかし、今回情報統制局でもそのような異常は発見されていなかったはずだ。
アメリアは、すぐにイビージャのデータを洗った。
ところが、闇の魔法を使用する直前までイビージャに闇に侵されていたような痕跡はなかった。どう考えても、それはおかしい。
情報に手が加えられているとしか考えられない。
でも、一体誰がどうやって?
闇の勢力がネットワークに侵入して、操作しているとでもいうのだろうか?しかし、果たしてそんなことが可能なのだろうか?
銀河連邦や宇宙連盟によっても、情報は厳重に管理されている。その目をかいくぐって、闇の勢力がネットワークに侵入できるとは思えない。
となると、考えられることはひとつしかない。スパイがいるかもしれない、ということだ。
しかし、情報統制局だけでも何百人とスタッフがいる。それに、情報統制局の人間ではなく、中央部の別の部署の人間という可能性だってある。
そうなったら、すごい数だ。
そんな何千人といる中から、存在するかどうかも分からないスパイを探し出す術がアメリアには思いつかなかった。
この件について、ソレーテに相談してみようかとアメリアは思った。彼なら信頼できるし、それにいい知恵を貸してくれそうな気がする。
しかし、すぐに思いとどまった。
わたし以外のすべての人間が容疑者だ。ソレーテさえ、例外ではない。
それからというもの、アメリアは他のスタッフの目を盗んでは、中央部に勤務するスタッフのあらゆるデータを調査した。
経歴から家族構成、好みや癖に至るまで、調べられるだけ調べた。しかし、調べるだけ無駄だった。
もしスパイがいるのなら、その情報は細部に至るまで抜かりなく手を加えられているようだ。
次第に、自分の思い過ごしだったのではないかと思うようになった。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!