クリスの物語(改)Ⅳ 第57話 決断
そんなある日、仕事を終えて自宅に戻ると、玄関の前にひとりの女性が立っていた。
銀色の髪に、青い瞳をした背の高い女性だった。
身なりからして、ひと目で地底世界の人間ではないと分かる。かといって、地表人でもない。というより、地球人ではなさそうだ。
女性はアラミスと名乗り、銀河連邦からやってきたと言った。
証拠にと、アメリアの脳裏にアラミスは自分のデータを表示させた。そこには、銀河連邦の職員であることを証するアラミスの身分が映し出されていた。
たしかに、銀河連邦の人間で間違いなさそうだった。
銀河連邦の人間が何の用かと尋ねると、中央部には内緒で相談したいことがあるとアラミスは答えた。
アメリアは、不審に思いながらもアラミスを家に上げた。
家に上がるなり『わたしの上司より、説明いたします』と、アラミスが指輪を寄越した。
大きなダイヤのついた指輪だった。
指示されるままアメリアはオーラムルスを外して、その指輪を右手の人差し指にはめた。
すると、目の前にアラミスと同じ服装をした男性が表示された。アラミスと同じく、銀色の髪に青い瞳をしている。
男性は、ハスールと名乗った。
簡単に自己紹介があった後、ハスールはアメリアへの相談内容を話し始めた。その内容とは、次のようなものだった。
現在、地球は次元上昇する段階に差し掛かっている。それに伴い、クリスタルエレメントが発見されるようになるだろう。
クリスタルエレメントは、5つ揃うと次元上昇を引き起こす引き金となるが、同時に地球を消滅させることもできるほどのエネルギーをも生じさせる。
そして、闇の勢力は地球の資源が枯渇次第、クリスタルエレメントを用いて地球を消滅させようとすることが予想される。
次元上昇されてしまっては、宇宙に光の惑星が増えてしまうからだ。
そのため、銀河連邦は何としてでもそれを阻止して、闇の勢力を地球から追放する計画でいる。
幸いなことに、闇の勢力の人間にクリスタルエレメントを入手できる選ばれし者は存在しない。
しかし、地表世界だけでなく、地底都市や海底都市など5大都市の各地に闇の勢力のスパイが潜り込んでいる可能性が、ここにきて浮上している。
そのため、たとえ選ばれし者がクリスタルエレメントを入手したとしても、スパイによって奪われてしまう危険性がある。
だが、銀河連邦はさらにその裏をかいて、逆にそれを利用しようと考えている。つまり、クリスタルエレメントを餌に、真のスパイを釣り上げるのだ。
しかし、それを行うためには、闇の勢力の内部に協力者が必要となる。
要は、闇の勢力に潜入して逆にスパイ活動をする人間だ。
そして、アメリアにその役をお願いできないかというのが、ハスールの相談だった。
なぜ自分が選ばれたのかと尋ねると、まず、銀河連邦の調査によってアメリアは闇のスパイである可能性がゼロに近いということが判明していること。
そして、闇の勢力を追放するという高い志を持っていること。それに加えて能力も高く、何よりも稀にみる強大な生命エネルギーを備えているからだということだった。
闇の勢力に潜入するにあたって、闇のドラゴンと契約を交わしておくことが望ましい。
そうすれば、スパイであることが疑われにくくなるし、早い段階で幹部に昇り詰めることができる。
闇の勢力の中でも、闇のドラゴンと契約を交わせる人間は希少で優遇されるからだ。
しかし、闇のドラゴンと契約した場合、生命エネルギーの弱い人間であれば身も心も闇に侵されてしまうため、スパイ活動を行うどころではなくなってしまう。
それに、いずれ闇のドラゴンに、生命エネルギーをすべて食い潰されてしまう。
そのため、アメリアのような強大な生命エネルギーを持った人間がどうしても必要なのだと、ハスールは説明した。
さらに、アメリアは闇のドラゴンと戦って従わせられるほどの強さも持ち合わせている。これほどの適任者はいない、とハスールは太鼓判を押した。
そしてもし引き受けるとなったら、今の守護ドラゴンとは契約を解除する必要があるが、その代わりにエジプト神のひとり、ホルスを守護神に付けるよう手配するとハスールは付け加えた。
ハスールの申し出は、アメリアにとってまさに使命を後押しするものだった。
やはり、自分が思っていたようにセテオス中央部にも闇の勢力のスパイがいるのだ。
そのスパイをあぶり出し、地球上から闇の勢力を一掃するためにも、自分が闇の勢力へと潜り込む必要がある。
しかし、すぐに返事はできなかった。ルキウスと、これから生まれてくる子供の存在があったからだ。
任務を受けるにあたって、アメリアとしての情報は任務完了まで抹消されるということだった。それにより、アメリアという存在はこの世になかったものとされる。
もし自分に子供が生まれて、自分の存在が忘れられるなんて耐えられるだろうか?
ルキウスからも忘れられるなんて・・・。
返事は急がないと、ハスールは言った。生まれてくる子供のこともあるだろうから、じっくり考えてくれ、と。
しかし、この任務については一切他言しないようにと念を押された。そしていつでも連絡が取れるようにと、ダイヤの指輪は与えられた。
指輪はアメリアにしか反応しないから、他の誰かに触れられてもばれる心配はないということだった。
アラミスが去ってから、アメリアはひとり考えた。
闇に蝕まれ、イビージャは地底都市を追放されてしまった。同じような犠牲者が、今後地底都市からもたくさん出ることになるだろう。
もしかしたら、ルキウスも生まれてくる子供も、その被害に遭うかもしれない。
いつか誰かがやらなければ、闇の勢力により地球が消滅させられ、大勢の犠牲を出すことになるだろう。
そしてそれは今、わたしに与えられた役目なのだ。
これは、わたしに与えられた使命なのだ。ここでやらなければ、きっと後悔するだろう。
二の足を踏んでいるのは、わたしの存在が愛する人たちから忘れられてしまうことに対する、わたし自身のエゴだ。
生まれてくる子供のためにも、愛する家族のためにも地球の将来のためにも、今わたしが立ち上がらなければいけない。
アメリアは、いても立ってもいられなくなった。家を飛び出し、ルキウスのもとへ向かった。
突然やってきたアメリアに、ルキウスは驚きながらもとても喜んだ。愛に溢れたその笑顔を見て、アメリアは決心が揺らいでしまいそうになった。
この人からわたしの存在が忘れられるなんて、耐えられない。
突然やってきていきなり泣き出したアメリアを見て、ルキウスは戸惑った。
抱きしめて、一体何があったのかと問い詰めた。しかし、アメリアは何も言わずに泣くばかりだった。
ひとしきりルキウスの胸の中で泣くと、アメリアは心を殺すように笑顔を作った。
それからルキウスの目を見て尋ねた。
『子供の名前は、もう決めてるの?』
ルキウスは、優しく微笑んだ。
『ああ。もう決めている』
『なんていう名前?』
『ファロスだ』
『ファロス・・・。素敵な名前』
そう言ってから、アメリアはくすっと笑った。
『でも、女の子だったらどうするの?』
『いや、絶対に男の子だ』
ルキウスは、自信を持って言いきった。
『そう。それなら、男の子で間違いないわね』
アメリアは微笑んだ。そして、柔らかな光を宿したルキウスの瞳をじっと見つめ返した。
どうかわたしのことを忘れないでと、願いながら・・・。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!