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クリスの物語(改)Ⅳ 第51話 たくらみ

 そんなある日のこと、グオン地区に予期せぬ訪問者がやってきたからすぐに向かってくれとネイゲルから連絡が入った。
 連絡を受けて、イビージャは少し緊張した。何かの拍子に次元の狭間を乗り越えて、様々な時代から偶然ここへとやって来てしまう地表人が稀にいる。恐らく、今回もそれだろう。

 しかし、場合によっては闇の勢力の侵入者である可能性もある。重々注意しなければならない。
 グオン地区まで、イビージャはドラゴンを飛ばした。

 オーラムルスの地図表示に、その招かれざる客が表示されていた。通りの真ん中で、その訪問者は一歩も動かなかった。

 どうやら、侵入者ではなさそうだ。ここがどこかわからずに、呆然と立ち尽くしているのだろう。予期せず次元の狭間を越えて飛ばされてきた者の、いつもの反応だ。

 現場へ到着すると、思っていた通りキョロキョロと辺りを見回しながらゆっくりと道を歩くひとりの男がいた。白い布着をまとい、ひげを蓄えた若者だ。
 ドラゴンに乗ったまま男の目の前に降り立つと、男は目を見開いて一目散に走り出した。これもお決まりのパターンだった。

『お待ちなさい』
 イビージャは、優しい口調で話しかけた。
『あなたを傷つけるつもりはありません』

 男は立ち止まって、そろそろと振り返った。半信半疑といった表情を浮かべている。
 イビージャは、ドラゴンから地面に降り立って男を見た。日に焼けた肌に、たくましい体つきをした凛々しい青年だった。その男をひと目見て、イビージャは気に入った。好みのタイプだった。

 男は名をルキウスといい、地表世界のローマ出身だった。年齢は二十歳はたち

 イビージャは、戸惑うルキウスにゆっくりと近づいた。そして、ここがどこであるのかを説明した。
 安心させるために、他にも同じように意図せず次元の狭間を越えてやってくる人たちはいて、地表世界へ戻ることを希望する者もいれば、そのままこちらへ住み着く者もいると話した。

 そして地表世界へは元の時間に戻れるから、もしよかったらしばらく滞在してはどうかとも提案した。その間わたしが面倒をみるし、観光案内もしてあげるわと挑発するようにルキウスの目を見つめて、イビージャは精一杯の魅力を振りまいた。

 ルキウスは、イビージャの提案に興味を持った。聞けば、留守中に自分の住む集落が何者かに襲われ、戻ったときには焼け野原と化していたということだ。そして、家族もすべて皆殺しにされていたと。
 自暴自棄になって谷へ身を投げようとしたところ、気づいたらこの地へやって来ていたということだった。

 滞在することを決めた動機が自分に興味を持ったわけではなさそうだったので半ば不本意ではあったが、甲斐甲斐しく世話をすれば否が応にも自分に興味を持つだろう。そう思って、イビージャはルキウスを連れて帰ることにした。


 イビージャは、ルキウスをまず監視局へ連れて行った。予期せぬ訪問客は、基本的に元の世界へ戻すことになっている。
 しかし、地底世界にとって問題のない人物であれば本人が希望するなら滞在することもできるし、中央部の許可が下りれば永住することもできる。

 滞在を希望する場合は、どこへ滞在するのかなど中央部へ報告する決まりがあった。とはいえ局員の家へ滞在することを禁止するような規定は特にないので、イビージャの家に宿泊させても特に問題視されることはなかった。

 エルカテオスの監視局へルキウスを連れて戻ると、なぜかそこにアメリアがいた。
 イビージャの存在に気づくと、アメリアは笑顔で近づいてきた。手には何かが握られている。

『アメリア、どうしたの?』
『うん。ちょっと監視局に届け物があって。それで、ついでにこれをイビージャに渡しておこうと思って』
 アメリアは、手に持っていた物をイビージャに渡した。

『何、これ?』
 それは、細い銀のステッキだった。先端には、ドラゴンの頭部の彫刻が施されている。

『いいから、腕に押し当ててみて』
 言われた通り、イビージャはその銀の棒を腕に当てがった。すると、それはヘビのように腕にするすると巻き付いた。

『ミラコルンっていうの。両手が使える状態で、幻獣封じのカンターメルを発動させられる道具がほしいと前に言っていたでしょう?父さんに開発してもらったの』

 ドラゴンの石調達の仕事をしていた頃、たしかにそんなことを言ったことがあったな、とイビージャは思い出した。
 岩場の多いドラゴンの巣窟でアースドラゴンと戦ったときに、杖だと片手が塞がれてなかなか身動きが取りづらかった。それでその帰り、杖じゃなくて両手が使えるものがあればいいのに、とつぶやいたのだった。
 まさかそれをアメリアが覚えていて、実際に依頼していてくれたとは驚きだった。

『ありがとう。覚えていたのね』
 イビージャは礼を言って、アメリアにハグをした。

 そのとき、アメリアはイビージャのうしろに立つ男と目が合った。よく日に焼けた、茶色い瞳の青年だった。
 ひと目見て、その若者が地表人だと分かった。目が合うと、若者はじっと自分のことを見つめてきた。無防備な青年の瞳に見つめられ、その思いがダイレクトに伝わってきてアメリアは思わず目を逸らした。

 それからイビージャの体を引き離すと『それじゃあ、戻るね』と、あいさつもそこそこにアメリアはその場を後にした。
 自分でも、顔が紅潮しているのが分かった。

 アメリアのその態度に、イビージャは驚いた。走るように去っていくアメリアの後ろ姿を目で追いながら、何があったのかと不思議に思った。しかし、その理由はすぐに分かった。
 うしろに立つルキウスの視線が、アメリアに釘づけになっていたのだ。そして、ルキウスの思いは何の警戒もなくむき出しに放出されていた。

 それが、イビージャの独占欲を刺激した。何とかして、この男を自分の物にしよう。そして、悔しがるアメリアに言ってやるのだ。
 あなたは男に興味なんてないでしょう?あなたには、高尚な思想を持って取り組む仕事があるのだから、男にうつつを抜かしている場合じゃないでしょう、と。


第52話 苛立ち

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!