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クリスの物語(改)Ⅳ 第29話 ハーディの申し出

 授業を終えて帰宅しようとジェカルへ向かったアーロンの前に、ひとりの見知らぬ女性が現れた。
 美しさの中に強さと可憐さを湛えた、不思議なオーラを放つ女性だった。

『アーロン・ロズウェルさんですね?』
 アーロンの目を見つめて、女性が確認した。

 黒く縁取られた神秘的なグレーの瞳に見つめられ、アーロンはなぜかとても懐かしさを感じた。アーロンがうなずき返すと、女性は少しだけ話を聞いてほしいと言って学校の敷地の隅に並ぶクテアへとアーロンを誘った。

 ふたり並んでクテアに座ると、しばらくの間女性はアーロンの顔を無言で見つめた。女性の顔には、優しい微笑みが浮かんでいた。
 戸惑うアーロンに『ごめんなさい』と謝ると、女性は本題に入った。

 女性は名をヴァネッサといい、銀河連邦から遣わされたと話した。
 そしてヴァネッサによれば、セテオス中央部で保管されていたクリスタルエレメントが闇の勢力に奪われてしまったということだった。

 そして、それを奪還すべく現在数名の地表人が闇の勢力の本拠地へ乗り込もうとしているという。
 その選ばれし者とは、アーロンも何度か魔術や体術のレッスンをしたことのあるクリスたちだった。

 そして彼らが本拠地に乗り込むにあたってクレアやラマルにも手を貸してもらうよう伝えてほしいというのが、ヴァネッサのやってきた目的だった。
 なぜセテオス中央部へ依頼しないのかとアーロンが尋ねると、中央部にスパイがいる可能性があるからだとヴァネッサは話した。そして今のこの話も中央部に感知されないよう、銀河連邦で並行して記録を削除しているということだった。

『それではなぜクレアに直接声をかけずに、私を通す必要があるのですか?』
 アーロンの問いにヴァネッサは微笑み、首を振った。

『わたしが直接話を持ちかけたのでは、彼女も信用してくれない可能性があるわ。でもあなたの話なら、きっと彼女も信用してくれるでしょうから』と、ヴァネッサは言った。
『でも、その前になぜあなた方は私が信用のおける人間だと思ったのですか?あなたの話だと、誰が闇の勢力のスパイなのか分からない状況なのでしょう?』
 アーロンのさらなる問いに、『それは・・・』と言ってヴァネッサは口ごもった。

『あなたは心配ないということが、銀河連邦の調査で判明しているからよ』と、言ってヴァネッサは微笑んだ。
 アーロンは腑に落ちなかったものの、ヴァネッサの依頼は引き受けると約束した。

『アーロン』
 立ち去ろうとしたアーロンを、ヴァネッサが呼び止めた。
 アーロンが振り返ると、ヴァネッサはアーロンを見つめた。それから笑顔を向けると『元気で』と言い残して、忽然と姿を消した。

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 無事に取り返した紗奈のスマホは、SIMカードは抜かれず電源が切られていただけだった。
 ホロロムルスもマージアルスも問題なく機能した。

 ダニエーレの組織は闇の勢力の息がかかっているだろうと、ハーディは言った。
 組織のボスは恐らく闇の勢力の中でも下っ端ではあるが、霊力がありマージアルスがどんな物なのかを理解していた。
 ダニエーレやマルコの前で指輪をはめて、どこで覚えたのかいくつか魔法を使ってみせていたのだ。

 そこで霊力があることを逆手にとって、ハーディはラシードを出現させた。すると、案の定ボスは突然現れたひとつ目の巨人に恐れおののき暴れ回った。
 その隙に、姿を消したハーディが机に載っていた盗品を回収した。ところが、突然ボスがラシードに向かって火炎の爆破魔法まで使い始めた。それで、これ以上は危険だと思ってハーディは魔法でボスを眠らせたのだった。

 その場にいたマルコには、当然ラシードの姿もハーディの姿も見えなかった。
 そのため、突然狂ったように暴れ回って挙句の果てには気を失ったボスを見て恐ろしくなり、ひとりで逃げ出してしまった。


「それでダニエーレ」とソファの上で足を組み、ハーディが言った。
 高級ホテルの豪華なスイートルームのソファに座り、落ち着かない様子でキョロキョロしていたダニエーレは、名前を呼ばれびくっと体を震わせた。

「約束通り、君に仕事を世話しよう」
 ダニエーレは、ハーディたち一行に恐れをなしていた。
 謎の魔術を操り、あっという間にボスを倒してしまった。それに運転手付きの高級車に乗り、豪華なスイートルームに宿泊している。
 サングラスをかけた黒服の従者もいる。きっとマフィアの組織で、これから自分はスリなんかよりももっと凶悪な仕事をさせられるに違いないと半ば諦めかけていた。

 しかし、ハーディからの申し出は、そんな予想を完全に覆すものだった。ハーディの話を聞いている内に、ダニエーレの表情はみるみる晴れやかになっていった。

 ハーディの提示した内容とは、次のようなものだった。

 まず、ハーディの父親がミラノにオープンさせた商業施設で警備の仕事をする。そして警備の仕事をしながらパソコンや接客など、あらゆる分野の研修を受ける。
 そして数年で進みたい方向を決め、もしそれが例えば航空事業やエネルギー事業などの専門的な分野であれば、さらに専門的な研修も受けさせてくれるという。

 もちろん数年後そのまま警備の仕事を続けたいというのであればそれでもいいし、他にやりたいことが見つかれば当然途中で辞めてもいい。そしてそれまでは、部屋も用意すると約束してくれた。
 さらに、組織から抜けたことへの報復が家族に及ぶのが心配であれば、家族が一緒に住める部屋も用意するし、向こうで母親の仕事も世話してくれるということだった。

 ハーディのそれらの提案に初めは興奮していたダニエーレも、堪えきれずに遂には泣き出してしまった。
 泣きながら、しきりに感謝の意を述べた。

 その後ハーディは早速家に帰って身支度するよう、ダニエーレに伝えた。
 使いの者も一緒にやるから、その者から母親にも細かい話は説明させると言った。帰り際、ダニエーレはクリスたちにも感謝の言葉を述べて部屋を出ていった。

 ハーディの行動がとても15歳とは思えず、クリスたち3人はすっかり感心してしまった。
 しかし、ハーディはそんなことをまったく気に留める様子がなかった。
 無事に奪い返した財布を持ち主の女性に返すよう誰かに電話で指示を出すと、『それじゃあ、本題に移ろうか』と身を乗り出して言った。

『その前にランチにしよう。お腹がペコペコだ』
 そう言って再びソファに沈み込むと、ハーディはまたどこかに電話をかけた。


第30話 導かれし運命

お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!