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クリスの物語Ⅰ 第二十三話 処刑

 土とカビの匂いがした。

 そこはピラミッドの地下に間違いなかった。
 マルガモルの中で体を起こしたファロスは、壁にかけられた松明を目にして、地上へ戻ってきたことを悟った。

 夢でも見ていたのかと思ったが、手首にはめられたクレアの腕輪を見てそうではないことを確信した。
 急がなければ。オルゴスが処刑されてしまう。

 マルガモルから降り松明を掴んで、ファロスは階段を駆け上がった。外へ出たところで松明を投げ捨てた。
 太陽は、ファロスが地底世界へ行く前と変わらずに頭上で燃えさかっていた。

 森を出て北の方角へまっすぐ・・・ということは、南へ行けばいいはずだ。
 南はどっちだ?
 太陽の位置と自分の影を見比べて、ファロスは南と思われる方角へ向かって走った。

 老婆の住む小屋から、どのようにしてピラミッドまでたどり着いたのかの記憶はなかった。そのため、果たして正しい方角へ向かっているのか確信はない。
 しかし、信じて進む以外に選択肢はなかった。

 日が傾き始めた頃には、歩く速度と変わらないほどの足取りになっていた。それでもファロスは懸命に走った。

 それからどれほど走ったことだろう。
 皮袋の水も尽きかけた頃、ファロスの視界に緑の森が姿を現した。

 ファロスは疲れも忘れ、森を目指して全速力で走った。
 クルストンの情報の中で、イビージャは森を東へまっすぐ抜けて、北へ進めと言っていた。

 ということはつまり、西へ行けば老婆の小屋があるはずだ。そこへ行けば馬もいるだろう。
 処刑の執行に間に合うためには、何としても馬を探し出さなければいけない。

 森へ入ると、ファロスは沈みゆく太陽に向かって木々をかき分け進んだ。
 ところが、いつまでたっても老婆の住んでいた小屋が見つけられなかった。森は深くなるばかりで、辺りは暗くなる一方だった。

 行く手に1本の大きな木があった。
 ファロスは朦朧とする意識の中、倒れこむようにその幹に寄りかかった。気力も尽きてしまいそうだった。

 よく考えてみれば、最後に見たイビージャのクルストンは書き換えられていたものだった。
 実際にファロスがイビージャと話した内容も違えば、ピラミッドまで辿りついた方法も実際とは異なっている。ということは、公開処刑されるという内容も書き換えられたものなのかもしれない。ふと、そんな思いがファロスの脳裏をよぎった。

 しかし、内容は違っていても、起こっている展開はあくまで事実に則っていた。
 事実でないというなら、公開処刑するという内容を付け加えるのはあまりに不自然だ。こんなことなら、オルゴスのクルストンも見ておくべきだった。
 光の通路を焦って引き返してしまったことをファロスは後悔した。しかし、後の祭りだった。

 それに、オルゴスのクルストンを見たところで、同じように手が加えられているだろう。
 もはや、クルストンでは事実かどうかはわかり得ないのだ。実際に、この目で確かめなければ。

 しかし、暗くなった森の中あてもなくさ迷うことに自分自身を奮い立たせるほどの気力はすでに尽きてしまっていた。
 ファロスは腰に差した短剣を抜いた。赤い石は導きの石。エランドラがそう言っていた。

『お願いだ。導きの石よ。都までの道を指し示してくれ』

 両手で短剣を握りしめ、ファロスは心の中で念じた。
 すると、赤いドラゴンの石は、眩いほどの光を放った。そして、右手の方角に向けてまっすぐ一筋の線を示した。
 その光の筋を目にして、ファロスの全身に再び力がみなぎった。

 光線を追って道なき道を進み、急こう配の斜面を登ると一頭の白馬が木につながれていた。
 ファロスが都から乗ってきた馬だった。短剣を腰に差し戻すと、ファロスは馬の元へ近寄った。

 よくもまぁ、狼がいるようなこんな森で無事だったものだ。
 労うように馬を撫でていると、ファロスはふと違和感を覚えた。

 待てよ。ここに馬がつながれているというのはおかしい。それは、書き換えられたイビージャの情報の中での話じゃなかったか?
 実際には、俺は寝ている間にピラミッドへと連れて行かれていたのだ。それとも、覚えていないだけで知らぬ間にここまで馬に乗ってきて、自分の足でピラミッドまで行ったというのだろうか?

 現実で実際に起きたはずの自分の記憶と、書き換えられたものであったはずのイビージャのクルストンの情報とが錯綜した。
 どれが正しい情報なのかファロスにも分からなくなった。

 どちらにしても、馬がそこに繋がれていることによってオルゴスたちが都へ連行されてしまったというのがいよいよ現実味を帯びてきた。急がなければ──────

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 地下の薄暗い牢屋の中で、血にまみれ地面に這いつくばる二人の男の姿があった。
 二人は痛みに悶え、うめき声をあげている。傍らには手に鞭を持つ兵士が二人、さらに監視のための兵士が二人立っていた。
 そこへ、ヘラスムスがやってきた。

「ファロスの居場所はまだ分からんのか?」
「はい。なかなかしぶとい奴らで」立ち会っていた兵士の一人が答えた。
「この様子だと、本当に知らないのかもしれませんが」

「だから・・・知らんと・・言ってるだろう・・・」
 拷問を受けた一人の男が、苦痛に耐えながら目だけを動かしヘラスムスを見た。
 ヘラスムスは男のそばへ歩み寄ると、その場にしゃがんだ。

「ホズピヌスよ。何もそこまで強情にならなくてもよいだろう。お前たちが反逆を企てる首謀者の一人だということは分かっていることだ。王の暗殺を実行するのはファロスだと、そういう筋書きなんだろう?
 どのみち、計画が成功することはない。吐いてしまって、楽になるといい」

「そんな、計画なんぞ・・・本当に、知らん・・・。俺たちは・・無関係だ」
 ホズピヌスが苦しそうに言うと、ヘラスムスは呆れるように鼻で笑った。

「スプラトゥルス、お前はどうなんだ?楽になりたいだろう?」
 ホズピヌスの隣でうつ伏せになった、やせた男に向かってヘラスムスが問いかけた。
 肩が上下しているのは見て取れるが、答える気力もないのかスプラトゥルスの反応はなかった。

「まぁ良い」と言って、ヘラスムスは立ち上がった。

「いずれにしろ、こいつらは明日処刑される身だ。吐くまで痛めつけろ。もし死んでしまったらそれまでだ。王からは許可を得ている」

 鞭を持つ兵士たちにそう告げると、ヘラスムスはその場を後にした。

 くそ。なぜ、俺たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
 これもすべてファロスのせいだ。何を計画していたのか知らないが、こんなことに巻き込みやがって・・・。
 あいつだけは絶対に許さない──────

 生命の灯が消えかけていく中、ホズピヌスは復讐心を燃え立たせた。

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 乾いた大地をリズミカルに駆ける馬の背の上でファロスは目を覚ました。
 夜はすっかり明けていた。

 疲労が限界に達していたファロスは、いつの間にか馬上で眠ってしまったようだ。
 しかし、赤い光の筋を辿るというファロスの意志を継いだように、馬はファロスを乗せて休まずに赤い光線を追って走り続けていた。

 ファロスの目には、見覚えのある風景が映っていた。都まで、あともう少しだ。
 しかし、都へ着いたところでオルゴスたちを助け出す策がなかった。
 強硬手段に出たところで、見張りも多数いるはずだ。自分一人ではどうにもならない。

 とにかく話を聞いてもらうしかないだろう。あとは運を天に任せよう。
 もしもオルゴスやエメルアが助かるのなら、この命を捨ててもいい。ファロスの覚悟は決まっていた。


 北門が見えてきたところで、ファロスは手綱を引いて馬の歩を緩めた。
 腰に差していた短剣を袋にしまい、馬に乗って堂々と門前へと向かった。
 門は開放され、門番も一人だけだった。

「何用だ?」
 擦り切れた衣服をまとったファロスを見て、門番は訝しんだ。

「馬を返しにきた」
 ファロスがそう答えると、門番の表情が少し緩んだ。

「そうか。今日は正午に中央広場にて反逆者の公開処刑が行われる。出かけていたのであれば知らないかもしれないが、できるだけ多くの民に刑の執行を見てもらうように、とのお触れが出ている。
 王自身ご臨席なさる。死体はしばらく放置されるが、お前も処刑現場を見ておくといい。もうすでに大勢の民が集まっているがな」

 門番はそう言って、すんなりと入場を許可した。
 やはり、公開処刑は行われるのだ。
 ファロスは馬を駆って、中央広場へと急いだ。


 広場の方から、シュプレヒコールが響き渡ってきた。

「反逆者に死を!王に楯突く者には神の制裁を!」

 何千という民衆が広場の中央に設けられた処刑場を取り囲み、拳を突き上げ高らかに叫んでいる。
 広場の外で馬を降りると、ファロスは群集をかき分けながら処刑場へ急いだ。

 処刑場には二台の絞首台が並び、その脇に血まみれのオルゴスと老婆が両手首を縛られ吊るされていた。
 二人とも身動き一つせずにぐったりと頭を垂れている。
 その脇には、鉤のように湾曲した剣を手に構えた兵士がそれぞれ一人ずつ立っていた。

 処刑場の右手には刑の執行観覧用にしつらえられた特別な壇があり、そこでは多数の家臣を従えた王と妃がきらびやかな椅子に座っていた。
 まるでこの処刑を肴に宴を催しているのか、酒を片手に笑い合っている。

 処刑場の前では、それ以上群集を近づけないよう屈強な兵士が一列に並んで立っていた。

 群集を退けながらなんとか処刑場の前までたどり着くと、ファロスは止めに入る兵士を押しのけオルゴスの名前を大声で叫んだ。

「オルゴース!」
 押さえつけようとする兵士を振り払って何度も叫んだが、それでもオルゴスの反応はなかった。

「そいつも反逆者の一人だ!その男も吊るし上げろ!」

 剣先を向け、兵士たちに向かって叫ぶヘラスムスの姿を確認すると、ファロスは怒りで我を忘れた。
 腰袋に手を突っ込むと、取り押さえようとする兵士に向かって大きくその手を振った。

 兵士がひるんだ隙に処刑場へ転げ上がり、ファロスは絞首台へ向かって一目散に走った。

 こんな処刑などあってはならない。絶対に間違っている。

「オルゴース!」

 ファロスは力の限り叫んだ。
 待っていろ。今すぐその綱を切ってやる──────

 どん、と背中に重い衝撃があった。しかし、そんなことに構っている暇などなかった。
 後ろを振り返ることなく、ファロスは走った。
 その後、何度も背中に衝撃があった。あともう少しで手が届く──────

 しかし、ファロスの振った短剣がオルゴスのロープへ届くことはなかった。
 オルゴスの数歩手前でファロスは膝から崩れ落ちた。その背中には、何本もの矢が突き刺さっていた。

 まさか、俺はこの場で死んでしまうというのだろうか。オルゴスもエメルアも救うことができぬまま・・・。

 苦しさに悶えながら、ファロスはオルゴスを見た。
 気が付いたオルゴスが目の前で起きた惨劇に目をひん剥き、力の限りファロスの名前を叫んだ。

 しかし、その声はファロスの耳には届かなかった。

 ファロスの視界が闇に閉ざされた──────

 ファロスは気づくと、光のもやに包まれた通路を進んでいた。
 そうか。俺はまたマルガモルで、書き換えられたクルストンの情報を見に行ってきたのだ。
 早くこの通路を抜けよう。クレアたちが待っているはずだ。

 光のトンネルを抜けると、まぶしいほどの白い光が視界を覆った。
 次第にファロスを形作っていた肉体が消えてなくなり、光と同化した──────


第二十四話 冒険のはじまり

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