クリスの物語(改)Ⅳ 第13話 魔法の指環
デザートを食べ終えた後も、CAがドリンクのお代わりを持ってきてくれたりお菓子を持ってきてくれたりと、至れり尽くせりだった。出されたお菓子はどれもが見るからに高級そうで、味も格別だった。
3人がハーディと談笑していると、マーティスがおもむろにバッグを開けた。そして中から腕時計を取り出して、一人ひとりに配った。
渡された時計は、ベルトも四角い文字盤も黒一色だった。時計の針は、4時5分前を差し示していた。
一見、何の変哲もない腕時計だった。ベベ用にも、サポーターのように腕に巻ける幅広なベルトの腕時計が用意されていた。
『これは?』
腕時計を手に取って、紗奈が聞いた。
『ホロロムルスです。オーラムルスと同じようなものです。お互いが連絡を取り合えるよう身に着けておいてください。それと、こちらも』
マーティスが次に配ったのは、カレッジリングのような幅の広い銀の指輪だった。中央には、丸い透明のクリスタルが埋め込まれている。
『そちらは皆さんの生命エネルギーを集約するマージアルスです。右手の人差し指に装着してください』
3人は、言われた通り腕時計と指輪をそれぞれ装着した。指輪は装着した指にフィットするよう、自動的にサイズを変えた。
しかし指にはめてみたところで、これといって変化は感じられなかった。
首を傾げる3人に、『魔法の指輪だよ』と人差し指を突き立ててハーディが言った。その指には、同じ指輪がはめられていた。
『魔法を発動させるための補助器具だよ。より少ない生命エネルギーで最大限の効果を発揮できるようにするためのね。魔法使いが持つ杖と同じようなものさ』
そう説明すると、ハーディは自分の指先を見つめてカンターメルを唱えた。
「フラマバーラ」
すると、ハーディが突き立てた指先にサッカーボールほどの大きさの炎の玉が突如出現した。
「わあ」と驚きの声を上げた3人に、ハーディがウィンクした。
それから「フーガ」と唱えると、炎の玉は消えてなくなった。
『カンターメルは知ってるだろう?』
3人はうなずいた。
『覚醒した人間であれば、これをつけるだけでカンターメルによって魔法を自由に発動させられるんだ。発動させられる魔法とその効果は、備わっている素質と生命エネルギーの大小によって違いがあるけどね』
なるほどと、クリスはうなずいた。
つまり、テステクの指輪版といったところだろう。地底都市のアニムス養成校でテステクを用いた基礎的な魔法のレッスンなら受けていた。手が塞がらない分、使い勝手がいいかもしれない。そう思ったクリスに、ハーディがにやっと笑った。
『これは、テステクなんかよりもずっと性能がいいんだ。だから、より少ない生命エネルギーで絶大なパワーを発揮できるよ』
クリスはうなずき返し、人差し指を立てて試しにカンターメルを唱えてみた。
「アクアバーラ」
すると、バランスボールくらい大きな水球が指先に出現した。
慌てて「フーガ」と唱えて、水球を消失させた。濡れた頭から、ポタポタと水が滴った。CAが即座にタオルを持ってきてクリスの頭を拭いた。
皆が驚きクリスを見つめた。クリス自身、驚いた。水辺でもこれほど大きなものは出したことがなかった。
『すごいね君は。それだけの生命エネルギーがあれば、心配なさそうだ。ホルスを守護神に持つ少女もいるし。銀河連邦が君たちを指名した理由が分かったよ』
興奮した様子でハーディが言った。
『でも、やたらと人前で魔法は使わないようにしてくれよ。闇の勢力の目に触れたら、僕たちの存在がばれてしまいかねないからね』と、ハーディは念を押した。3人は「分かった」と、うなずいた。
それから3人は、ひとり用のシートに移った。マッサージチェアのように大きな座席は、背もたれを倒せばゆったりと横になることもできた。
CAがブランケットを持ってきてくれたので、クリスは通路を挟んだ隣の座席に1枚敷いてもらった。
そこにベベを寝かせてから、クリスも背もたれを少しだけ倒した。窓のシェードが全部閉められ、照明も少し落とされた。
『眠たかったら少し昼寝をするといい』と、ハーディが言った。
でもあまり寝すぎると向こうへ到着してから夜眠れなくなってしまうから、寝すぎない方がいいともハーディは言った。
「え、優里宿題持ってきたの?」
クリスの前のシートに座った紗奈が、突然驚きの声を上げた。
「うん。わたし、宿題は先に終わらせておきたいタイプなの。今回どれくらい滞在することになるのか分からないし」と、紗奈の隣に座る優里が言った。
「それにしても、何も今やらなくたっていいじゃない。せっかくだから映画でも観ようよ。それに、宿題なんて元の世界のわたしたちがきっと終わらせていてくれるよ」
紗奈がそう言うと、優里が「あ」と声を上げた。
「そっか。それなら、宿題を持ってきちゃったらまずかったかな?向こうのわたしが、宿題がなくなったって焦ってるかもしれない」
心配そうな顔をして優里が言った。
「うーん、どうだろう?でも並行世界を移動しても大体つじつまが合うようになってるってマーティスさんも言ってたし、大丈夫なんじゃない?それに、そんなこと言ったらスマホとかも持ってきちゃってるし。きっと別々の世界で、同時に同じ物が存在してるんじゃないかな?」
「ふーん、そっか。でもそれなら、わたしがこの宿題を持って元の世界に帰ったら、今持っているこの宿題がその世界での現実の物に置き換えられちゃうよね、きっと。ということは、やっぱりこの宿題やっておかないとダメかな?
あー失敗した。持ってこなければよかった」
優里がそんな風に嘆くと、「いっそのことそれ燃やしちゃったら?」と紗奈が本気のトーンで言った。
結局優里は宿題をするのをやめて、正面の壁に取り付けられた大画面の液晶テレビで紗奈とピクサームービーを鑑賞した。
クリスはそれを横目で見ながら、ホロロムルスの機能を色々と試した。基本的な機能はオーラムルスとほとんど変わらなかった。
しかし決定的に違うのは、ホロロムルスは使用者の頭脳とリンクしているという点だ。
たとえば、オーラムルスでは調べたいことなど基本的に自分で操作する必要がある。しかし、ホロロムルスは頭に思い浮かべただけで自動的に処理してくれる。
遠くにあるものをもっと近くで見たいと思えば自動的にズームされ、視界を明るくしたいと思えば明るくなったり、暗くしたいと思えば暗くなったりした。
その調整のコツさえ覚えれば、オーラムルスなんかより楽に使いこなせた。
魔法のカンターメルもホロロムルスであらかた調べることができた。
手を使わずに靴ひもを結ぶ魔法や針の穴に糸を通す魔法など、載っているカンターメルは多岐に渡っていた。
物を動かしたり宙に浮かび上がらせたりするなど、機内で使っても問題なさそうなカンターメルを試してクリスは時間を潰した。
お読みいただき、ありがとうございます! 拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。 これからもどうぞよろしくお願いします!