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「彼氏が分裂しました」思考実験ラボ

今井さんは困ってしまいました。
彼氏が分裂したのです。

ある日のデート中、身の丈ほどの大剣をもった黒い剣士が現われ、彼氏の浅野くんを左右真っ二つに切り裂いて去っていきました。
しかし、再生医療の研究をしている浅野くんの体は、すぐさまブヨブヨと活発に動き出しました。血が止まり、骨ができて、左右それぞれが元通りの浅野くんに再生したのです。こうして彼氏が分裂したのです。

今井さんは思いました。
「私がすぐ断面をくっつけてあげていたら、2人にはならなかったのかな・・・」。
しかし、時すでに遅しです。二人の浅野くんは、
「ちょっと血が減ったから、今日は焼肉にしよう」
と言いました。
ユニゾンでした。

今井さんは悩んでいます。
私はこの先、どうしたらよいでしょうか?浅野くんのことは大好きだし、2人になったこと以外は浅野くんは浅野くんのままです。二人には全く違いがないので、どちらかを選ぶこともできません。でも、二股交際なんて私にはできないのです。誰かアドバイスをください。

問いのポイント

・オリジナルの浅野くんはどこにいるのか?
・恋人を愛する気持ちとはなんなのか?

思考実験ラボ第1回目は「彼氏分裂問題」です。いきなりファンタジーです。
しかし、これは実現不可能な話ではありませんし、問題として部分的にすでに顕在化しています。ポイントを上の2つに絞って考えてみましょう。

この状況だと、「どちらの浅野くんが本物か?」という問いに答えるのは難しそうですね。上下であればなんとなく上半身が本体っぽいですが、左右だと、こっちが本体だと言えるほどの差がなさそうです。魂のような非物質的なものがあればわかりやすいのですが、確認できません。

今回の相談者の今井さんは、2人の差がなくて困っています。あなたならどうアドバイスするでしょうか?
「恋人が分裂したから別れる」は今井さんの気持ち的に難しいです。だって大好きな浅野くんは目の前にいるんですから。2人だけど。
では二股交際?倫理的によいのでしょうか?どちらかを選ぶ?いったいどうやって選べばよいのでしょうか?

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その後の三角関係 ー『タッチ』のようにはいかないー

大好きな浅野くんが2人になってしまいました。
しまいました?いや、愛する人が増えたのだから喜ぶべきことでしょうか?いや、いくら同じ浅野くんとはいえ、二股はいけません。
でも、いったいどっちを選べばよいのでしょう?
とりあえず、しばらくは3人での交際をしてみることにしました。
友達からは『タッチ』みたいだねと言われましたが、タッチと違うのは、二人は性格も能力もまったく同じだということです。どっちも不良とつるんだりしません。

ところで、悩んでいるのは今井さんだけではありません。
右浅野も左浅野も苦しんでいました。なにせ、大好きな今井さんが(自分とそっくりな)他の男と楽しくやっていて、自分を最優先にしてくれないからです。右は左に、左は右に嫉妬します。もともと束縛するタイプだった浅野くんは、お互いの存在に我慢できず、ついに決闘することにしました。

決闘は野球ではなくケンカです。のちに「多摩川の決闘」と呼ばれます。
能力も思考も同じですが、ケンカをすれば必ずどちらかが勝ちます。
勝敗を決めたのは、右浅野が足を滑らせたときでした。転んだ拍子に左浅野のヒザが頭にクリーンヒットし、失神KOでした。

次の日曜日、待ち合わせの場所には左浅野だけがいました。
右浅野のことを聞いても、左浅野は何も答えようとしません。
今井さんは右浅野が気になって仕方がありません。デートをすっぽかすなんてこと、浅野くんはしたことがなかったのです。
どんなに問い詰めても何も教えてくれない左浅野に、今井さんは怒りを覚え、ビンタして、右浅野を探しに走り出しました。
右浅野が傷ついていること、それを必死にガマンしていることが手にとるようにわかる。そんなやさしい右浅野くんが、好き。

気づくと今井さんは思い出の公園にいました。そこには、寂しそうに噴水を見つめている右浅野の姿がありました。
今井さんは、涙が溢れそうになりながら大声で叫びました。

「右浅野くん!」

突然の呼びかけに驚きながら、ゆっくりと振り返る右浅野。今井さんの涙に呼応するかのように、右浅野にも涙が込み上げてきました。そんな彼の背後に、またあの黒い剣士が現れて、右浅野くんを真っ二つにしました。そして右浅野くんは右浅野Rと右浅野Lに分裂しました。

この後も、浅野くんは黒い剣士によって定期的に増殖していきました。
浅野くんは元々優秀だったので、それぞれの浅野くんがすばらしい研究成果を上げ、世の中に貢献していきました。
今井さんはやり場のない愛に困り果ててしまいました。


解説

ここからは解説です。ただし思考実験に答えはないので、考えるヒントや作成意図を紹介するだけです。思考実験としては上記で完結しているので以後は読みたい方だけ読んでいただく有料部分とさせていただきます。

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