相続放棄後の土地や家の管理
【はじめに】
今年は北海道で記録的な大雪となり、各地で建物が雪の重みで倒壊する事故が発生しています。特に築年数の古い物件や、空き家になっている物件が被害を受けることが多かったようです。
本記事をご覧になっている方の中にも、ご実家が空き家になっている方はいらっしゃらないでしょうか。もし「親が亡くなってから実家は空き家で放置しているが、自分は相続放棄をしたから関係ない」とお考えの方がいらっしゃる場合には、注意が必要な場合があります。
【相続放棄者の管理義務とは】
実は、民法では相続放棄をした人についても、一定の場合に相続財産に対する管理義務を負わせる規定があります。管理義務を怠った場合、例えば建物が倒壊して隣家に損害を与えてしまったような場合に賠償責任が生じる可能性があるため、注意が必要です。
(民法940条1項)
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
【管理義務の対象者】
例えば、下記のようなケースが考えられます。
〇相続人が1人だけで、後順位の相続人がいない場合
この場合、その相続人が相続放棄しても遺産を管理しなければなりません。管理義務を回避するためには後述する「相続財産管理人の選任手続」を行う必要があります。
〇後順位の相続人を含めて全員相続放棄した場合
例えば、亡くなった方の配偶者やお子さんが相続放棄して、亡くなった方のご兄弟が次いで相続人となりましたが、ご兄弟も相続放棄をしたケースが考えられます。
この場合、配偶者やお子さんは「ご兄弟に相続財産を引き渡すまでの期間」、ご兄弟は「相続財産管理人の選任手続を行うまでの期間」、相続財産への管理義務を負う可能性があります。
なお、上記の民法940条は、管理義務の発生時期や範囲など不明瞭な部分があり、実際の適用場面で疑問が生じることがあったため、2021年の民法改正の際に下記のとおり変更されています。新しい法律の適用開始は2023年4月1日となっているため、新旧どちらの法律が適用されるケースになるか注意が必要です。
(改正後民法940条1項)
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第九百五十二条第一項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
【新法の主な変更点】
①対象となる相続財産は、相続放棄をした者が放棄の時にその財産を占有している場合に限定されました。
②管理義務の生じる期間は、他の相続人または相続財産の清算人に当該財産を引き渡すまでと明示されました。
このため新法が適用される場合、例えば、亡くなった方の配偶者とお子さんが相続放棄を行ったため次いで相続人になったご兄弟の方は、亡くなった方が所有していた建物に実際に居住するなどしておらず、「放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有」していなければ、相続放棄を行っても管理義務を負わないことになります。
なお、この場合、先に相続放棄をした配偶者やお子さんが引き続き管理義務を負っている可能性があるため注意が必要です。
【相続財産管理人の選任手続とは】
相続人の全員が相続放棄をしたため、最終的に相続人が誰もいなくなる場合があります。
この場合、新たに相続財産を管理する人が居ないことになり、相続放棄をした人は放棄手続をしたにも関わらず、先述の管理義務を負ったままになってしまいます。
これに対する解決手段として「相続財産管理人の選任手続」という方法があります。
民法上、すべての相続人が相続放棄して相続人が存在しなくなった場合、相続財産は法人となり(951条)、その法人の管理業務を行うのが相続財産管理人です(952条)。相続財産管理人は相続財産の換価処分や、債権者に対する弁済等を行い、最終的に残った財産を国庫に帰属させる業務を行います(959条)。
手続を行う場合、相続放棄をした人から家庭裁判所に対して相続財産管理人の選任を請求します。
相続財産管理人が選任されれば、相続財産の管理責任は相続放棄をした人から相続財産管理人に引き継がれます。この手続が完了すれば、相続放棄をした人は、相続財産に対する管理義務から解放されることになります。
相続財産管理人選任の手続の具体的方法は本記事では省略しますが、多くのケースで問題となる部分が、相続財産管理人の選任を請求するには、裁判所に予納金を納める必要があることです。
予納金の金額は、事案の内容により差がありますが、概ね50~100万円の間くらいとされています。
この予納金は、申立人が申立時に負担する必要があります。債権者への弁済などを終えた後にも相続財産が残った場合には返金される可能性がありますが、相続財産に財産価値が無い場合には、結局、予納金は自己負担になってしまう可能性が高いです。
管理責任を逃れるため、予納金を負担してまで相続財産管理人の選任をする必要があるのか、ご自身で判断することは非常に難しいと思われます。
可能であれば相続放棄の手続をする前の時点で専門家にご相談いただき、相続放棄をするべきかという点も含めて必要な費用と将来のリスクを比較し、お客様にとって最善の方法をご検討していただきたいと思います。
【おわりに】
相続放棄は原則“自身が相続人となったことを知ってから3か月以内の手続が必要”とされています。ご葬儀やその他様々な手続がある中で、相続放棄の期限を知って慌てて手続をしたという方もいらっしゃるのではないでしょうか。そのような中で“相続放棄をした後でも管理責任が発生する可能性がある”ということまで思い至らない方も多いかと思います。
“相続放棄をすればすべて解決!”とはいかない可能性があることをご認識頂き、将来のリスクを回避するためにも早い段階で専門家にご相談いただくことをお勧め致します。
司法書士法人第一事務所では、お客様が必要とされる手続に関し、お客様ご自身が気付いていないリスクも含め、対応策をご提案させていただきます。
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司法書士 石井 知幸