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BAND☆やろう是 第五章 始動

 空を見上げると雲ひとつない青空で、今朝学校に行く前に見た朝のニュースで7月に入っている事を知った。
 色々あって…というのは言い訳がましいが、中間テストも見るも無残な結果に終わり、両親の前では今までが真面目ぶっていたというか、なんというか…。ともかく僕は結果こそ全てと豪語する両親にこっぴどく叱られた。
 高校生には高校生の事情が在るというのも両親はすっかり忘れ去ってしまっているらしい。
「次はちゃんと勉強して結果を出します」という約束を半ば強引にさせられて、なんとか両親の怒りを納める事ができた。これからの出来事を予想すると、本当にちゃんとお勉強できるかどうかは自分でもよく分からないのではあるのだが…。

 あの対談からというと、僕は正式にバンド加入を果たし、それから何度集まったのか分からないくらいミーティングを繰り返し、バンドで練習がてら演奏するクレイズの曲を数曲と、リーダーが作ったというオリジナルソングを一曲聞かせてもらい、『オオサカ堂』の二階にある俗に言うスタジオなるところで数回音合わせもしていた。
 僕にとっては全てが初めての事で、毎日が今までと打って変わって充実感に満ち溢れ、まるで光に包まれた満足感に包まれていた。
 仲間達にもこれからバンドを始める事により、少し付き合いが悪くなる事を告白すると「お前の夢の為なら俺たちは応援する」と皆が口を合わせて僕の新たな門出を祝福してくれた。本当に良い友人に恵まれたと心の底から思えた。
 しかし、今度飯を奢る約束を何故かさせられた訳なのだが…。
 メンバーともようやく心打ち解け始めていて、かなり芯の通った集団である事を心で感じ取れた為、初め会った時の第一印象から大きく変化し、今や心からいい同志だと思う事ができる。
 先入観とは恐ろしいモノだと再度確認できたとも言ってもいい。まあ、過去の事だ。もう語るまい…。

 リーダーであり、リードギターの宇高智安は皆が親しみをもって『智さん』と呼んでいるから僕もそう呼ぶ事にした。
 そんなリードを支えるサイドギターである岩崎大輔は、好きなアーティストに「ダイ」というバンドマンがいるらしく、それに合わせてからなのか皆に「大ちゃん」と呼ばせていた。
 彼はギターリストなのに、その「ダイ」というアーティストはキーボードリストなのが少し疑問を感じざるを得ないのだが、人の思考にとやかくいう筋合いではない。
 ドラムを担当している井川正は、皆が苗字と名前をくっつけて「イータダ」と呼んでいた。
 誰が名づけたのかは等本人も分からないらしいが、どこか風の変わったネーミングで少し笑えた。
 対談の時に彼も言っていたのだが、楽器はどうも始めて間もないらしく、素人から聞いても少し覚束ない感じではあるが、ドラミングに彼の誠実なる性格を感じられて、僕は彼の叩くドラムが正直心地良く好きだった。
 しかし練習の合間リーダーに、幾度となく叱られている彼の姿が少し痛かったのだが…。
 高島徹はやはり皆に「トース」と呼ばれていて、スタジオに入って彼のベースプレイを聞いた瞬間、やはり本来僕が知っているチャラけた雰囲気の彼じゃなく、認めたくはないが普通にカッコいいベーシストの姿がそこにはあった。
 いつも卑猥な会話の内容を、猥褻な表情で吐き続けている彼からは想像もできないくらい男前の佇まいで、イータダと共にバンドの底辺を支えている縁の下の力持ち。いわゆる兄貴的な存在を醸し出していて、大げさかもしれないけど僕は畏怖してしまい、今までの彼が何だったのかと考え直させられてしまうぐらいだった。
 音楽とは人の人格さえ変えてしまう程の魔力を持っていると確信に迫る一瞬であった。
 そして、最後にこのバンドに歌い手で新加入した僕こと岡田校季は、元々トースが岡田さんと呼んでいた事もあり、皆も自然にそう呼ぶようになっていた。
 最近になり智さんだけが僕の事を「岡田」と呼んでくれる様になったのだが、このバンド内のネームを「コウキ」と下の名前にしようと思っていた事もあり、細々ながら自分なりに考えていた事もあるが、憤ってもしょうがないと悟り、潔く諦めた。

 そしてある日の夕方に、緊急の徴集があるとトースから連絡を受けて、ミーティング場所であるトースの家へと足を運んだ。
 その内容は著しく真剣なモノだという事は知らせてくれた彼の表情が十分物語っており、果たしてどんなものかと隠す事もできない戦慄を表情に浮かべながら急いで自転車を走らせた。
 とりあえず急いで自転車を止めて、疾風の如く階段を駆け上り、影だけが進んでいるという速さで彼の部屋へとすぐ様入ると、まだ集まっているメンバーは智さんとトースの姿だけだった。
 リーダーからの初緊急発令という事で、僕は心なしか緊張していたのだが、その発令元であるリーダーは、僕のざわつく気持ちとは裏腹に、自身のフェルナンデス社製造のモッキンバードをチャラチャラと鳴らしながら鼻歌なぞを浮かべている。
 緊急ともあって来た僕から言うとその態度は少し尺に触ったのだが、今から語る事を聞いて後でも遅くないとその場を自身で諭した。
 僕の横では何故かトースが親指の爪を噛みながら諤々と震えて一人焦っている様子だった。
 僕はトースの横へ行き、肘で少し小突いてみた。智さんは気にせず相変わらず眼を閉じギターを弾いていた。

「おい…。」

 依然トースの態度は変わらなかった。そこで僕は思った。
 彼は徴集の内容は聞かされておらず、ただただ緊急発令の言葉だけで怯えているだけの様だった。
 彼は昔からそんな落ち着かない心境の時はいつもする行動である事を知っていた為、緊急発令という言葉に捉われるのはよそうと思い、その場へと静かにしゃがみこんだ。
 しばらくして他のメンバーもたどり着き、今回徴集した意味を智さんが語り始めた。話し始めると彼は頑なな表情に変わっていた。

「さっそくだが俺は半ば強引かもしれないが一つ行動した事を告白する。それは俺の独断だ。」

 ギターを弾いていた時の余裕を浮かべた表情は微塵もなく、寧ろその表情は深刻を極めている様子であった。その殺伐とした雰囲気に何事かと思わざるを得ない様子で、皆は固唾を呑んで耳を傾けていた。
 すると智さんは一瞬表情を崩し、微笑を浮かべて話を続けた。

「君らには黙っていたのだが、今までスタジオに入って練習していた音を全て録音し続けていたんだ…。」

 その言葉に一同はどよめいた。
 そのような事は誰にも知らされていなかった事であり、その言葉がどの様な意味を持つものなのか。皆に浮かべられる動揺は火を見るより明らかだった。様々な意味が考えられた。
 録音をした音源が全て。その音に対し、愛想を尽かしたのか。希望を見出したのか…。やはり想いは交差した。
 こんな状況の時の皮肉な人間の習性なのか…。不の方向にしか考えられない皆の想いが顔を青ざめさせ硬直させていた。その皆の想いを無視するかの様に、智さんは顔をまたもや強張らせていた。
 集まった時間も夕暮れに差し掛かる刻で、日ざしは優しく、僕達の影をより深くしている様だった。
 初めてメンバーと逢った時も同じ様な雰囲気であったとおぼろげながら僕は思った。
 生暖かい風が皆を包み、切なくもあり、不気味でもあると感じさせる。
 皆の額に色んな意味の汗を浮かばせて拭われていた。堪えきれぬ言葉は皆が共に一緒であったはずだ。

『駄目だしならばはっきりしてくれ』と…。

 妙に感じるほど静寂すぎる夕暮れに違和感を覚える余裕さえも無く、それは答えを待っている僕達が作り出している幻想に過ぎないのか。はたまた本当に静寂なのか。それさえも分らないほど、その場は緊迫し尽していた。
 それは数分かもしれないが、数時間と思わすほどの重い空気であった。
 そしていきなりその静寂は一瞬にして崩された。智さんの予期せぬ高笑いがその静寂を切り裂いたのである。

「あーはっはっは!なぜ皆そんな深刻な顔をしているんだい?」

 皆は顔を見合わせた同時に智さんに視線を集めた。皆の魚が口をパクつかせた風の顔を見渡して、彼は満足そうな顔を浮かべ、腹を抱えて笑っていた。
「わはははは!いや、ごめんごめん!少し悪戯が過ぎたようだな。俺が今から話す事は皆が考えているような悪い事ではないさ。」
 何がなんだか訳が分らないがどうも悪い話ではないらしい。
一同はため息に似た息使いをした。一番初めに正気を取り戻した大ちゃんが、智さんの真意を嗜めた。
「で、智さんが皆をここに集めた理由はなに?」
 大ちゃんの冷静沈着な問いに、皆も真剣な顔つきで、智さんを見た。
 彼はまた真剣な顔つきに変わり、メンバーを見回して、そして語り始めた。
「数回練習して、録音した音源を聞いて思った事は…。」
 その行間に僕達は只ならぬ想いを馳せた。一斉に生唾を飲みながら問う。
「…思った事は?」
 瞬時の返答はなかった。
 彼は目を深く瞑り、まるで言う事を躊躇しているとさえ思うほどであった。

『切るならば切ってくれ…。さあ早く!』

 皆の心の声は彼に届いているはず。しかし彼はまるで心に鋼を纏わせた様に一切動じず、相も変わらず瞳を閉じたまま動こうとしない。
 皆の緊張感はまるで後少しで張り裂けそうな風船の如く膨らんだ。何かの拍子で弾け飛んでしまう。僕にはそう感じた。そして彼は静かに瞳を開け、まるで未来を見据えているかと思うほど遠くの方を見ながら、何故か涙を浮かべていた。

「……完璧だ。」
「…!」

 思ってもみなかった言葉に一瞬言葉を失い、皆は白い灰の如くなっていた。次第に皆は我を取り戻す。そして張り詰めた風船が弾け飛んだかの様に一斉に叫び声に似た声を上げた。

「ええエエぇえええぇええええええぇえ!!!!」
 
 皆の叫び声がまるで山彦の様に空間に声が広がっている様だった。
パニック。その表現が適切だろう。
 皆は訳の分からない手振り素振りさらしながら視線さえも定まらない。中にはティッシュ箱からティッシュを無駄に散らかしまくっている者までいた。
 智さんの微かな体の動きに皆は冷静さを取り戻し、一斉に注目すると、彼はやはり涙を浮かべながら、拳を固く握り締め、天を仰ぎながら呟いた。
「もう…、教える事は何もない…。」
 彼は頬に流れる熱い涙(?)を拭いながら唇を震わせていた。
 完全に正気を取り戻しつつある他のメンバーは、今まで張り詰めさせた雰囲気の反動をまるで荒れ狂う波の如く彼に向けて、猛烈に突っ込んだ。

「ちょ ちょっと待ってよ!完璧って早すぎじゃけん!」
「いやいやいや、まじ待って!そもそも何で涙浮かべとるんすか!?」
「しかも、ここまでに至ったこの前振りはなんなのさ!?」

 皆の一斉に発する言葉に彼はまったくもって動じてない様子で、彼は少し口元を緩ませただけで表情は変わっていなかった。
 そして少し不思議な光を帯びた瞳で僕達を見つめながら言った。
「だからと言って、いい気になってもらっても困る。という事で俺は一つ行動に移したという訳だ。」
 彼の意味深な言い回しにやはり冷静さを失ったバカ三人集(僕・イータダ・トース)は口々に訳の分からない言葉を発するしかできなかった。

「いや、まじ!どういう事ですか?」
「ええっ!エキゾチックな日々の始まりですか?」
「そもそも、エキゾチックの意味ってなんですか!?」
 
 事前に話し合っていたのかと思うくらい揃った阿波踊りの様なワサワサした蠢きを見せつつ、三人は騒いでいた横で一人の男だけは違った。
 端正な顔つきをより深め、いつも冷静沈着な様子で物事を見据える男。それが大ちゃんなのである。
 彼は…。彼だけは智さんの瞳を一閃の光を浴びせるかの如く捉え、そして尋ねた。
「で、智さんが移した行動とは…?」
 二人の光が交差した。それをも気づかず面妖な動きを見せている三人。
 多分傍観している分には面白い光景だと思うのだが、皆はそれぞれとりあえず必死なのである。
 冷静さに欠けた三人は盆と正月が一緒に来たみたいな騒ぎ方をしている他、人として成り立っていた二人の会話がしばらく続く。
智さんはいつもと変わらない堂々とした面持ちで、大ちゃんにだけ視線を向けて話し始めた。
「とあるイベントライブにエントリーした。」
 その言葉に大ちゃんは口に含ましていたお茶をぶぶっと吐き出した。それと同時に皆の蠢きもぴたりと止まり、トースが言った。
「大ちゃん…。汚いきんやめて!」
 いや、そこじゃないだろ。
 僕はトースに一つ張り手を飛ばして智さんに聞き返した。
「…イベントってなんすか?」
 その言葉に智さんは誇らしげな表情を浮かべ、胸を張った。
「高校生バンドフェスティバル イン 松山!」
 その聞いた事もないワードに一同は瞬時に智さんの方へ視線を向け、そして一斉に声を荒げた。
そして一同は祭りの如くもう一度一斉に声を荒げた。

「ええエエぇえええぇええええええぇえ!!!!」

 皆はその言葉に驚愕した。聞いた事もないワードであり、バンドをやり始めて間もない僕達にしてみればライブなんて夢のまた夢。
 それが実現したと言われても正直信じがたい。まさに驚愕という言葉が合っていたと思う。
 皆の驚いた顔を舐めるような視線で見回した智さんは、腹立だしく思うほどしてやったりな表情を浮かべていた。その事にさすがの大ちゃんも吠えた。

「いや!いくらなんでも進みすぎだろう!無茶苦茶だ!無茶苦茶すぎる!独断でも限界があるだろう!?」

 珍しく荒げる彼の言葉に皆も事の重大さを認識し、口々に意見を呟き始めた。まずはトースから…。
「なんだか…自信ないな…。」
 続いてイータダが呟いた。
「俺なんかドラム叩き出して三ヶ月じゃきん…。人前で叩けれる訳ないやんか…。」
 僕はやはり状況がうまく掴めておらず、半ば皆に合わせた感じで半笑いで言った。
「俺は歌いだして何日も経ってない訳じゃきん!よぅは分からんけど止めたほうがええんじゃないん?」
 僕が言った言葉を最後に、皆は沈黙した。
 夕暮れの闇はより深みを増した様で、部屋に宵闇が覆い被さろうとしていた。緊迫している雰囲気はなく、ただ皆は智さんの言葉を待っていた。
 明かりもない夏の夕暮れ。本来は心地よいものだと思う。誰も言葉はなく、ヒグラシが遠くで鳴っていた。
 薄闇の中でよく確認はできないのだが、智さんはどうも小刻みに体を震わせている様だった。そして暗闇の中から荒れ狂う智さんの檄が飛んできた。

「さっきから黙って聞いてりゃいちいちうるせぇんだよ!!!」

 イータダに怒こっている姿はよく見かけるが、声を荒げて怒る訳ではなく、どちらかというと諭す様に静かに怒っていた。
 こんな荒げた声なんて付き合いの長い大ちゃんでさえも聞いた事はないらしく、目を見開いて智さんを見つめていた。
 智さんの檄は続いた。
「そんじゃあなぁ、逆に聞いてやる!お前らこの先考える時間はあんのかい!?俺たちゃもう高三なんだぜ!?進路がどうのと毎日のように大人に言われている最中さ!慎重に進んでいる時間なんてないはずだ!どうだ!?」
 智さんは叫び終わると呼吸を整える様に深く息を吸い込んでいた。しばらく皆は返す言葉を捜しているかの様に黙っていた。
 智さんはまだまだ息が整っていないらしく、暗闇の中に智さんの呼吸だけが浮いては沈んでいく様だった。しばらくして大ちゃんが静かに言った。
「トース、電気つけてよ。」
 静かに部屋に明かりが灯った。智さんはまだ怒りに顔を赤らめている様で、他の皆の顔色は血の気が引いてどこか憔悴した感じだった。
 智さんの言いたい事は痛いほど分かっていた。始まりが遅すぎた、そんな事も分かりすぎていた。
 余りにも想像を遥かに超えた智さんの決断に皆は戸惑い、怯えたのである。気がつくと智さんの息も整った様で、今度はいつもと変わらない静かな口調で言った。
「夢は近づいてくるものじゃないんだ。こっちから掴んでいくしかないんだよ…。」
 至極当たり前の事。
 僕達がスローなだけなのか、智さんが急ぎすぎているのかは分からない。しかしここは時を掴む機会を与えてくれているリーダーに感謝しなくてはならない。僕達だけではどうしようもないのだ。
 大ちゃんは全てを悟ったかの様に冷静に聞いた。
「そうだよな…。うん。でもさ、エントリーしたって言っても審査とかなかったの?冷静に考えたら選考されなきゃライブ出れないじゃん。」
 確かにそうである。
 僕達は聞いた事もないワードにだけテンションが上がっていた様で、冷静な大ちゃんの言葉に僕は恥ずかしくなり俯いた。
 チラッとトースの方を見たら、あんまり理解していない様でボーっとしながら鼻をほじっていた。その姿に僕は不甲斐無さを感じ、余計に恥ずかしくなった。
 智さんの方を見てみるとなぜか眼に不敵な光を浮かべ静かに微笑んでいた。
「審査はあったさ…。」
「やっぱり…。で、どうだったの…?」
 大ちゃんの表情が少し強張った。智さんは変わらなく薄笑っていた。
「考えてみるがいいさ。審査落ちしていたら話題に出している訳ないだろ?」
 智さんの言葉に皆は一斉に反応した。
「え!?通過したって事!?」
 大ちゃんが驚いた顔つきになった。後ろでイータダが呟いた。
「つーかぁ…。通過ですね?ドフフフ…。」
 即座に大ちゃんの右裏拳がイータダの頬を捉えた。イータダの倒れた音と同時に大ちゃんは嬉しそうに身を前に乗り出していた。
「通過したんだよ。」
 智さんの自信たっぷりの言葉に、トースが反応した。
「という事は、いつの間にか俺ら認められとったんじゃな!?」
「だから言ったじゃないか!完璧だと!!」
 それに便乗して僕もたまらずに声を上げた。
「もしかして、初ライブってやつ決定!?」
 智さんは静かにガッツポーズを掲げた。
「そういう事になった!!」
 一人地べたに這い蹲った者を除き、皆はしばらく天を仰いだ。
そして視線を互いに交差させたと同時にまるで爆発が起こったかの如く、一同は狂喜乱舞した。

「ィやったあああああああああああああ!」
「ライブじゃああああああああああああ!」
「戦じゃああああああああああああああ!」

 伸びていたはずのイータダもいつの間にか加わっていて、素人三人は涙を流しながら万歳三唱を繰り返していた。
 大ちゃんさえも体を疼かせながら、表情はどこか締まりがない様に思う。
 しかしそこはリードを支える立場。浮かれた感情を捨てて、冷静沈着を装いながら智さんに対応していた。
「松山って言ったよね?で、どこで奏るの?」
「日時は八月三十一日。我が県が誇るインディーズバンドの登竜門、サロンキティーだ。もう一ヵ月半を切っている。メンバーには死ぬ気で練習をしてもらわなくては…。」
 智さんの表情は真剣だった。
 大ちゃんも少し青ざめた表情で、額に脂汗を羽浮かべていた。
 そんな緊迫した雰囲気に気づきもせず、相変わらず乱痴気騒ぎを繰り返している馬鹿三人…。万歳三唱の声だけがいつまでもいつまでも夜空に響いていた。

 第五章 始動 おしまい   第六章 調練に続く

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