古今叙事大和本紀 第一章 吉備国の果てまで
あれからと言うもの、天鈿女に嗜まれ、あめたんと呼ばされる事となった。そして、天鈿女から表示された謎の地図を元に、路を歩んでいく。
「岳、これを見て。」
『ブオン』と音が起ったと思うと、奥が透けるような絵が天鈿女の前に現されていた。『何だ、これは』と、その絵に手を突っ込んでも、それは乱れる事もなく、煌々と光を放ちながら宙に浮かんでいた。岳は、『はて、面妖な…』と首を傾げる事しかできなかった。
「うふふっ。」と笑い声が聞こえ、天鈿女は説明するように語り始めた。
「これはホログラムって実体のない絵なの。あ、そんな事言われても分からないわね、とりあえず、今私達がいる場所は此処。」
そのホロ何とかという絵の真ん中付近に天鈿女は指さし、そこに現されている白い線をなぞる様に伝わせ、そして緑色が覆いかぶさる所で指を止めた。
「そして、指を止めた所が大和よ。」
「なんだ、大層近い場所にあるではないか…。」
拍子の抜けた声に、天鈿女の声は凛としたものと化した。
「うん、この絵の上では…ね。さっきなぞった路沿いに旅すればそんな危険はないと思うのよ。嘗て平定されたはずの場所だから。」
どこか含みを帯びた言葉が気にかかったが、何故か聞き返す事ができなかった。
多分ばれているのだろうが…。
今、天鈿女は守護神として岳の心の中に存在している。
目の前に姿はなくても、どういう出で立ちをし、どういう表情をしているのかは脳へと直接伝わってきていた。それにしても、この女神が何を言っているのかはやはり理解できかねる訳なのだが…。
「ところで、あめちゃんさ…もとい、あめたんよ。」
あめたんと呼ばれた事ですっかり上機嫌の天鈿女。
「なーに?岳ぇ。」
「白だけの線が、私達が辿る路だという事は理解したのだが、この別に表示されている白と黒が細かく羅列する線は一体なんなのじゃ?」
「これはね、JRの線なのよ。」
「じぇーあーる…?何だそれは…?」
聞きなれない言語も大分慣れてきてはいるのだが、知っている者が知らない者へと当たり前のように言葉を発される描写は心外と感じるものである。
その心を察してなのだろうが、天鈿女の表情は焦るモノに変わっていった。
「あ、ごめんごめん。二千年後の地図を見せてしまったわ…。改めて、今の地図はこれよっ!!」
先ほどまで表示されていた絵が一瞬にして消え、また再び新しい絵が現れた。それは同じようなのだがどこか違う、というよりも全体的に緑色の個所が明らかに増え、先ほど最後に指差した付近の近くに大きく青色の円形が表記されていた。
そして、離れていた島のような所が、明らかに岳達がいるらしい場所へ近くなっている。違う個所というとそれだけで、基本的には同じような気がした。
「岳ぇ…、いい所に気がつくわね。この青い円形は草香江っていう湖で、二千年後には存在しないの。こんな大きな湖を埋め立てるなんて、やるわね…。って私、いつも思うのっ。うふふふ。」
天鈿女が惚けている姿はほっといて、岳はその絵をじっと見つめていた。
その二千年後の絵と、現在の絵を見比べていると、天鈿女がなぞった白い線の位置が大和に近づけば近づくほど変わっている事が気にかかって仕方がなかったのだ。
「貴方の描写観察、目を見張るくらいだわ、ホント…。流石は、あの祖の子孫ね…。」
『祖』この言葉がまた天鈿女の口から発された…。
あの刻、結局は促されてしまったが、ここまでしょっちゅう会話に出されると気になって仕方がなくなるのはいつの時代の人間でも変わる事なきなのだろう。
「だから、私の祖とは誰なのかっ!!」と、やはり叫びたくなったのだが、岳は想いを塞ぎ、口を紡いだ。
そこも天鈿女が言った『流石、描写観察が長けている』と言えよう。
きっと今回も同じように促されると直観し、発する言葉を自ら窘めた。もしかするとこれも天鈿女に悟られているのではないかと思って、想いに窮したが、この事に対して天鈿女から何も言葉はなかった。
『もしかして、もしかしたらば、もしかする』と、岳は思った。すると…。
「ん?岳ぇ、何がもしかするの…?」
予想通りの返答があり、岳は確信した。
どうやら、深く思った事は悟られるのだが、直観した事は天鈿女には伝わらないらしい。
これから先、この女神が心に宿っている事は的確であり、確実に悟られてはならぬ事が出てくるのは安易に想像できる。ようは悟られるまでの時間を与えなければ直接に伝わる事はないという事なのである。
頭の回転と、気持ちの切り変わりの速さが自分自身を護るという考えに行きつき、岳は人知れず拳を強く握った。
「岳ぇ…。何そんなに考えてるのぉ…?」
心配そうに発した声から、やはり考えていた事が悟られていないと知り、岳は思わず嬉しくなった。
「否、何でもござらぬ。さて、先を急ごうかっ!!」
「貴方、何かあったでしょっ!!!」
天鈿女の叫び声がふわりと心の中に広がったが、それを気に留めず、岳は足を運ばせた。先は長い…らしい。弥生が我を待っていると信じて、先を進むしか術はないと思った。
岳は月明かりの眩しさに目をしかませながら、東方の遥か遠くの空を仰いだ。
第一章 吉備国の果てまで 2に続く
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