運命

 少し前の流行歌のような題名で失礼いたします。

 こんばんは、岡崎モユルです。

 運命とは自分で切り開くものと諭す方もいらっしゃれば、はたまた生まれ持って決められた路が故、あらがう事も出来ないと論じている方々もいらっしゃる。

 どうなんだろうと考えてみても、そこら辺の学びに疎い私からしてみると、なるようになるのではという他力本願的な感じで考えているから未だ自分の足元さえ理解できないのではと苦笑してしまう有様であります。

 まあ、転がるように生きていけている事に対し、心底納得しているのであれば、どうにか何とか生きていけると素直に思えてその状況を受け入れられる強さがあるならば、現実はまた違う事となってたのだろう。

 過去の迷いや、弱さがあり、時にはそうであるべきと路を歩み、そしてまた立ち止まり、迷う。そして今この時を生きていて、ここがまだ路の途中だという自覚がある。

 こう感覚しているだけ、まだ自分には伸びしろがあり、救われる道は幾多と残されていると信じている。

 迷った時の道しるべと、時にタロット占いなどやってみる時がある。

 まあ、当たり障りない答えがそこにあり、浮かんでくる様々な疑問をさて置かせ、とりあえずその結果に身も心も委ねてみようと思ってしまう。

 多分これも必要な事なのではと最近になり思えるようになった。

 自分の人生を占いに委ねるなどとバカバカしいと思う方は多分多々いらっしゃると思う。本来の私もそうだったからよく分かるし、自分の人生は自分で作り出すと若い自分もそう信じて邁進していた。

 しかしながら、思いの外結果が出ず、何年、何十年過ごして今に至り、もしかすると足跡を残した自分の人生を悔やんでいるのかもしれない。

 思い描いた未来を黒に塗りつぶしてしまったのは自分だという事もよく分かっているし、だからこそ見ていたものも見えなくなってしまいもがき苦しんでいるのかもしれない。

 人間関係、学業、仕事、そして恋愛など。

 未だ解決できない物や出来事など山積している。

 しかし、そろそろそれらを清算し、改めて新たな光へと進む機会に差し掛かっているのではと、なんとなく感覚している。

 今宵、やはり風が強く、降りそうなのに降らない雨。闇の曇天を眺めながら煙草の煙を空へを吐く。

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