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守衛の犬
2021年7月28日 00:00
ひとは死ぬ。時にあっけなく。どれだけ遠回りの前置きや周到な準備がなされても、死の瞬間は突然おとずれる。私たちは死について語るとき、婉曲的な言い回しをするしかない。それは死について何も知らないからだ。死そのものを知り得た時には、既に語るべき口をもたないからだ。真の意味で死を理解できる生者は誰もいない。それゆえに、忌避されながらも惹きつけてやまない引力を有している。 文学という領域においても、死と
2021年7月22日 02:00
島村利正の『青い沼』が届いた。昭和五十年に刊行されたきり、文庫化されることもなく版も絶えている作品集。古書での購入だ。インターネットで古書を買うといつも味気なさを感じ、購入から届くまで待つうちに大抵は買ったことさえ忘れていることが多い。そのぶん、だしぬけに本が届いた時には、じぶんで用意したサプライズプレゼントに驚くような、ちいさな喜びと気恥ずかしさがある。 島村利正の本を買ったのは、堀江敏幸
2021年7月15日 22:22
夏といえば思い出す小説が、いくつかあります。 たとえば、神吉拓郎の「ブラックバス」で、少年が今はなきテニスコートを前にして耳を澄ます、幻のテニスボールが跳ねる音であったり。 あるいは、ヴァージニア・ウルフの「サーチライト」で、クラブのバルコニーに腰掛けて歓談する男女のそば、石畳の遊歩道を照らす円形の光であったり。 それらは夏の日の一瞬を鮮やかに切り取り、その空気までも文章のなかに封じこめま
2021年7月7日 00:00
本が好きだ。一束の書物のなかに綴じこめられた誰かの言葉、無数の文字から編みあげられる物語と同じように、本そのものが好きだ。 カバーに包まれた内側で意匠を支える表紙、本を開いた誰もを歓待する化粧扉、モノクロームで構成された紙面を控えめに彩る花布、頁に指をかけたときの紙のさわり心地、読書のよき伴走者である栞紐、文字を写しとるインクの匂い。紙の選び方、製本ひとつとっても、この世に同じ本は存在しない。