図書館という居場所

休職すると、図書館通いを勧められる。
これは、休職経験者であれば多くの人が通る道だと思う。
自分も図書館に通っている(このノートも図書館で書いている)。いや、「通っていた」になりつつある。

図書館は誰もが来て良い場所である。
夏休みなどの長期休暇明けに学生の自殺者が増えるという事実を背景に、「学校に行きたくなければ図書館においでよ」的な呼びかけもある。
(自分は学校嫌いだったので、これはもっと広まってほしいと思っている。学校嫌いについては、またの機会に)

“誰もが来て良い場所”なので、自分のような休職者の受け皿にもなる。
しかも「誰もが」いるので、平日の真昼間に自分のようなアラサーの男性が本を読んだりPCで作業をしていても、存在を限りなく目立たなくすることができる。
いわば、完全に社会から身を隠すことができる、格好の隠れ家だ。
長居したって誰かに咎められることもない。

ところが、最近になって図書館に通うのが億劫になってきてしまった。
自分にサボり癖がついたからではなく、やはり「隠れられない存在」というものが自分の中で気に障り始めたのである。

最近は命にかかわるほどの猛暑が続いており、外にいることすら危険である。加えて世間は夏休みに入った。
そのせいか、最近の図書館はびっくりするほど混んでいる。

夏休みの子供たちが、図書館でちょっと大きな声で話すレベルならまだよい。未来への希望が溢れた子供たちの声を聴けば、こっちもなんだか元気になる。
一方でどうしても気になるのが、その「隠れられない存在」である。
どんな人々なのかを書くと差別になりそうなので詳しくは書かないが、とにかく「あなたたち涼みに来ただけでしょ」という方々である。
別に寝ているだけ、であればなんてことはないのだが、

・唸り声をあげる
・独り言がやまない
・徘徊している
・悪臭をまき散らす

という人々は、図書館であっても「隠れられて」いない。
むしろ、かえって異彩を放つ存在になっている。

もしかしたら、自分自身も特異な目で見られているかもしれない(上記に当てはまっている自覚はないが)。
だからこの指摘は自分を棚に上げていることになるが、とにかく自分は「隠れられない存在」がストレスになってしまい、足が向かなくなってきている。
加えて通勤訓練を始めて会社近くのカフェに行くようになったため、そこから距離のある図書館に行く気力も徐々に無くなっている。
今日久しぶりに図書館に来てみたが、とりあえずいつもいる“スマホに話しかける謎の絵描き”が定位置に鎮座しているだけで、今のところ平和である。
(小説を書いているうちは、こういった目立つ存在を「小説の中に出してしまおう」と思っていたので、実はそこまでのストレスは感じていなかったりする)

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話は変わるが「アサーション」も、休職者の多くが学ぶコミュニケーション術ではないだろうか。
自分もカウンセラーの勧めでアサーションを勉強したのだが、これが図書館という特殊な場所でどれくらい通用するものなのか、疑問に感じつつある。
アサーションの本を読むと、「自他尊重のコミュニケーション」「自分の意思を表明しつつ相手の意思も尊重するコミュニケーション」がアサーションの定義として書かれているが、果たして図書館でもその技術が活きるのだろうか。
(というよりも、アサーションを勧めたり本を書いたりする人がどれくらい実践できているのか、気になる。特にこの図書館という空間で「私は静かに本を読みたいので、あなたには独り言をやめてほしいのです」ということが言えるのか、「私はあなたの臭いが不快なので、少々離れていただけませんか」とコミュニケーションが取れるのか、実践して見せてほしいくらいだ)
(仮にコミュニケーションを取らないにしても、「自分の周りをうろうろされる」「向かいの席に座っている人物がずっと独り言をつぶやいている」ことに対するストレス対処法があれば、ぜひプロの方に教えを乞いたいものである)

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話が逸れてしまった。
図書館は多くの人の居場所であることは間違いなく、公共性の精神からも誰かを排除することはできない。
ただ、居場所を求めて彷徨う人が集まりすぎることによって、また別の誰かの居場所を無くしていることにならないだろうか。
自分のケースはただのワガママなので、居場所がないと思ったら公園やカフェに行くだけなのだが、
一方で、本を読みたい人、自習したい人、執筆活動をしたい人、こういった人たちを「隠れられない存在」が無意識のうちに追い出してはいないだろうか。
だからといって「隠れられない存在」を強制的に追い出すわけにもいかないだろう。そうなると、出ていく余裕のある人からその場を明け渡さなければいけないのだろうか。

いったい誰のため、何のために「図書館」は存在するのだろうか。
誰のための居場所なのだろうか。

考えれば考えるほど、不思議な空間だなぁと思う。

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