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『ヤンキーJK、士書になる』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


「あ、来てくれたんだね」
 真由美が竜美を見て笑みを浮かべる。
「……士書云々はともかくとして」
「うん」
「ここが人手不足だというのは気になったからな」
「あ~」
 真由美が苦笑する。
「手伝った方が良いだろう……」
「ふむ……」
「そういうのは放っておけない性質でな……」
「龍波さん、良い人だね~」
「べ、別に大したことじゃねえよ……」
 竜美が顔を若干赤らめる。
「だって、一銭の得にもならないのに……」
「なっ! ま、まあ、そりゃあそうか……」
「ふふっ……」
「なんだよ」
「ご心配なく」
「え?」
給料はちゃんと支払われるよ、こないだの分も含めてね」
「ええ?」
「だから安心して」
 真由美がウインクする。
「い、いや、むしろ不安が増したんだが……」
「なんで?」
 竜美の言葉に真由美が首を傾げる。
「な、なんでって……誰から給料が支払われるんだよ?」
熊さんから
 真由美が熊を指差す。
「く、熊から?」
「そうだよ」
「……どんぐりとかじゃねえだろうな?」
「いやいや、ちゃんとした日本円だよ」
「日本円……」
「熊さんは私たちの上司に当たるからね」
「そ、そうなのか……」
「まあ、厳密には……」
「厳密には?」
どこから給料が出ているのかは私もよく知らないや
「! 良いのかよ?」
「良いんじゃない?」
 真由美があっけらかんと言う。
「なかなか肝が据わっているな……」
「そうかな?」
「むしろ……」
「むしろ?」
「感覚が麻痺しているというか……」
 竜美が熊を横目で見つめながら呟く。
「いや~」
 真由美が照れくさそうにする。
「そこは怒るところだろうが」
「あ、そう?」
「そうだ。今はちょっとディスったんだぞ?」
「まあ、龍波さんが本気でディスっているわけじゃないというのが伝わってくるから……」
 真由美が笑顔を見せる。
「ちっ、なんだか調子が狂うな……」
 竜美が舌打ちする。
「まあまあ、それじゃあ、早速お仕事を始めようか。この間と同じ場所に赤いエプロンがあるから」
「ああ……」
 竜美が図書館に入り、赤いエプロンを着けて戻ってくる。
「じゃあ、今日もとりあえず、貸出と返却の受付をやってもらおうかな」
「分かった」
 竜美が椅子に座る。
「お願いね」
「ああ」
 それからしばらくして……。
「……ねえねえ」
 男の子が話しかけてくる。
「うん?」
「この虫ってなんだか分かる?」
 男の子がダンゴムシのようなものを見せてくる。
「ひっ!?」
 竜美が椅子から転げ落ちそうになる。
「どうしたの?」
 男の子が首を傾げる。
「む、虫は苦手なんだよ……
「え~かわいいじゃん」
「か、かわいい……?」
「うん」
「そうか?」
「この虫について調べたいんだけど……」
「勝手に調べろよ」
「え?」
「駄目だよ、龍波さん」
「! 猫田……」
 竜美の背後から真由美が声をかける。真由美は男の子に話す。
「君、写真入りの図鑑のある場所まで案内してあげる」
「本当?」
「ええ、ただ、その虫さんは逃がしてあげて……」
「虫かごがあるよ!」
「それならその中に入れて……うん、それじゃあこっちよ」
 真由美が男の子を連れて図書館に入る。やや時間が経ってから、男の子と真由美が出てくる。男の子が竜美に告げる。
「なんていう虫か分かった!」
「そ、そうか、それは良かったな……」
「うん、ありがとう、じゃあね~」
 男の子がその場から走り去っていく。
「ああいう感じで対応しなきゃ」
 真由美が笑顔で竜美に話す。
「……まさか」
「まさか?」
「どこに何の本があるのかまで分かっているのか?」
「そりゃあもちろん」
「も、もちろんって……」
 竜美が絶句する。
「司書さんにはそういう仕事も含まれるからね。どこにどんな本があるかということだけでなく、どの本にどういった情報が含まれているのかも把握しておかないと」
「へ、へえ……」
「じゃないと利用者さんに適切なレファレンスサービスが出来ないからね」
「レファレンス?」
「図書の照会とか、そういう意味かな」
「は、はあ……」
「まあ、そうは言っても、まだたった二日目だしね。すべて把握しろなんて無茶は言わないよ。徐々に慣れていこうか」
「あ、ああ……」
「とにかく、情報を得る為に図書館に来る方がほとんどなんだから、そういう方にさっきみたいな対応をしちゃ駄目だよ」
「す、すまん……」
 竜美が頭を下げる。
「分かればよろしい。それじゃあ、受付は熊さんに任せて、私たちは配架と書架整理をしようか」
「は、配架? しょ、書架整理?」
 竜美が首を傾げる。
「配架は返してもらった本を元の棚に戻すこと、書架整理は、本がきちんと並べられているか、確認することだよ」
「そうか」
「行こうか」
「おう」
 竜美が頷いて、真由美とともに、図書館の中に入る。
「……この棚は終わったね」
「ああ」
「それじゃあ、今度はその棚に……」
「はいよ」
 真由美に促され、竜美も移動する。
「……あら?」
「どうした?」
 本を並べ直しながら、竜美が真由美に問う。
「ここにあった本が無いわ。貸出中にはなってなかったはず……」
「本当か?」
「ええ、毎回確認しているもの。この棚は特に人気があるから」
「……」
 少し薄汚れた恰好をした中年男性がその場からゆっくりと離れていく。竜美が呼び止める。
「おい、おっさん」
「龍波さん……!」
「おほん、失礼、お客様……」
 真由美に注意され、竜美が言い直す。
「………」
 男性は聞こえていないような振りをする。
「……今日の天気でそんなジャケットを着こんでいたら暑くてしょうがないんじゃないですか?」
「…………」
「なにか妙な膨らみがあるような……」
 竜美が覗き込む。
「……!」
 男性が走り出す。
「あ、待て!」
 竜美が追いかける。図書館を出るあたりで竜美が追いつきそうになる。
「くっ……」
「おっさん、運動不足だな。すぐに追いついたぜ……!」
「捕まってたまるか!」
「!」
 男性が風に乗ったように加速する。竜美は風でめくれそうに
なったミニスカートを慌てて抑えたこともあり、出遅れる。男性がその様子を見て鼻で笑う。
「へへっ!」
「あ、あれは本の力!?」
「なに!?」
 真由美の言葉に竜美が振り返る。
「お、恐らくは『風の又三郎』の力……!」
「へっ、追いつけるもんかよ!」
「た、確かに風の速さで逃げられたらどうしようも……」
「それは……どうかな!?」
「なっ!?」
 竜美があっという間に男性の先に回り込む。
「おらあっ!」
 竜美が男性の手を捩じ上げる。
「ぐわあっ……!」
 男性の懐から『風の又三郎』の本がこぼれ落ちる。
「手癖が悪りいな……」
 竜美が顔をしかめる。
「き、貴重な版だから、古本屋に持ち込めば高く売れると思って……」
「……ちゃんとしたせどりの方は、きちんと自分でお金を支払って、本を仕入れていますよ」
 追いついてきた真由美が本を拾いながらムッとした表情で男性を見つめる。男性が顔を逸らす。
「くっ……」
「どうする? 警察を呼ぶのか?」
 竜美が真由美に尋ねる。
「この移動図書館はちょっとばかり特殊だから……とりあえずは熊さんに任せましょう」
「く、熊に?」
「お願い、熊さん」
 真由美の言葉に頷き、熊が男性を引きずっていく。
「う、うわあああっ!」
 男性が叫ぶ。竜美が目を細める。
「自業自得とはいえ……大丈夫なのかよ?」
「命は取ったりしないわよ」
「命って……」
「それより……」
「ん?」
「よく追いつけたわね?」
「この本のおかげかな?」
 竜美はエプロンの内ポケットから本を取り出す。
「!『銀河鉄道の夜』……」
「念じてみたらすげえスピードが出たぜ」
 竜美が鼻の下をこする。
「やっぱり才覚があるみたいね……」
「あん?」
「いいえ、なんでも……」
 真由美が首を左右に振る。
「少しは役に立てたかね?」
「少しどころじゃないわ、大手柄よ」
 竜美の問いに真由美がウインクして答える。



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