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『 2年微能力組!~微妙な能力で下克上!~』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 栃木県のとある学園に仁子日光と名乗る一人の少年が転校してきた。高二にしてはあまりにも痛々し過ぎるその言動に2年B組のクラス長、東照美は眉をひそめる。しかし自身の立場上、関わり合いを持たざるを得なくなる……。
 一人の転校生が微妙な能力、『微能力』で能力至上主義の学園に旋風を巻き起こしていく、スクールコメディー、ここに開幕!

本編

「今日から新年度ね……」
 黒髪ロングのストレートヘアを一つに束ね、三つ編みにした目鼻立ちの整ったブレザー姿の少女は自らが通う学園の校門前へとさしかかった。
「……」
「あら? あれは……」
 少女は学ラン姿の少年を見つける。制服が違う、転校生だろうか。その少年は無造作かつ長すぎず短すぎない髪をかき上げながら校舎を見上げ笑う。
「くっくっくっ……これがこれから俺の伝説が刻まれることになる梁山泊か……」
「は?」
 少女は思わず声を発してしまい、慌てて口元を抑えて少年の様子を伺う。だが、幸いにもその少年には聞こえなかったようだ。
「ふっ、俺の魔眼が疼きやがるぜ……」
「え? ああ……」
 少女は少年の顔をあらためて覗き込む。少年の左眼には黒い眼帯がしてあった。少女はなんとなくだが納得して頷いた。少年は呟きをやめない。
「さて、俺のこの渇きを癒してくれる奴はいるかな?」
「疼いたり渇いたりと色々忙しいわね……」
 少女はボソッと呟いて、その少年を避けるように校門に入る。
「ふっふっふ……」
「今度はなんか笑っているし……」
「はーはっはっは!」
「⁉」
 突然の大きな笑い声に少女が思わず振り返ると、少年が大げさに両手を広げて叫ぶ。
「精々この俺を楽しませてみるがいい!」
「うわ……重度の『中二病』ってやつね……まあ、私には関係ないでしょう」
 少女は少年を一瞥すると、すぐに正面に向き直った。そう、彼女は今年度から高校二年生、恐らく、いや、確実にあの気の毒な少年とは学年が違うはずだ。仮に一緒だとしても、そうそう関わり合いになることはない。少女は自らのクラスに入ると、ホームルームが始まる。
「……え~新年度の始まりですが、転校生を紹介したいと思います……どうぞ、入って」
「ふはははっ! 俺の名は仁子日光(にこにっこう)だ! 俺と共に過ごせることを光栄に思うがいい!」
「……最悪だわ」
 日光と名乗った学ラン少年が教室に入ってきたことに少女は頭を抱える。
「……え~そういうわけで皆さん仲良くしてあげて下さい。仁子君は出席番号18番だから……あそこの席ですね」
「ふむ! やはり俺には中心こそがふさわしい!」
「中心よりかはややズレているかと思いますけどね。どうぞ座って下さい」
 教師が淡々と告げる。
「ふん……」
 日光が指定された席につく。
「え~これから始業式です。皆さん、モニターに注目。校長先生からのお話があります」
 教師が教室に設置されたモニターを指し示す。初老の男性が話し始める。
「……それではあらためて、皆さんが有意義な新年度を過ごすことを期待します。以上」
 教師がモニターの電源を切る。
「え~というわけで、今日はこれで終わりになります」
「お、終わりか⁉」
 日光が戸惑う。教師が頷く。
「はい」
「そ、そうか……」
「後は皆さん、部活動など、それぞれの用事があるかと思いますので、これで解散です」
「あ、あの……」
 廊下側の一番前の席に座る少女が手を上げる。
「はい、なんでしょう?」
「先生が私たちB組の新しい担任ということでよろしいのでしょうか?」
「いえ、私ではありませんがその内決まるかと思います」
「そ、その内って……」
「それでは……ああ、そうだ、東さん」
 教師が教室を出ようとしたその時、思い出したかのように少女に声をかける。
「は、はい」
「彼……仁子君に学園を案内してあげて下さい」
「な、なんで私が⁉」
「クラス長としてのお仕事ですよ。お願いしますね」
「そ、そんな……」
 教師が教室を出ていくと、少女の側に日光が立って声を上げる。
「おさげ女! 俺の『眷属』にならないか?」
「絶対に嫌よ!」
 日光からの訳の分からない申し出を少女は全力で拒否する。


「おい待て! おさげ女!」
 教室からさっさと出ていった少女を日光が呼び止める。無視しようかと思った少女は足を止めて、ため息を一つつき日光の方に振り返る。
「東……」
「え?」
「私は2年B組、出席番号1番、東照美(あずまてるみ)。おさげ女なんて名前じゃないわ」
 照美のはっきりとした物言いに日光がたじろぐ。
「ふ、ふむ……」
「気が進まないけど、内申点に響くようならキチンとこなさないとね……えっと……仁子日光君だっけ?」
「闇の支配者と呼んでも構わないぞ」
 日光は片手を額のあたりに添える。
「闇の支配者さんが随分とさんさんとしたお名前ね……」
「む……」
「この学園にはまだ慣れてないでしょう? 案内してあげるわ」
「そ、それは大いに助力になるな……」
 照美の言葉に日光は頷く。その態度を見て、こちらがペースを握れば、案外素直なのかもしれないなと照美は思った。照美は教室を指し示す。
「今出てきたところが私たちの教室、移動教室以外はあそこで授業を受けるわ。まあ、その辺はどこの学校でも同じだと思うけれど……」
「うむ……?」
「なに? なにか質問があるのかしら?」
 首を傾げる日光に照美が尋ねる。日光が再び教室に入り室内を見回す。
「うむ……」
「どうかしたの?」
「……俺も含めて30人いるクラスだと聞いていたのだが……」
「あ、ああ……」
「さっきのはどういうことだ?」
 日光が両手を広げる。先ほどのホームルームは三分の一ほどしか登校していないように見受けられたからだ。照美は頭を軽く抑えた後、答える。
「えっと……クラス長としてこういうことを言うのは憚られるのだけど……皆サボりよ」
「サボり?」
「ええ、流行り病とかそういう類での集団欠席ではないわ」
「なんでまたそんなことに……」
「……モチベーションが無いのよ」
「モチベーション?」
「仁子君」
「日光で構わん」
「ああ……日光君、このB組だけ建物が違うということにはさすがに気づいたわよね?」
「それは当然な。コンクリートの建物からいきなり、古めかしい木造建築校舎へ連れてこられた。今時、なかなか珍しいのではないか?」
「……これが私たちB組の置かれている現状よ」
「話が見えるようで見えないな」
 日光の言葉に照美は再びため息をつく。
「……転校の際に、何も説明はされなかったの?」
「あったかもしれんが聞く必要がないと思ったから聞いていない」
「……適性検査は受けた?」
「ああ、それは受けさせられた。妙なことだ。単純な編入試験だけかと思いきや、体力テストを行なったり、俺の体に怪しげな機器を多数付けて……あれはなんだ?」
「振るい分けを行うためよ……この『能力研究学園』、通称、『能研学園』は全国から様々な能力を持った少年少女をこの栃木県に集めて、学園生活を送らせるかたわら、生徒たちについての色々な研究を推進しているのよ」
「色々な研究だと?」
「ええ」
 照美が再び廊下に出る。日光がそれに続き、頷く。
「なるほど……そういった研究の成果があの立派なコンクリート造の校舎とこの木造建築の校舎ということか」
「なかなか鋭いわね」
 照美が意外そうな視線を日光に向ける。
「研究の成果、検査の結果が露骨に生徒たちの扱いを分けているわけだな」
「そういうこと」
「教師も代理だとか言っていたな、そういえば……」
「ええ、私たちB組には、先生方も大して期待していないのよ……」
 照美が寂しそうに窓の外を眺める。日光が首を傾げる。
「ふむ……様々な能力……」
「なに? どうかしたの?」
「ならば俺だけでなくお前も何らかの能力を持っているということか?」
「この学園の生徒なら大抵はね、何らかの能力持ちのはずよ」
「ふははは!」
「⁉」
 急に不気味な高笑いを上げた日光に照美が怯む。日光は顔を抑える。
「つまりはあれだ! そういうことだろう⁉」
「何がよ⁉」
「俺の能力も『超能力』だと認められたということだろう⁉」
「! い、いや~えっと……それは……どうかな~?」
 日光の問いに照美は苦笑を浮かべる。対照的に日光は不敵な笑みを浮かべる。
「やはり、伝説の始まりはこの地であったか……」
「あ⁉」
「どうした⁉」
「いや、下を見て!」
「む⁉」
 照美が窓の下を指し示すと、ブレザー姿の小柄な生徒がそれよりはやや大柄な生徒たちに絡まれている様子が見える。照美が叫ぶ。
「1年B組の子が絡まれているわ! なんとかしないと!」
「B組とは、この木造校舎の……」
「ええ、後輩よ!」
「ならば助けに行かねばなるまい!」
「ええっ⁉ ここ3階だけど⁉ 窓から飛んだ⁉」
「この能力が超能力だというのなら、俺はまさに翼を得た堕天使! 空中から颯爽と駆け付け、小さな悪をくちぐぬうっ⁉」
 日光が着地を盛大にミスり、地面を転がる。下にいた生徒たちが戸惑う。
「な、なんだ⁉」
「あ~やっぱりね……」
 階段から降りてきた照美が頭を抱える。日光が痛みをこらえながら、照美に向かって叫ぶ。
「お、おい! これはどういうことだ! 俺は超能力の持ち主ではないのか⁉」
「詳しくはまだ分からないけど、能力の持ち主ではあるのでしょうね……ただし、B組に振り分けられたということは『微能力(びのうりょく)』……『微妙な能力』の持ち主だということよ」
「び、微能力⁉」
 日光が照美の説明に愕然とする。
「な、なんだこいつ……」
 大柄な少年たちは戸惑いの目を日光に向ける。日光がビシっと指を差して口を開く。
「おいお前ら! くだらない行為はやめろ!」
「せ、先輩なんじゃねえか?」
「3階から飛んできたってことは2年か? やべえな……」
「へっ、大したことねえだろ」
 少年たちの中でもリーダー格と思われる少年が前に進み出る。
「お、おい……マ、マズくねえか?」
 リーダー格の少年が振り返って笑う。
「ビビんなよ。このボロっちい校舎から出てきたってことはアレだろう?」
「あ、ああ……」
「それもそうか……」
 リーダー格の少年の言葉を聞き、他の少年たちも笑みを浮かべる。
「そうだよ、微妙な能力の持ち主ってことだろう? つまり……俺ら1年C組の、『超能力者』の敵じゃねえってことだよ!」
「ぐおっ!」
 リーダー格の少年が右手をかざすと、日光が後方に軽く吹き飛ばされる。照美が声を上げる。
「日光君!」
「くっ、な、なんだ……?」
「はっ、これが俺の超能力、『強風』だよ」
「きょ、強風だと?」
「どうだ、ビビっただろう?」
 日光はゆっくりと立ち上がって呟く。
「……ふん、そよ風でも吹いたのかと思ったぞ。大した能力ではないな」
「言ってくれるじゃねえか! おい、お前ら!」
「おう!」
「ああ!」
「うおっ⁉」
 リーダー格の少年の号令に従い、他の二人も右手をかざす。三方向から強風を喰らった日光は再び転倒する。リーダー格の少年が笑う。
「へへっ! どうよ、俺らの連携は?」
「ぐっ……」
「やめなさい! あなたたち!」
 照美が注意する。リーダー格の少年が視線を向ける。
「あん?」
「先生を呼んでくるわよ!」
「む……」
「能力の制御が上手く出来ていない現状、撮影させてもらったわ!」
「え?」
「この映像を見れば、何らかの処分が下るでしょうね……『矯正施設』送りとか……」
「お、おい! やべえよ!」
「待て待て、そう慌てんな」
 リーダー格の少年が慌てる仲間を落ち着かせる。その余裕に照美は首を捻る。
「なに……?」
「よく見ろよ、このお姉さん、結構いい女じゃねえか……」
「あ、あら……なかなか見る目はあるようね」
 照美は満更でもないというような反応を見せる。
「ちょうどいい。このお姉さんと遊んでもらおうぜ!」
「きゃあ! な、何をするのよ!」
 リーダー格の少年が右手をかざすと、軽い突風が吹き、照美のスカートがめくれそうになる。照美は慌てて、スカートの裾を抑える。リーダー格の少年が笑う。
「へっ、おいお前ら!」
「お、おう!」
「へへっ!」
 他の二人も右手を掲げ、三方向から風が吹く。スカートが今にもめくり上がりそうである。照美がスカートを抑えながら三人組を睨み付ける。
「や、やめなさい! 本気で怒るわよ……」
「そんな状態で一体何が出来るよ!」
「くっ……」
「待て!」
「!」
 皆が視線を向けた先には、眼帯を外し、学ランを脱ぎ捨て、赤いTシャツ姿になった日光の姿があった。リーダー格の少年が大声で笑う。
「なんだよ、パイセン、俺ら今、このお姉さんに遊んでもらっているんだよ」
「そうそう、空気読んでくれる?」
「邪魔しないでよ~?」
「そういうわけには……」
「ほらあっ! もう少しであの鉄壁の守備を誇っていたスカートがめくれるぜ⁉」
「おお⁉」
 あろうことか日光もその様子を見物し始めた。照美が怒る。
「ちょっと! 日光君までなにやってんのよ! そこは助けに入る流れでしょう⁉」
「はっ! そ、そうだな。少し、いや、かなり残念だが……」
「本音ダダ漏れよ!」
「くっ、おい、おさげ女!」
 日光が照美の側に近づく。
「東照美!」
「そうだった東照美! 俺の左眼を見ろ!」
「ええっ⁉」
「いいから早く!」
「もう、なんなのよ! って、ええ⁉」
 照美が驚く、日光の左眼が緑色に光っていたからである。日光が問う。
「左眼は何色だった⁉」
「み、緑色よ!」
「そうか、今日は緑か!」
「今日はって……どういうことなの⁉」
「あらためて言うぞ! 東照美! 俺の『眷属』になれ!」
「あらためて嫌よ!」
「ぐっ! な、ならば、『同志』というのはどうだ!」
「志を同じくした覚えはないわ!」
「むうっ! ならば、『仲間』というのはどうだ!」
「高二なのに中二病気取りの奴と仲間とか最悪よ!」
「くっ……どうしてなかなか我儘だな!」
「あなたに言われたくないわ!」
「そ、それならば、えっと……その……」
 日光が恥ずかしそうな素振りを見せる。照美が呆れる。
「今更恥ずかしがることあるの⁉」
「え、ええーい! 東照美! お、俺の『友達』になれ!」
「……ああ、まあ、友達からなら……」
 照美はとりあえず頷く。日光が不敵な笑みを浮かべる。
「ふふっ! 理解者を得ることによって、俺の能力は強化されるのだ!」
「⁉」
 日光の背中に片翼の大きな黒い翼が生える。
「ふっ……今日もこの片翼の翼は美しい。我ながら惚れ惚れとする……」
「なっ、なんだと……マ、マジかよ……」
「か、片翼の翼……?」
 少年たちと照美が驚いた目で日光を見つめる。日光が髪をかき上げながら笑う。
「ふっ、驚きのあまり言葉もろくに出てこないようだな」
「くっ……」
「今度はこちらの番だ!」
 日光が羽ばたく。少年たちと照美が驚く。
「と、飛んだ⁉」
「に、日光君、本当は凄い能力の持ち主なの⁉」
「少しばかり強風が起こせる程度で、『空の支配者』たる俺を凌駕することが出来るかな⁉」
「くっ⁉ ん?」
 日光がすぐさま着地する。照美が首を傾げる。
「……え?」
「ふっ……俺が空を飛べるのは……一回につき約2秒ほどだ!」
「⁉ こ、これが本当の『宙二秒』……って、やっぱり微妙な能力じゃない!」
 照美が声を上げる。リーダー格の少年が叫ぶ。
「一瞬焦ったじゃねえか、この野郎!」
「うおっ⁉」
 日光が強風を受け、校舎にぶつかる。照美が声を上げる。
「日光君!」
「つ、翼が生えた分、多く風を受けてしまったな……」
「馬鹿なの⁉」
「ば、馬鹿とはなんだ!」
「思ったことを正直に言ったまでよ!」
「そういう正直さが相手を傷つけることもあるんだぞ!」
「時には正直な物言いも必要よ!」
 日光と照美が言い争いを始める。少年たちが困惑する。
「な、なあ、どうする……?」
「俺らをほったらかしにして盛り上がっているな……」
「ちっ……おい、お前ら!」
「なんだ!」
「今取り込み中よ!」
「ああん? 随分とナメた真似してくれんじゃねえか!」
「うおっ⁉」
「きゃあ⁉」
 リーダー格の少年が右手を思い切り振るい、先ほどまでよりも強い風が日光と照美を襲う。日光はさらに壁に押し付けられ、照美は必死でスカートを抑える。
「そ、それでもめくれないスカートってなんだ⁉ 本当に鋼鉄で出来ているのか⁉」
「ど、どこを見ているのよ! 人のことは良いから、自分のことをなんとかしなさいよ!」
「おい、お前ら!」
「あ、ああ!」
「分かった!」
「行くぞ! あの痛い奴から片付ける……そらあっ!」
「うらあっ!」
「おらあっ!」
「ぬおああっ⁉」
 強風に煽られて、日光の体は二階から三階の間あたりまで持ち上がってしまった。
「はっ、またそこら辺から落ちたら、今度は結構なケガを負うかもしれねえな~」
 リーダー格の少年が笑う。照美が抗議する。
「あなたたち! やりすぎよ!」
「売られたケンカを買ったまでっすよ……空のなんちゃらなら余裕でしょう?」
「ど、どうするつもり⁉」
「とりあえずこの吹き続ける風が急に止まったら……どうなりますかね?」
「なっ⁉ 馬鹿な真似は止めなさい!」
「能力者ならどうにかするでしょ? おい、お前ら!」
「ああ!」
「へへっ……」
 リーダー格の少年の号令に従い、全員がかざしていた右手を下ろす。強く吹いていた風がピタッと止まり、日光が落下を始める。
「む……」
「日光君! 危ないわ!」
「ふん、この程度造作もない!」
「え⁉」
「な、なんだ⁉」
 照美と少年たちが驚く。校舎に対して90度の体勢になった日光が、勢いよく校舎を駆け下り始めたからである。
「あ、あれも能力⁉」
「い、いいや、どうせハッタリに決まっている!」
「ハッタリかどうかはこれで判断しろ!」
「日光君! 何か策が……!」
「と、止まらん~!」
 日光の情けない叫び声に照美はガクッとなる。リーダー格の少年は笑う。
「はははっ! 自分から地面に直撃しにいってりゃ世話無いぜ!」
「に、日光君! せめて受け身の体勢を!」
「必要ない!」
「必要ないって!」
「何故ならば!」
「がはっ……⁉」
「ぐはっ……⁉」
 次の瞬間、日光の両足が少年たちの顔面にピンポイントに着地した。
「ちょうどいい着地地点があったものでな……」
「なっ……どうやったんだ⁉」
リーダー格の少年が驚きをあらわにする。日光が髪をかき上げながら答える。
「駆け下りる校舎を助走代わりにして、この片翼の翼で羽ばたいたまでだ……」
「そ、そんな……!」
「俺の能力の練度などにもよるが、2秒もあれば、結構な距離を飛行することが出来る……」
「む……」
「ぐ、ぐう……!」
「む、むう……!」
「お前ら!」
 哀れ日光に顔面を踏まれた二人の少年はその場に崩れ落ちた。あらためて地面に降り立った日光がリーダー格の少年の方に振り返る。
「『非行少年二人、飛行少年に恰好の踏み台にされる』……この学園に新聞部があるかどうかは知らんが、なかなか良い見出しになるんじゃないか?」
「ナメた口を利くんじゃねえ! そんなに飛びたきゃいくらでも飛ばしてやるよ!」
 リーダー格の少年が両手をかざす。強い風が日光に吹き付け、日光の体が再び持ち上がる。
「うおっと⁉ これは……ちょっとマズいな……おい友達!」
「え? わ、私のこと⁉」
 日光の呼びかけに対し、照美が驚く。
「他に誰がいる⁉ お前も能力者なんだろう! 助力をお願いしたい!」
「え~……」
「いや、え~じゃなくて!」
「分かったわよ! え、えっと……『なんとかなれンゴ!』」
「は⁉」
 いきなり訳の分からないことを叫んだ照美に日光は面食らう。
「……」
 一瞬、場の空気が固まる。日光が叫ぶ。
「なんだそれは⁉」
「私だって分かんないわよ! とにかく語尾に『~ンゴ』って付けちゃう能力なのよ!」
「どういう能力だ、それは⁉」
「そんなのこっちが聞きたいわよ!」
 少し動きを止めたリーダー格の少年が気を取り直して声を上げる。
「へっ、このままどんどん持ち上げてやるぜ!」
「くっ、どうにかしろ!」
「どうにかしろって言われても!」
「ンゴ……そうか!」
「なによ⁉」
「なんかこう……あれだ! 手を掲げてみろ!」
「ええ……? こ、こう? ⁉」
 照美が右手を掲げると、そこから小さな赤い気泡がポンと飛び出し、リーダー格の少年に対してスーッと飛んでいく。リーダー格の少年は噴き出す。
「ぷっ! なんだよそりゃあ……うおわっ⁉」
 気泡が当たると、リーダー格の少年は小さな炎に包まれる。少年だけでなく照美も驚く。
「な、なにこれ⁉」
「思った通りだ! ンゴというのは……『炎上』する能力のスイッチのようなものだ!」
「ええ⁉」
「うおお、熱い! 燃える!」
「きゃっ!」
 少年は慌てて上下とも服を脱ぎ捨てる。照美は目を逸らす。少年の服こそ燃えたが、体の方は無事であった。少年が首を傾げる。
「な、なんだ……?」
「隙あり!」
「え⁉」
 日光の叫び声に少年と照美は上を見上げる。すると、日光が不安定な体勢で落下してくるのが見える。少年が笑う。
「お前の方が隙だらけだろう! そんな体勢でどうする⁉」
「に、日光君! 受け身を!」
「必要ない!」
「ええっ⁉」
「宙二秒!」
「がはっ⁉」
 地面に直撃しそうになった日光は体勢を立て直したかと思うと、地面すれすれに飛行し、少年の足を払って倒してみせる。その後、日光はサッと着地してみせた。
「どうだ! 二秒も飛べれば、こういうことも出来るのだ!」
「ぐっ……」
 少年が立ち上がろうとする。
「まだやるか!」
「あ、当たり前だ、ナメられたままで終われるかよ……」
「そうか……よし、シャツとパンツも燃やして差し上げろ」
「わ、分かったわ。気が進まないけど……」
 日光の指示に応じ、照美が右手を少年に向ける。少年は舌打ちする。
「ちっ! お、おい、お前ら! 起きろ!」
 少年は慌てて、倒れていた仲間たちを起こす。
「ん……あ、あれ……お、お前なんだその恰好は⁉」
「なにがどうなったんだよ⁉」
「そんなことはどうでもいい! この場は引き上げるぞ!」
「あ、ああ……」
「わ、分かった……」
 少年たちはその場から駆け去っていく。日光が笑う。
「ははっ、他愛のない!」
「どうしよう……」
 照美が頭を抱える。日光が首を傾げる。
「どうかしたか?」
「いや、成り行き上とはいえ、ケンカ沙汰を起こして、しかも、人の制服を燃やしてしまうだなんて……私ったらとんでもないことを……」
「成り行き上と自分でも言っているだろう。非は明らかに向こうの方が大きいと思うぞ」
「とはいっても、職員室に駆け込まれたら……」
「その心配はないだろう」
「な、なんでそんなことが言い切れるの?」
「お前の話では、この校舎……B組の連中は相当蔑まれているのだろう。そんなB組の連中にやられたと喧伝しては自ら恥をまき散らすようなものだ。だから心配はいらん」
「そ、そういうものかしら?」
「そういうものだ」
 照美の問いに日光が頷く。
「そ、それにしても、私にあんな能力が備わっていただなんて……」
「気がつかないでンゴンゴ連呼していたのか?」
「連呼はしていないわよ。恥ずかしいでしょ」
「そうか」
「しかし、火を発するとは……自分で言うのもなんだけど、これは結構な能力なんじゃ……」
「能力の練度がまだまだ、そもそも火の勢い自体も不十分……せいぜい『プチ炎上』くらいのものだと思うが、見事なまでの微能力だな」
「水を差さないでよ!」
 淡々と分析して笑う日光に照美が噛みつく。
「あ、あの……どうもありがとうございました」
 少年たちに絡まれていた小柄な少年がお礼を言ってきた。日光が手を振る。
「別に大したことではない、気にするな」
「そ、そうですか……」
「また絡まれないように気を付けるんだな」
「そ、そのことですが、僕はもうこの学園を辞めようかなと……」
「なに?」
「中等部からずっとこの調子で、もう疲れました……」
「高等部に上がったばかりなのに、もったいないわよ」
「でも……ああいう連中に絡まれるんですよ。毎度のことではないですけど……なんでここまで劣等感を抱えて学園生活を送らなきゃいけないんですか?」
「そ、それは……」
 少年の問いに対し、照美が答えに詰まる。少年はため息をつく。
「はあ……職員室に行ってきます」
「ま、待って! この学園を卒業すると、進学・就職に有利なのよ!」
「……それっていわゆる優秀な人たちの話でしょう? この校舎に通うB組の生徒たち……“落ちこぼれ”にはほとんど関係ないですよ……」
「む、むう……」
「……少年よ」
 腕を組んで黙っていた日光が口を開く。
「は、はい……」
「俺に任せろ……」
「え?」
「俺がこの学園に来たからには、これ以上B組を落ちこぼれとは言わせん……むしろ“最高の連中”にしてみせる! 俺を信じろ!」
「! は、はい!」
 少年は日光の迫力に圧され、頷いてその場を去る。照美が首を傾げつつ小声で呟く。
「そ、そんなこと出来るのかしら……?」


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