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エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(1)
お祭りというものを初めて見た。
真綿のように街道の端に押し詰められた食品や雑貨を売る数え切れないほどの露店。
笑いを取る道化師や大道芸。
ひしめき合い、笑い合い、歓声を送る老若男女、多種族多様な大勢の人々。
街中に飾られた花々や見目麗しい男女の描かれた旗やポスター。
そして私からは見えないが王国の第二王子と帝国の姫君を乗せたと思われている金銀に彩られたトマトのような形の豪奢な馬車が6頭の白馬に引かれ、護衛の騎士とメドレーの戦士達に守られながら声援と熱気を浴びて王宮に向かって進んでいる。
そのどれもが私に取っては初めての体験でこんな時でなかったらあの時のデートのように全てが輝いて見えた事だろう。
そんな事を考えながら小さな小窓から外を眺めていると私の手の上にもふっとした温かい感触が乗る。
私の隣に座る大きな銀色のハットに仕立ての良いタキシードを来たプリンスが私の耳に唇を近づけて囁く。
「再来月に小さなお祭りがあるから一緒に行こう・・ね」
語尾を詰まらせながらプリンスは言う。
私は、驚いて大きく瞬きする。
何で私の考えてる事が分かったんだろう?
プリンスは、唇を釣り上げて笑うと反対側にある小窓から外に向かって手を振る。
私とプリンスは、小さく揺れる豪奢な入れ物の中で肩を寄せ合って座っていた。
赤いクッションの効いたソファーはとても柔らかく、換気も行き届いているので空間としては快適なのだがこれから起きるであろう事を考えると自然と身構えてしまう。
こんなに緊張するのは子どもの時に初めて戦場に立った時以来だ。
特に今回は今までとはまるで違う。
下手をしたら私の命だけでなく・・。
とんとんっとプリンスが私の肩を叩く。
「そんな固いしちゃダメ・・だよ。怪しませる・・よ。手を振っ・・てね」
相変わらず語尾を言いづらそうにしながらプリンスが笑いかける。
優しいな。
私は、小さく頷き、頭に乗せた煌びやかなティアラを小窓のどの角度からでも覗けるように見せつけ、白いシルクの手袋に包まれた手で窓の外に向かって手を振る。
すると小さな女の子と目が合い、大きく手を振ってくれた。
それだけではない。それに続いて何人もの人たちが私に向かって大きく手を振ってくれた。
幸せそうな笑みを浮かべて。
みんな喜んでいるんだ。
戦争が終わったこと。
幸せな時代が訪れた事を。
私達がずっとずっと目指していた平和がここにあるんだ。
私は、ぎゅっと唇を噛み締めて手を振った。
それは突然に起きた。
入れ物の揺れが止まる。
薄い壁の向こうで恐怖が膨れ上がるのを感じる。
プリンスもそれを感じたのか表情に緊張が走る。
今度は、私がプリンスの手を握る。
「大丈夫です」
私は、プリンスを安心させるように力強く言う。
「私が貴方を守ります」
私の言葉にプリンスはぐっと唇を固く結んで頷く。
私は、全身の感覚を研ぎ澄ませ、小窓から外の様子を見た。
第二王子と帝国の姫君を乗せたと思われている馬車の前に白と黒の水玉模様の首筋に青色の魔印が輝く巨大な犬が立ちはだかる。
マナだ。
マナの頭の上には黒いフードを被った魔法騎士ヌエが悠然と立ち、左腕には青色に光る魔印が描かれている。
馬車を守っていた騎士とメドレーが武器を手に取り、マナとヌエを取り囲む。
国民達は歓声を悲鳴に変えて逃げ惑う。
ヌエとマナは、騎士とメドレー達に取り囲まれているにも関わらず何事もないかのように馬車を見る。
「リヒト王子・・・そしてユキハナ姫」
ヌエは、左手を掲げる。
魔印が青く激しく輝き、マナの首の魔印が呼応する。
「うぐっ⁉︎」
マナ達を取り囲む騎士とメドレーの数名が苦鳴を上げる。
逃げ惑う国民も足を止め、その場に膝を付いて苦しみ出す。
「貴方達の下らない我儘のせいで国の為に命を捧げてきた騎士達が苦渋と凄惨を舐めさせられ、英霊達が蔑ろにされた」
パンっと音と爆竹の弾けるような音が街中に響き渡る。
騎士鎧、板金鎧が弾け、騎士、戦士達が青黒く膨れ上がった鬼へと変貌していく。
その感染は止まる事を知らず国民達も次々と鬼へと変貌し、家族、友人、隣人が化け物に変身したことへの驚愕と恐怖の声がは響き渡る。
感染を免れたメドレー達は、仲間であった鬼に襲われ蹂躙され、他の鬼達は逃げ惑い、恐怖に震える国民達には目もくれずに馬車へと向かっていく。
マナもヌエを乗せたまま争う鬼とメドレー達を横目に馬車へと歩んでいく。
「配下と国民達が苦しみ、泣き叫んでいるのに貴方達は出てこないんですか?」
ヌエは、馬車に向けて侮蔑の言葉を投げかける。
鬼達が馬車を取り囲んで激しく揺らす。
馬車は、起き上がり小法師のように左右に大きく傾き、軋み、ひしゃげ、装飾品が崩れ落ちていく。
馬達は、オーガに震え、いつの間にか御者も逃げ出していた。
「所詮はおままごと。貴様らには何の覚悟もなかったのだ」
ヌエの魔印が輝きを増す。
マナの首の魔印も激しく輝く。
「潰れろ!」
鬼達は拳を振り上げ、マナが大きな顎を開いて馬車を破壊しようする。
その時だ。
マナが、鬼が触れる前に豪奢な馬車は爆発するように破壊される。
しかも外側からでなく内側から。
瓦礫のように飛散した馬車の中から出てきたのは銀色のハットとタキシードに身を包んだプリンスと白いドレスの上に板金鎧を纏い、大鉈を天高く垂直に構えた金のティアラを頭に乗せた私であった。
ヌエのフードの下から驚愕が発せられ、その動揺がマナを通して鬼達に伝わる。
プリンスは、瓦解した馬車の床に尻餅を付く。
「びっびっくりしたにゃあ」
巣に戻った声と共に銀のハットが落ち、可愛らしい茶トラ猫の獣人の顔が現れる。
「エガオちゃん心臓に悪いにゃ」
プリンス・・・チャコが青ざめた表情で私を見上げる。
「ごめんなさい」
私は、目線だけをチャコに向けて謝る。
「貴様・・・何故・・・」
ヌエは、震えた声でフード越しに私を睨む。
「お二人にはパレードの時間の延期と言うことでご納得いただいたの。姫様は相当渋ったみたいだけど王子様が止めてくれたみたい」
私は、大鉈を回転させて四方に振り回して鬼達を威嚇する。
獣の本能だけを残した鬼達は回転する大鉈から巻き起こる風圧と風を切る音に怯えて後退する。
私は、大鉈の動きを止めて切先をヌエに向ける。
「虚栄心の強い貴方のことだから絶対に2人の凱旋するパレードを狙うと思ったから罠を張らせてもらいました」
私は、水色の目を細め、ヌエを見据える。
「ヌエ、王国及び帝国への叛逆の罪で貴方を倒します。覚悟を」
ヌエが悔しそうに音を上げて歯軋りする。
その足元でマナが小さく唸り声を上げる。
チャコが頬を赤らめて「エガオちゃんカッコいいにゃあ」と呟く。
ヌエの口から歯軋りが止まる。そして次に飛び出したのは高らかな哄笑だった。
「何を言うかと思えば・・・」
ヌエが左腕を翳す。
「私がこの場に出てきたのはコソコソ隠れる必要なんてないからだ」
左腕の魔印が光る。
マナの首の魔印も呼応する。
私に怯えていた鬼達の表情が獰猛な獣に変わる。
それだけでなく、街の至る所から青黒い鬼達が死人のような足取りで近寄ってくる。
「もうこの街は私と女王のものなのだから」
チャコが怯えた目で近寄ってくる鬼を見る。
私は、じっとヌエとマナを睨む。
「それに貴方はこう考えたことはなかったですか?」
ヌエは、左腕を私に向けて翳す。
心臓が大きく跳ね上がる。
「自分も感染してるのではないか、と」
全身を血液が駆け巡る感覚が襲う。
「エガオちゃん!」
チャコが悲鳴を上げる。
「女王も喜んでますよ」
ヌエは、爪先でマナの頭を撫でる。
「貴方が一緒に来てくれる事を」
魔印の輝きが増す。
マナの首筋が輝き、吠える。
全身の血液が加速し、筋肉が破裂しそうに痛む。
「はあ」
私は、大きく息を吐く。
全身に血とは違うものが岩を伝う水のように流れていくイメージを作る。
水のよう何かが全身に染み渡り、暴走する血と筋肉を絡め、その熱を奪っていく。
血の流れが緩やかになり、筋肉は静まる。
私は、再び大きく息を吐いて身体中の力を抜く。
フードに隠れたヌエの表情に動揺が走ったのが分かる。
「な・・どう言う・・」
「鬼には凶獣病の特効薬は効かない。それは菌が魔印の力で進化したから。それなら身体中の気を巡らせて菌を弾く抗体を作ればいいだけの話し。つまり・・」
私は、ヌエを見据える。
「貴方の力なんて大したことはないってことです」
ここで皮肉っぽく笑えればいいのかもしれないが私は無表情にヌエを見据えるだけだ。
そしてそれはヌエを刺激するには十分であった。
「黙れえ!」
ヌエの猛りに左腕の魔印が呼応する。
マナの口から苦鳴が漏れる。
鬼達が私とチャコのいる馬車を取り囲み今にも襲い掛かろうとする。
私は、大鉈を胸元に引き寄せて構える。
「腑抜けな貴様には所詮こいつらは殺せない。守ってきた馬鹿どもに殺されろ!」
鬼達の目が胡乱に輝き、私に襲い掛かろうとする。
チャコが怯えた身を縮こませる。
私は、大鉈を頭上高く構える。
あの男の言うことは正しい。
私に鬼達の命を奪うことは出来ない。
しかし・・・。
「エガオちゃーん!」
遠くから私を呼ぶ声がする。
空気を割いて私に向かって茶色く、丸いものが飛んでくる。
私は、大鉈の切先でその丸いものを切り裂く。
丸いものは軽い音を立てた真っ二つに割れる。
その中から濃厚な甘い香りの漂う黄金色のドロっとした液体が溢れ、大鉈の刃を包む。
よしっ!
私は、黄金色の液体が付着した大鉈の刃を返し、そのまま鬼達に向けて横薙する。
一体の鬼が吹き飛び、それに巻き込まれる形で数体の鬼にぶつかり、建物の壁に叩きつけられる。
そして・・・。
べったりと黄金色の液体が付着した鬼達は壁に張り付いたまま動けなくなる。
さすがかつて狩猟にも使われたと言う赤目蜂の蜂蜜、効果絶大だ。
ヌエの口から驚愕の呻きが漏れる。
「やったあ!」
私達から離れた建物の屋根の上で3人の少女、木剣を携えたイリーナ、サヤ、そしてディナが歓喜の大声を上げている。
「大成功!」
イリーナが木剣を天高く掲げる。
「これが・・!」
サヤがうーんっと手足を縮こませてしゃがみ、それに3人も続く。
「エガオちゃんのー!」
ディナが声を溜める。
「ハニートラッープ!」
両手両足で星の形を作って大きく飛び跳ねる。
そして3人は嬉々とした叫び声を上げてお互いの手を叩き合う。
チャコも我参加したいとばかりに飛び跳ねる。
私は、思わず頬を赤らめて目を反らし、顔で手を覆う。
もう・・・恥ずかしいからやめて・・。
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