半竜の心臓 第7話 鉄の竜(4)
アメノが静かに地面に降り立つ。
猛禽類のような目が落ちた暗黒竜の王の首を見据える。
「な・・何故・・だ?」
落ちた暗黒竜の王の首の顎が動き、声を発する。
胴体は、土の巨人の壁に全身を絡まれたまま彫像のように立っている。
その気味の悪さにリンツは露骨に顔を顰める。
「核の心臓が胴体にあるから首を斬ったくらいじゃ死なないっすね」
暗黒竜の王の首がアメノを睨む。
「我の身体に刃は通じな・・い。あの人間種はそう言って・・た。なのに・・なっ」
暗黒竜の王の首は絶句する。
アメノの右手に握られた物を見て。
それは鞘に納められたままの刀であった。
「刃で斬れないなら他の物で斬ればいい。それだけだ」
アメノは、白い髪に絡まった葉をウザそうに取りながら言う。
暗黒竜の王の無機質な目に絶望が浮かぶ。
「うまく言ったすね」
リンツは、アメノの横に立つと少し翳りのある笑みを浮かべる。
アメノが暗黒竜の王に吹き飛ばされた直後、すぐさまリンツは戦闘状況の把握を開始した。
敵に吹き飛ばされた程度でアメノに何かあるとは思わない。むしろ刃の聞かない相手への情報を正確に掴む必要がある。
その為にリンツはロシェが酷い事をされても敢えて何もせず、状況と分析把握をした。
敵が意思を持ったゴーレムであること。
竜の心臓を持ち、性能も竜そのものであり、ロシェでなくても感じられる精製された石油の臭いから火くらいなら吹けるであろうこと。
装甲が硬く、アメノ以外では破壊するのは困難なこと。
そして刃無効化以外は施されていないこと。
そしてリンツは作戦を立て、アメノに伝えたのだ。
勝つ為の作戦を。
「お前の声は騒がしい」
アメノは、左耳に手を当てると綿毛のよつな2枚羽の小さな蝶をつまみ取る。
本来なら蜜を啜る部分の口の部分がリンツに似た唇の形になっている。
口移し蝶と言う遠く離れた相手に伝令や情報を伝える魔法だ。
短時間の間に3つの魔法を間髪入れずに行使し、尚且つ勝つ為の最善の戦略を立てる。
リンツの魔法使いのとしての素質と優秀さが伺える。
「ロシェには悪いことしたっす」
リンツは、申し訳なさそうに傷は癒えたもののダメージの回復せず、地面に座り込むロシェを見る。
アメノは、小さく息を吐く。
「状況が状況だ。後で飯でも奢ってやれ」
「今回の報酬が尽きるっすね」
保護施設での食べっぷりを思い出し、リンツは肩を竦める。
アメノとリンツは、暗黒竜の王の首に近寄る。
暗黒竜の王は、無機質な赤い目に憎悪を込めて2人を睨む。
アメノは、鞘に納まったままの刀の先端を暗黒竜の首に向ける。
「お前をゴーレムにしたのは誰だ?」
「・・・知らん」
暗黒竜の王が憎々しげに答えた瞬間、鞘の先端が暗黒竜の王の胴体を貫く。
鞘に赤黒い血が伝い、暗黒竜の王の口から絶叫が漏れる。
首を斬られても何も感じないが、心臓には生々しく痛覚が残っているようだ。
「端っこを削っただけだ」
アメノは、暗黒竜の王の胴体から刀を抜くと、今度は胸の真ん中に鞘の先を当てる。
「今度は、真ん中を穿つ」
アメノの猛禽類のような赤い目がきつく細まる。
「どうせ喋ろうが殺すんだろうが⁉︎」
アメノは、首を横に振る。
「お前は今回の事件のキーだ。協力すれば命は奪わん。俺の仲間の魔法使いに引き渡す」
アメノは、鞘の先端で暗黒竜の王の胸をコンッと叩く。
「喋らないならこれで終いだ」
暗黒竜の王は、悔しげに顎を噛み締める。
「さっきも言ったが・・俺は何も知らねえ」
暗黒竜の王は、呻くように話す。
「気がついたらこんな身体にされてた。そこにいた人間ののことも何も知らねえ」
「気がついたことぐらいはあるだろう?」
アメノは、冷淡に言い、鞘の先端で暗黒竜の王の胸をコンコンッ叩く。
「・・・実験・・」
暗黒竜の王は、吐き出すように言う。
「実験?」
リンツが首を傾げる。
「あの人間が言ったんだ。"これは崇高な実験です。これがうまくいけばもう一度あの人に会える"・・とか訳のわからねえ事を抜かしてやがった」
「会える・・?」
アメノは、小さく呟く。
「あの人に・・?」
アメノの猛禽類のような目が揺れる。
「我が知ってるのは・・これだけだ。後は我以外にもたくさんのこの身体が並んでいて、移植用の心臓がガラスの筒の中に浮かんでた」
「大量の・・ゴーレム?」
ヘーゼルがロシェに身体を支えられながら起きる。
「まさか・・・魔王崇拝者達による実験?」
「てことは・・あの人って言うのは魔王?」
リンツの表情が青ざめる。
アメノは、猛禽類のような目を細める。
「知ってるのはそれだけか?」
「ああっ・・そうだ」
暗黒竜の王は、無機質な赤い目でアメノを睨む。
アメノは、小さく息を吐いて刀を下ろす。
暗黒竜の王の目からホッとしたような安堵が表れる。
しかし、次の瞬間、アメノの右手が閃光となり、暗黒竜の王の両手と両足と翼を鞘に納めたまま切り落とされる。
暗黒竜の王の目が驚愕に震える。
「油断したところを襲われても面白くないのからな」
アメノは、切り落とした手足を蹴り上げて崖の下に落とす。
「お前があの娘にしたことを少しでも味わえ」
アメノの言葉にロシェの目が大きく震え、枷のような大きな傷跡のある手首に触れる。
「リンツ。伝令を頼めるか?魔術学院に輸送の依頼を」
アメノが言うとリンツは顔を顰める。
「私の話しなんて聞いてくれるっすかね?」
「俺の名を出せば平気だろう」
「それもそうすっね」
リンツは、頷くと樫の木の杖を構えて詠唱を始めようとした。
刹那。
グギャッ。
暗黒竜の王の首から短い苦鳴が上がる。
アメノとリンツは、同時に首を見る。
無機質な赤い目から光が消えている。
「臭いが・・」
ロシェが座ったまま口を開く。
「竜の臭いが消えました」
アメノはら猛禽類のような目を大きく開き、地面に転がっている竜の胴体に近づき、鞘を振るって胸を切り裂く。
鋼鉄の胸の板が剥がれ落ちる。
赤い血溜まりが溢れ、2人の足元を濡らす。
血が流れ尽きると現れたのは虚無の空間。
ガランドウであった。
アメノとリンツがお互いの顔を見合わせる。
「どうなってる?」
アメノは、猛禽類のような目をきつく細める。
リンツは、ガランドウの胸の中を覗き込むとその奥に小さな魔法陣が描かれているのに気づく。
「輸送」
リンツは、唇を噛み締める。
「どうやら私達も実験の一部だったみたいっすね」
リンツの言葉にヘーゼルは目を震わせる。
アメノは、唇を小さく歪ませる。
ロシェは、嘘のように静まり返った焦げ臭い光景をただただ見ていることしか出来なかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?