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生徒手帳のシーウィー 6

そう言って東海林さんはまたしても貸し出しカウンターひきだしから透明な小物入れを持って彼の元に戻ってきた。そしてその透明の小物を町田くんの頭に投げつけた。軽い金属音がして金色の画鋲が彼の周囲にばらまかれた。

「反省してなさい」

東海林さんが冷たく言い放つ。爪先立ちした足元にも画鋲がみっしり落ちている。

「ふふ、良い眺めね」

東海林さんは彼の惨めな肢体を見下ろして満足げにつぶやいた。

「お願い、お願いだから、画鋲をどけて……お願いします」

町田くんが懇願する。それはそうだ。画鋲なんて身体に刺さったらと思うと痛いなんてものじゃないだろう。

「なんでよ」

「だって、こんなの痛い……」

「ふふふ、当たり前じゃない。そりゃあ痛いでしょうね。でも動かなければいいのよ、その場でじっとしていれば痛くないわ」

そう言って東海林さんは町田くんの足元まで歩み寄った。東海林さんは上履きを履いているので画鋲が落ちていようがまったく関係がなかった。そうして彼の頭を少し押す。

「だめ、だめだめっ、やめてよ」

「んふふふふ」

東海林さんは心底楽しそうに笑っている。そしてその笑顔は寒気を覚えるほど妖艶だった。

「ふふふふ、ははははは。ま、自分でどうにかすれば? わたしは帰るから」

そう言って、東海林さんは鞄を持って図書室を出ようとする。

「待って、待ってよ、えりさ、こんなの、助けてよ。お願い」

「えー、どうしようかしら」

「頼む、なんでもするからっ。お願いします」

「だから、あなたは何度言えば分かるのかしら? いつまで人間のつもりでいるのよ?」

東海林さんはそれだけ言って図書室を後にした。

久方ぶりの静寂が戻ってきた。わたしは日常の崩壊を目撃してしまった。強固で清潔で退屈な日常はたった一人の悪意と悪戯心によってかくも簡単に崩れ去ってしまうものなのだろうか。

いったいこの行為が意味することはなんだ? こんなことに何の意味がある? なんで町田くんは東海林さんの行為を甘んじて受け入れている?どうして東海林さんは町田くんにこんな酷いことをしているの?町田くんは今もチンチンの体勢を続けていた。爪先立ちをしている彼は足がぷるぷると震えていていつ限界が来てもおかしくはなかった。足裏が着地する場所にも画鋲の針先は天を向いていた。

わたしは東海林さんの悪行を止めるべきだったのだろうか。まだ遅くはない。わたしはこの覗き見を今すぐやめて準備室のドアを開けて町田くんのもとにいってその画鋲をどけてやることができる。だけど、わたしはあの部屋に入ってはいけないような気がした。決してわたしの存在を知られてはならない気がした。わたしはここから逃げ出したい。

彼がついに耐えきれなくなって画鋲の上に倒れ込み声にならない叫び声が今でもべっとりと鼓膜に貼り付いている気がする。



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