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シェアリングで新しい旅のモデルをつくる――「天草~南島原周遊旅行活性化プロジェクト」始動

コロナ禍の静けさから一変して今年の夏は観光地がにぎわいを見せている。都市から地方へと人の流れをつくる観光施策の中でも着地型の周遊旅行は地域経済の循環を生むと期待されるが、「住んでよし、訪れてよし」(※)を実現するには新しい視点が求められる。7月に発足した「天草~南島原周遊旅行活性化プロジェクト」の取り組みから、そのヒントを探る。

「車泊」を主軸に九州西側の周遊旅行を活性化

熊本県・天草諸島最大の島である下島(しもしま)と長崎県南島原市は、船に乗って30分で行き来できる距離にある。このエリアをターゲットに、九州西側の周遊ルートを可視化し、次世代の旅の在り方を地域全体で探ろうと発足したのが「天草~南島原周遊旅行活性化プロジェクト」だ。

マネジメントを担当するトラストパークは2016年の熊本地震で車中泊が注目されたことをきっかけに「車泊(くるまはく)」事業を推進。公共施設などの駐車スペースを滞在先として活用し、車で訪れる旅行客に電源を提供するサービスを「シェアリングエコノミー型DX事業モデル」として2017年に開始した。2023年6月現在、62地域で提供しており、今年4月からは熊本県天草市に車泊スポットをオープンさせた。

天草市では天然温泉のある「愛夢里」や、「道の駅有明 リップルランド」、かかしの数が宮地岳町の人口よりも多いというユニークな町おこしの拠点「道の駅 宮地岳かかしの里」に車泊スポットをオープン。今後も南島原市や苓北町に増やす計画。モニターツアーではスマホを使ったGPSスタンプラリーがあり、周遊の特典を用意している。(画像:トラストパーク)

キャンピングカーのシェアサービスをワンウェイ方式で提供

天草や島原は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産となったことでも知られる有名観光地だが、そのほかにも歴史文化施設、自然公園、キャンプ場、イルカウオッチング発着地、海水浴場など多彩な観光資源が広域に点在しており、車が不可欠だ。

一方で天草の下島に行くには、熊本方面から天草五橋を渡って入る陸の道、天草エアラインの飛行機で福岡空港や熊本空港から入る空の道、前述した長崎や鹿児島から船で渡る海の道があり、多様な移動手段がある。

今回のプロジェクトでは、関西や福岡などから来るツーリストを見込み、現地のレンタカー会社と連携してキャンピングカーを貸し出す実験も行う。その際、例えば天草に着いたら借りて福岡空港で返すといったことができるため、行き帰りのモビリティ手段を変えるワンウェイ方式のカーシェアリングが実現する。

プロジェクト用に仕様をカスタマイズしたキャンピングカーを提供するのは、オーバーカムだ。
「キャンピンクカーの楽しさをもっと多くの人に知っていただきたい。これまで使ったことがない人にも、この機会に楽しんでいただけるよう、初心者向けの使い方などを発信していきたいと考えています」(オーバーカムの牛島博臣氏)

キャンピングカーはトヨタのレガード(写真)と日産のキャラバンを用意している。自転車などを乗せてモビリティを増やせば目的地までのラストワンマイルの可能性が広がる。オーバーカムは博多駅や天草空港など人流の多い場所をキャンピングカーの発信拠点にしていきたいと考えている。

地域の暮らしや文化を五感で味わう体験を

空から陸、海から陸など「モビリティチェンジ」をスムーズに行うことで人の流れが加速すれば、都市部の人と田舎に暮らす人たちとの間で交流が生まれ、経済も循環する。天草の地域コンテンツを開発するシマノタネの木下真弓氏によると、天草西海岸だけでも観光資源は30以上あるが、このエリアは過疎と高齢化が進んでいるため、観光だけではなく、食の力を支える一次産業の存続も課題の一つになっているという。

「この地域は九州の旅や暮らしのハブとしての役割を担える立地。海の道を改めて可視化し、それが九州全体の周遊旅行につながって域内の経済循環を生み、天草の沿岸域と中山間地の持続可能性を探ることが自分自身にとってのプロジェクトの目標です」(木下氏)

現在、地域のいくつかの要素を組み合わせて、島の暮らしや文化を五感で味わうアドベンチャーツーリズムの企画にも取り組んでいる。

地域の事業者や住民と連携して開発中の、天草西海岸の体験コンテンツの一例。森や海の自然体験や食の魅力を組み合わせたサービスを展開。(画像:シマノタネ)

みんなで作るデジタルマップと、地域UIの向上

「暮らすように旅をする」ことがトレンドになり、旅行ニーズが多様化した現在、「訪れる人にとって価値があるのは観光と生活の中間に位置する情報だが、この生活寄りの情報がまだ十分に発信されていない」と語るのは、本プロジェクトのデジタル部分を推進するロジトーイの野間英樹氏だ。

季節のイベントには何があるのか、食べ物は今、何が採れるのか、現地ではどんなふうに料理するのか。地域住民が当たり前に知っている話はツーリストにとっても価値があるが、初めて訪れる人には探しにくく、情報がなかなか届かない。

このため、歳時記など生活寄りの情報を地域住民自身が発信し、地図上に展開するみんなの「デジタルマップ」を作り上げる計画だ。情報の集約とさまざまな観光施設の予約サービスとの連携、移動プランニングを簡単にするツールの開発など、地域住民ならではの深い知見を基に旅マエ・旅ナカ・旅アトのトータルで活用できるデジタルサービスが構築できれば、“地域のユーザーインターフェース(UI)”が向上する。シェアリングの時代には、これまでの完全商業ベースとは違ったもてなしも可能だが、情報の集約と連携には「アナログなつながりが最も重要」(野間氏)である。そこで、まずはデジタルマップ作成のためのリアルなワークショップを開催することから始める予定だ。

持続可能な未来を見据えてデータを集積する

このプロジェクトには、自治体も含め約40団体が参加を表明している(2023年7月時点)。トラストパークの西岡誠氏は「車だけでなく、将来、電動モビリティや環境にやさしいEVが普及する段階ではさらに都市と田舎の格差をなくし、SDGsに貢献するサービスが展開できるかもしれない。そのための基盤を整えておきたい」と、まずはプロジェクト第1期の3年間でデータを集積し、PDCAを回して「訪れる人と迎える人にとって心地よいもてなしと暮らしを両立させる」ことを目指して活動していく。

モニターツアーはすでに募集を開始している。前述したキャンピングカーの貸し出しと天草エアラインの連携に関しても、間もなく発表される予定だ。

※「住んでよし、訪れてよし」
観光庁、「観光立国推進基本計画」、2023年3月31日https://www.mlit.go.jp/common/001299664.pdf

取材・文:錦戸陽子
インプレス・サステナブルラボ主席研究員、タテグミ代表。『インターネット白書』と『SDGs白書』の編集を担当。天草でリモートワークをしながらUターンライフを満喫中。

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