日記

100

【日記/100】あ、100記事目だ!

noteのマガジン機能は記事を100までしか追加できないらしい。そのため、2015年の年末からぼちぼちと書いてきたこの「日記」という名の駄文マガジンも、ここで一度一区切りとなる。

というわけで、今回は今まで書いた99の駄文の中から、☆をたくさんつけてもらったものを順番に10個掘り起こし、100記事目の記念としたい(ただし、「これは明らかにnoteバブルの影響だろうな〜」と思われる2016年初頭の

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【日記/99】ラ・カンパネラの思い出

大学の同級生で、ミカコちゃん(仮名)という女の子がいた。

ミカコちゃんはいつも、ピンクのチークを頰にぐりぐり塗って、髪の毛をふわんふわんに巻いて、フリルがたっぷりのピンクか白のワンピースを着ていた。色素が薄くて、肌が真っ白だった。

「あと一歩でロリータになりそうな森ガール」とでもいえばいいのだろうか。

何だそれという感じだが、いや、やっぱりミカコちゃんはミカコちゃんひとりで「ミカコちゃん」と

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【日記/98】大食漢への止められない憧れ

コンプレックスは数え切れないくらいあるけれど、私にとってそのうちの1つは、少食なことである。どれくらいコンプレックスかというと、好きな男性のタイプが「あんまり量を食べない人」だったりするくらいには、重く受け止めている(一緒にいる人がすごく美味しそうにいっぱい食べる人だと、なんか損してる気分になる)。

しかも、私の場合は少食な上、料理の味がほとんどわからないバカ舌と来ており、さらにいうと酒も一滴も

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Grazie☆
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【日記/97】「そのままのあなたを好きになってくれる人は必ずいる」を言い換えると

「そのままのあなたを好きになってくれる人は必ずいる」って、歯の浮くような言葉だ。

20代前半くらいの人が言っているんであれば「はいはいお花畑かわいいね」という感じであるが、20代も後半以降の人が言うと「おいおいお花畑いい加減にしろよ」と思われてしまいそうである。しかし、現在ジャスト30歳である私は、今もなお「そのままのあなたを(私を)好きになってくれる人は必ずいる」と思い続けている。

ここで問

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Děkuji!
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【日記/96】裸体カレーとノーパンしゃぶしゃぶ

あれは、まだ若かりし20代前半の頃。部屋で彼氏とテレビを見ていたら、どういう流れだったのかはさっぱり忘れたが、画面に躍り出てきたのは「ノーパンしゃぶしゃぶ」なる卑猥な文字列であった。私は首をかしげる。

「しゃぶしゃぶ食べるときは、しゃぶしゃぶに集中したくない? ノーパンのお姉さんと遊びたいときは、ノーパンのお姉さんに集中したくない? しゃぶしゃぶ食べてる横にノーパンのお姉さんがいたら、なんか不衛

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Merci★
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【日記/95】好奇心って?

「あなたは好奇心が旺盛だ」と、昔から人に言われることが多かった。ので、なんとなく、私は自分は好奇心がそこそこ旺盛なんだと思って生きてきた。だけど、そんなことないかも、私って意外と保守的かも、と思った話を書く。

先日、「ランチや休憩でいつも同じ店を選びがちな、行動パターンが保守的な人は、早くボケるから注意」という話を聞き(読み)かじったのだが、これはもう、まんま私である。ちょっと時間が空いたからカ

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【日記/94】愛ちゃんと歩美ちゃん

噂に聞いたところによると、大学時代、「可愛い子しか入れないサークル」というのが非公式で存在していたらしい。「らしい」というのは、当然ながら私はそのようなサークルに入ることのできる資格(顔)は持っていなかったので、話に聞く程度でしか存在を認知できなかったのである。今考えても非常にバカバカしいし、入ったところでどうせタワマンで乱交パーティーとかするんだろ! 的な貧困な想像しかできないが、しかしそれはそ

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【日記/93】成人式の振袖の色

この前読んだこの記事が、けっこう面白かった。

ピンクが女の子の色になったのはいつ?

いわく、昨今では「女の子の色」として誰も疑問に思うことなく定番になっているピンク色、実は「女の子の色」としての認知が広まったのは1953年であるとのこと。時のアメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーの妻であるマミー・アイゼンハワーがピンクをお気に入りの色として着ていたのを、メディアや小売店が「ピンクは女の子の

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【日記/92】巻き込まれビリティ

私には、巻き込まれビリティがない。

巻き込まれビリティとは私の造語だが(というか造語じゃなかったらびっくりだ)、その名のとおり、周囲の状況に巻き込まれるアビリティのことである。しかし、私にはその巻き込まれビリティがないので、周囲が嵐のようにぐるぐる吹き荒れていても、一人茶柱のようにボケっと突っ立っているのである。これが本当に茶柱だったら縁起物だが、私はまったく縁起物ではないので、これではただの障

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【日記/91】私の不安シリーズ

「自分はまわりの人間とはちょっとちがうのではないか?」と感じると、多かれ少なかれ人は不安になる。もちろん思考の訓練によってその不安を減じることは可能であるが、もともと人間は集団による狩猟採集生活によって命をつないできた動物なので、群れの中で異分子になることを潜在的におそれている。それは本能のようなものと不可分なので、その性質を極端に忌み嫌う必要はない(と、私は思う)。

ところで、これまで私はno

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