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ものを書くことについて。あるいは自分語り。

縁あって、二次創作と一次創作の両方を体験しました。創作に関する色々な思いについて、近況とともに振り返ってみました。

1 ままならない人生

溢れ出る想いに突き動かされるように、久しぶりに創作を始めたのは1年と少し前。
約20年のブランク。

仕事と家庭の両立でイライラ。
結果に一喜一憂し、努力の成果も終わりも見えない不妊治療にクヨクヨ。
めまいに腰痛、続く体調不良。迫りくる更年期。

身も心もずたぼろになって迎えた40代。
少しは自分をいたわろうと、勤務形態も変え、休日を増やし、自由気ままに行きたいところにふらりと行こう、そんな矢先のコロナ流行。
どうしてこうやって、ままならないことばかりに振り回されるのだろう。

それでも、日々は続いてく。

家から出られないのであれば、いっそのこと、大好きなゲームを遊びまくってやる!の思いで、評判のいいゲームをいくつか手にいれた。

そうして、ひとつ、はまった。

とあるゲームの世界に頭のてっぺんまでどっぷりと浸かり、抜け出せなくなった。
自分の妄想だけでは飽き足らず、ネットの海に漂う感想、考察、ゲーム実況に手を出した。そこからCP名で二次創作を探すことを覚え、あっというまに二次沼にはまった。

そこにたくさんの愛があった。
作品に対する愛が。キャラに対する愛が。
そして創作者に対する愛が。
私も愛を表現したい。私も愛を返したい。

そうして。
ゲームに出会って2ヶ月後には、小説を書いていた。

こんな年齢で、二次創作なんて。自分が信じられなかった。それでも、書きたいという想いを消すことはできなかった。
最初は恐る恐る、2000字程度の小作品。SNSのアカウントもないまま、週末ごとにサイトに投稿していく。誰も見ることのない物語をぽつぽつと書きつないでいくことが、新しい生活様式の中で、日課となっていった。

2 評価をもらえたら嬉しいけれど

ある日、右上のベルに色がついた。
「あなたの作品がいいねされました」

読んでもらえた!

信じられなかった。

なんの宣伝もしていない、見知らぬ素人が書いた文章を読む人がいた。それも数行じゃない、2000~5000字のそこそこの文字数の文章を読む人が、自分以外に、いた。

素直に感動した。
飛び上がるほど嬉しかった。
そして火がついた。調子に乗った。

妄想は多いに膨らみ、徐々に話は長くなり、9000、10000、20000、飛躍的に文字数は増えていく。

それと同時に。

SNSを始めたら、もっと多くの人に見てもらえるんじゃないか。
そんな幻想を抱いて、人生初のTwitterアカウントを作り、同じ「ジャンル」の人と繋がってみた。
こんなの書きました!と載せたら、初顔を喜んで受け入れてくれた。
たくさんのいいねとコメント。
同志が増えたと喜ぶフォロワーさん。

そうして、私は勘違いした。

自分の作品が喜ばれているのだと。
でも、それだけじゃ、なかった。
沼にいる人は、新顔さんが好きなのだ。ご新規さんの新鮮な喜びの悲鳴を見聞きするのが嬉しいのだ。
仲間が増えるのが嬉しいのだ。
(もちろん、私の作品を気に入ってくださった方もいたと思う。でも、過去に二次創作にほとんど触れたことのない私には、その区別をつけることはできなかった)

調子に乗って、次々と話を書いては投稿し、反応を待った。そうしてSNSと投稿サイトにはりつく時間が増えた。

比例して、緊張と不安が増していった。
次はどうだろう、喜んでもらえるだろうか、皆さん読んでくれるだろうか、感想を書いてくれるだろうか。

そのうちに、ネタかぶり、の話題がSNSにのぼった。同じ頃、原作を無視した設定の創作に対する非難の声が話題となった。

 ネタをパクるな。
 あのキャラはそんな言動はしない。
 時代考証をちゃんとして。
 パロディは一次でやれ。

調子に乗るなよ、がつんと頭を殴られた気がした。

私に向けられた言葉じゃないと、頭のなかで否定はしても、不安はぬぐえない。作品公開と同じタイミングでそれらの話題がのぼり、フォロワーさんが活動を休止したり、鍵をかけたり、減っていくのを目の当たりにして、緊張と不安はMAXになった。

そうして、いつしか、投稿が、できなくなった。

3 いつだって自分は味方

二次創作を始めて3ヶ月くらいたったころ、悩んでいても仕方がないと、勇気を出してweb上の企画に参加した。
創作魂に火がついていた頃の小編を気に入ってくださった方がいて、その方だけにでも届けようと続きを書いた。
告知もして、イベント開催が間近に迫った頃。
他の方とネタが被ったことが判明した。

ああもうだめだと絶望した。

それでもイベントはやってくる。
参加表明した以上、引き返せない。
ぐちゃぐちゃな気持ちで作品を世に出した。

緊張と不安と後悔。
呟きの中に混じる愚痴。
みっともない姿。
なんでこんなの書いちゃったんだろう、と答えの出ない、無意味な自問自答。

お祭りのようにいいねと感想が飛び交う中、いつまでたってもつかないいいねに心臓が苦しくなった。

(でも今ならわかる。
作者さんが自信をもって送り出した作品は手放しでいいね出来る。でも、不安そうにしてたり、作品の出来に不満そうにしていたら、いいねは押しづらい。そういうことなんだと。)

自分の作品を読み返すと吐き気がした。
もうどうしようもなかった。
極限まできてしまった。

そうして。
二次創作に疲弊した私は、一次の世界へ逃げ込んだ。

詩と、短歌。

自分だけの言葉で自分だけの世界を表現するならば、いいねはなくても生きられる。
たまに共感してくれる人がいれば、言葉に寄り添ってくれる人がいれば、心から嬉しい。

別アカを作り、ぽつぽつと詩を投稿していくと、ファンがついた。あっという間に二次アカのフォロワー数を越えた。
不思議なことに、オリジナルで作品を投稿すると、精神が安定した。
相乗効果で、自分の二次作品を冷静に見直すことが出来るようになった。

もう一度。自分のために書いてみよう。

自分が好きな作品を心から好きだと言うために、もう一度書いてみよう。

ぽつぽつと、ただぽつぽつと。
SNSには上げずに、プライベートなサイトに作品を投下する日々が続いた。

ありがたいことに、その頃、大好きな作家さんから声をかけていただいて、アンソロに寄稿させていただくことができた。
自分ではなし得なかった、自分の作品を本と言う実体あるものにするという貴重な経験。
感動という言葉では言い表せないほど、激しく心が動いた。
もちろん、そのジャンルでは名のある作家さんばかりの中に混じって、誰これ、みたいになっていた感は否めないが、それでも感想をいただけた。

声をかけてくださった方、読んでくださった方、感想を届けてくださった方、いいねくださった方、皆さん本当に感謝しかない。

感謝が溢れて、やっと、初心に戻った。

自分の作品を良いと思えるようになった。
自分と同じものを好きな人がいる。同じ景色を見ている。その感覚が再び味わえた。とても幸せだった。

4 きっと続く道

徐々に仕事と日々の生活が忙しくなる中で、原作のやりこみや設定資料集の読み込みが必要な二次創作は出来なくなった。

書きたい。書けない。もどかしい。

いつまでも悶々としているのが辛くなった。
自分のなかで区切りをつけようと、今年の9月にひっそりと引退宣言をした。

それでも、あの世界は好きだ。
好きと好きが、溶け合ったりぶつかったり渦巻いたりする世界が。

歌を詠み、詩を綴り、短い小説を書きながら、精神の安定を保ちつつ。
情熱のままに好きを放つ若い作家さんたちの輝きを、今日もまた、羨望の眼差しで見つめ、せっせと同人誌の感想を送る。

溢れ出る想いに突き動かされるように、久しぶりに創作を始めた1年と少し前。

奇跡のようなタイミングが重なって、よみがえった創作魂は、私の内面をさらに豊かにした。
約20年のブランク(白)は、色とりどりの作品で埋めつくされた。

生まれなかった子どもの代わりに、生まれたたくさんのこども(作品)たち。

生まれてきてくれて、ありがとう。

これからも続くであろう曲がりくねった道。
思い通りにいかないことだらけだろうと想像する。
それでも、私が創造した『あなたたち』がそばにいてくれると思うだけで心強い。

私はこれだけのものを生み出したんだと、心の中で胸をはれることは、とても幸せだ。


二次創作を読んでくださった方にも、一次創作を応援してくれてる方にも、どちらにももう足を向けて眠れません。
本当にありがとうごさいますっ!!!

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