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菜食と環境②海の産業

 前回は、畜産業と環境のかかわりについてまとめました。では、海の産業である漁業についてはどうでしょうか?

 現在、世界中で毎年数兆匹の魚が捕獲されていると言われています[13]。加えて、延縄漁やトロール漁による海亀など海洋動物の混獲(=意図せず捕まえてしまうこと)も大きな問題となっています。これによって年間三十万以上の鯨や海豚(イルカ)が犠牲となっています[14]。混獲で害されやすい鮫など大型の肉食魚が減ることは、食物連鎖の不安定化につながり、海で暮らす他の多くの生物も悪影響を受けることになります[15]。

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[図1]漁網にからまる海亀

 現在の商業化した大規模漁業では、流し網など年間およそ 64 万トンのプラスチック製の漁具が海に捨てられ[16]、海洋プラスチック汚染の大きな要因となっています。フランス領土の三倍の規模といわれる太平洋ごみベルトは、帯状に大量のプラスチックごみが浮かんだ海域で、その 46%を漁具由来のプラごみが占めています[17]。海洋を漂うプラごみは、海豹(アザラシ)、海驢(アシカ)や海鳥などそこで暮らす動物達の体を絡めとり、時には死に至らしめます。

 このような大規模漁業を続けていれば、「2048 年までに海の魚はいなくなる」とする研究が出されています[18]。この発表の後、国際的に持続可能な漁業に向けた取り組みが進み、実際には2048年に全ての魚が死に絶えるということはないようですが、2016年の研究では、2050年には88%の漁業資源が危機に陥るとされています[19]。

 漁獲量の減少により、いまでは漁業生産のうちのおよそ50%が養殖によるものとなっていますが[10]、養殖魚の飼料でも他の魚や穀物が使われるという迂回生産や、養殖場の開設、運営に伴う環境破壊の問題があります。
 例えば、日本の食用の黒鮪(クロマグロ)は 7 割近くが養殖ですが、鮪は 1kg 成長するために他の天然魚を 14kg 分食べています[20]。

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[図2]消失するマングローブ

 また、日本の海老の輸入先であるベトナムやインドネシアでは、その養殖のためにマングローブ林が破壊されています[21]。養殖場で使われる化学薬品や魚の糞尿は、周囲の生態系を汚染して野生動物に大きな被害をもたらします[22]。

・生物多様性

 人間の活動による影響は、既に世界の陸生動物の 75%にまで及んでおり[23]、生物多様性の喪失が深刻化しています。
 生物多様性の指標としてバイオマス=生物量が用いられますが、人間とその食用にされる動物が、いま陸生哺乳類のバイオマスの97%を占めていると言われています[24]。これは先に述べた環境破壊により、野生動物や人の資源とならない植物の生息地が失われていることが大きな要因となっています。

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 [図3]哺乳類のバイオマスの1/3を人間、2/3を家畜動物が占める

 また、アメリカを初めとして、家畜動物のための牧草を確保するために馬や驢馬が、家畜動物が捕食されることを防ぐためにコヨーテや狼が、それぞれ自然から人為的に間引かれています[25]。このことも、野生動物が減少している原因の一つとなっています。
 多くの種の絶滅を危惧する声は日に日に高まってきています。一例として、アメリカの生物多様性センターは「地球と野生動物のために肉の量を減らすことが必要」と主張し、『絶滅を食事で防ごう』と題したキャンペーンが行われています[26]。

 ここまで様々な問題を眺めてきて、肉、魚、乳製品などを避ける菜食の実践が環境に配慮したものだということが分かってきました。肉や乳製品の消費を減らして植物性食品中心の生活に移行してゆくことで、2050 年までに二酸化炭素 661 億トンに相当する温室効果ガスを削減でき、極めて有効な温暖化対策となるという試算があります[27]。

<参考>

[13] Mood and Brooke(2010)"Estimating the Number of Fish Caught in Global Fishing Each Year".
[14] Protecting Whales & Dolphins. WWF
[15] サンドラー, ロナルド・ L(2019)『食物倫理入門』馬渕浩二訳 ナカニシヤ出版 第三章
[16] A Butterworth, I. Clegg, and C. Bass(2012)Marine debris: a global picture of the impact on animal welfare and of animal-focused solutions. World Society for the Protection of Animals.
[17]「太平洋ゴミベルト、46%が漁網、規模は最大 16 倍に」ナショナルジオグラフィック 日本版 2018/3
[18]Worm, Boris, et al(2006) "Impacts of Biodiversity Loss on Ocean Ecosystem Services". Science. Vol 314.
[19]Boris Worm(2016)"Averting a global fisheries disaster".PNAS May 3, 2016 113 (18) 4895-4897
[20] 生田武志(2019)『いのちへの礼儀―国家・資本・家族の変容と動物たち』筑摩書房 前編第五章
[21] 秋津元輝・佐藤洋一郎・竹之内裕文編(2018)『農と食の新しい倫理』昭和堂 p39
[22] ジョナサン・バルコム(2018)『魚たちの愛すべき知的生活』桃井緑美子訳 白揚社 pp265-266
[23] "Protect the last of the wild". Nature. 2018
[24] Smil, Vaclav"Harvesting the Biosphere: The Human Impact". Population and Development Review 2011; 37 (4): 613-636.
[25] インホフ, ダニエル(2016)『動物工場―工場式畜産 CAFO の危険性』井上太一訳 緑風出版 p121
[26] "Take Extinction Off Your Plate". Center for Biological Diversity.
[27]ポーケン, ポール編(2021)『ドローダウン―地球温暖化を逆転させる 100 の方法』山と渓谷社 pp82-86

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