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強いブランドは、CXでさらに際立つ。フレームより、まずクリエイティブが牽引する、カネボウKATEのCX拡張。

今回は、カネボウ化粧品のメイクブランド「KATE」がいかにマス広告中心の成功体験からCX拡張へとシフトを進め、SNS上でも強いブランド存在感を構築しているのかを、同ブランドのクリエイティブを長年手掛け、CX拡張をクリエイティブ視点で牽引した、電通のCXクリエーティブ・ディレクター高橋和也に話を聞きました。

クリエイティブの主戦場は、マスからSNSへ。

— 長年「KATE」の仕事に携わってきた中で、時代の流れに伴い、クリエイティブはどう変化してきたとお考えですか。

高橋:そうですね、KATEはポイントメイク市場で1〜2位を争うブランドで、コミュニケーションの中心はやはりテレビCMでした。ですが、この数年はテレビの反応よりもSNSを中心としたユーザーの口コミが主流となり、新興ブランド含めた熾烈な戦いが続いています。「no more rules.」のスローガンのもとクリエイティブで示してきた「ブランドの存在感」をSNS上でどう示すべきか?プラットフォームごとのTIPSや他社成功事例を研究するほどに、逆に同質化が進むのでは?という悩みが募っていました。

マス広告で構築した「尖っていてカッコイイ」世界観と、SNS上で自分ごととして語られる「口コミ」には直接の接点がないので、「SNS上でKATEらしく存在感を上げていく」という課題は「事例を参考にしても正解は見つからない」難しさがあります。

「SNS上でKATEらしく存在感を上げていく」という難題

— 「成功事例や他社事例を参考に」という発想は、誰でも考えそうですが…。どんな点が正解といえないのでしょうか?

高橋:ユーザーを見すぎたり、SNSで話題になる方法を研究しすぎたりすると、全ブランドが「同じ答え」に近づいていきます。これは、間違ってはいないですが、結局は同質化、埋没化につながる危険な流れです。特にKATEが主戦場にしている化粧品市場は、メガブランドから新興ベンチャーブランドまでが横一線。そこでしのぎを削る厳しさのある戦場です。

KATEの場合は、クライアントの発想として「まず、KATEらしいか?」が重要なので、そういった意味で他社事例の研究はしますが、「じゃあ、他がやっていることはやめよう」という参考の仕方なんです。「KATEとして、どうすべきか?」を常に問いながら仕事をするので、答えは自分たちの中にある。その分、簡単には決まらないこともあります。議論を深めて、納得した勝負をしたい。そんなハードさがありますね。

— 聞いているだけで緊張感が伝わってきます。KATEのCX拡張を考える上で、参考にしたことがあれば教えてください。

高橋:CX(UX)の教本とも呼ぶべき『アフターデジタル - オフラインのない時代に生き残る』(日経BP社、藤井保文・尾原和啓、2019)という本があります。
著者である尾原さんのセミナーに参加した時、「人は機能だけじゃなく、感情や物語を消費する」という言葉を耳にしました。超デジタル思考の尾原さんでも、CXにおいては「感情や物語性などの、人間らしさ」が重要だと考えるのかと印象深かったです。

デジタル化により、ビジネスの仕組みを実装する難易度は下がりました。しかし場合によってはクリエイティブが全体の仕組みの一部になり、ダイナミズムを発揮できなくなってしまうのではないか。そういった思いはクリエイター誰しもが持っているのではないでしょうか。
我々、クリエイターの強みである「物語を紡ぎ、感情を動かす力」は、CX Creative Studioのステートメントにある“human CX(人間らしさに満ちたCX)”を実現する上で、なくてはならない能力だと思います。

— 花田礼氏や眞鍋亮平氏など、SNS上のクリエイティブで活躍している電通クリエイターも多いですよね。結果として、KATEのSNSでの取り組みは非常に注目を集めていると思いますが、SNSでの話題化は狙ってできるものでしょうか。

高橋:ここでの「SNSでの話題化」は「バズる」という意味ではないですよね?「そのブランドらしく、よさを感じてもらいながら『言の葉にのる』」という意味合いと考えると、SNSでの話題化は「商品開発にクリエイティブを練り込む」ことで効率的に実現できるんじゃないかと、近年気づきました。

KATEのプロジェクトの特徴として「クライアントの悩み相談に、クリエーティブ・ディレクターが早い段階で呼ばれる」ということがあります。これはものすごく重要で、クライアントが「クリエイティブでこそ課題解決できる」と信じてくださっているからだと思います。クライアントのKATEチームは非常にクリエイティブマインドが強いので、商品開発から我々クリエイティブチームが参画し、コンセプトワードや世界観のビジュアルを議論しながら、パッケージデザインなど商品を一緒につくり込んでいくケースが増えています。もちろん、広告プロモーションも手掛けますし、店頭什器や戦略PRに則ったPRリリースキットも我々が創ります。まさに、「顧客体験」をひとつのクリエイティブチームが創っている感じです。

「KATEらしさ、世界観、物語性」といったクリエイティブと正面から向き合い、オーダーメイドでクライアントと一緒に創りあげていく。すると不思議なことに、「テレビか?デジタルか?」といった顧客接点をあまり強く意識しなくとも、最終的にはSNSで注目を集めることができる。そんな経験を何度もしました。

KATEの「独自性」を引っ張るクリエイティブの力

— 狭義のCXであるSNS上での話題化には、商品開発にクリエイティブを練り込むことが効果的、と。具体例があれば話していただきたいです。

高橋:ここでは事例をふたつ紹介したいと思います。

1つ目は『東京ヲトギバナシ』(2020年12月〜)。東京オリンピック開催などで「日本」に注目が集まるであろう2020年に、そんなモーメントを捉えた独自のプロジェクトを実施したいという相談からはじまった商品開発〜CXプロモーションです。

これは、日本昔ばなしのモダンな再解釈として「嫁入らない狐」「月に帰らないかぐや姫」「隠れない鶴」など、“NO MORE RULES.なヒロインたち”が、和モダンなメイクを披露するストーリー仕立てになっており、タイトルも「東京ヲトギバナシ」と設定しました。初動でステートメントやイメージコラージュを作成し、商品コンセプトや商品パッケージデザインから、クライアントと協業しています。

コピーやキービジュアル、動画の制作は本業なので当然として(笑)、店頭販売什器のデザイン、戦略PR用のクリエイティブ、そしてプラットフォームごと場面最適なSNSクリエイティブと、我々が担う領域はものすごく拡大しています。また、「数字や理屈」だけではプロジェクトが膠着してしまう時に、「言葉の力」や「ビジュアルの力」でブレイクスルーが生まれる。CXは決してクリエイティブだけの力では構築できませんが、それを牽引できている実感のある仕事でした。

各種クリエイティブへの反響が大きく、SNSでは一気に広がることが多かったです。商品開発そのものに「クリエイティブを練り込む」ことが、後々CX拡張そのものにつながると確信した事例です。

— 「モノ〜コトが一体化した表現」で、人の心と商品を動かした好例ですね。

高橋:おっしゃる通りです。2つ目の事例は『エヴァンゲリオンコラボ/綾波レイ、はじめての唇』(2020年11月〜)です。こちらも当初は商品開発の相談からはじまったプロジェクトですが、販売チャネルをあえてECのみに絞る戦略など、SNSでの話題化がより一層重要な課題でした。

ストーリーは、「エヴァンゲリオンの綾波レイが初めて口紅を引く」というものです。「感情を表面に出すことのない綾波レイ」が、「自らの意思で、口紅を塗る」。映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズでも序々に他者との関係に目覚めてゆく綾波レイの姿と「二色を掛け合わせて独自の色を創り出せるKATEの新リップ」が呼応。「意思」を核とした、本質的なコラボレーションができました。

初動でこのコンセプトを導き出し、クライアントとエヴァンゲリオン側の合意を一気にまとめることができました。この合意形成でも、クリエイティブのステートメントとキービジュアルが役立ちました。

ビジュアル作成時は「ここまで暗くしていいのか?」と悩みつつ、アート・ディレクターへは「顔半分シャドウに落として」とお願いしました。メインキャラクターの顔半分を陰にして「いいですね」と称賛されるなんて「KATE×エヴァ」じゃないと無理ですね。動画ラストの「no more rules. KATE」はいつもの外国人女性の声ではなく、綾波レイ役の声優・林原めぐみさんにお願いしました。個人的にはここが重要なポイントで、カッコよくてKATEらしければ臨機応変な決断をしてくださるクライアントが流石だなと思いました。

結果、このキャンペーンはTwitterで過去最高「いいね!」数を獲得するなど、「SNS上でKATEらしく存在感を上げていく」という難題に大きく応えることができましたし、ECでの売上にも貢献することができました。「商品開発にクリエイティブを練り込む」と、SNS上でオーガニックな広がりが期待できます。

CXクリエーティブ・ディレクターに必要なのは「プロデュース力」

— ふたつの事例をお聞きして、ソーシャルでの話題化に狙いを定めて商品開発にクリエイティブを練り込めば、CXを実現することができる可能性を感じました。CXを拡張するために、他にはどのような視点を持っておくとよいでしょうか。

高橋:CXクリエーティブ・ディレクターには「プロデュース力」が求められると考えています。どんなに優秀なディレクターでも、優れたCXをひとりでは実現できません。今の時代、「自分はこの領域は得意だけど、この領域はあまり自信がない…」と、ほぼすべてのクリエイターが思っているのではないでしょうか。「わからないから、わかることだけやる」という生き方もありますが、「CXクリエーティブ・ディレクター」を名乗る人間にとっては「部分がわからなくても全体像に責任を持つ、CXの司令塔になる」ことが重要だと思います。そのためには、「わからないことが、わかる(無知の知)」ことと「わかる人を知っている」こと。勝負はそこです。

CXクリエーティブ・ディレクターは、さまざまな専門スキルを持つスタッフたちを巻き込んで全体を掌握しながら、一つの美しいメロディーに束ねていく、まさにオーケストラの「指揮者」のような存在です。すべての楽器を上手に演奏する必要はない(というかできない)と思っています。

— KATEの場合、どんなクリエイティブにも“NO MORE RULES.”という思想が織り込まれていますね。タッチポイント(顧客接点)が増える中、CXクリエイティブには一貫性のあるメッセージが求められます。そのためにすべきことは何だとお考えですか。

高橋:ブランドグロースという視点でいうと、その「主体」は必ずクライアントにあると考えています。なので、我々が質の高いCXを実現するには、いかにクライアントと同じ目線、同じ熱量でブランドを見つめることができるかに尽きます。もちろん、客観性も必要ですが。

例えば、綾波レイのキービジュアルをお見せする時も、暗部がしっかり落ちていないと「KATEらしさがない」と指摘されるとか、KATEのブランドイメージは、関係者全員の魂の中に共有されています。そのため、軸からズレた施策やクリエイティブが表に出ることはないといってもいいくらいでしょう。

そう考えると、「マスクリエイティブとCXクリエイティブは地続き」なんですよね。数年前はテレビCMがすべての中心で、よくも悪くも他のメディアは「CM連動」というスタイルでした。それが今では、デュアルファネル上のさまざまな領域でクリエイターが活躍していて、「動画は有効で大切な、クリエイティブの一部」といった感じです。大切なのは「CXの全体が関連していて、相乗効果がある」ことだと思います。

SNSでの話題化をテーマにCX拡張することは、クライアントのビジネスをより拡張させますし、クリエイターとしての成長にも直結している。この記事を通して、そう感じていただけるとうれしいです。


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クリエイティブを追求すると、優れたCXは後からついてくる。こう考えるとマス広告で培ったクリエイティブの延長線上に、CXクリエイティブがあるのかもしれません。商品開発における一連の作業にクリエイティブの火をともし、ソーシャルで一気に話題化する。KATEの事例は、CXクリエイティブのひとつの解を示しています。

 プロフィール

電通:高橋 和也(たかはし・かずや)

統合クリエーティブ・ディレクター。電通デジタル アドバンストクリエイティブセンターへの出向を経て、現在は電通CXクリエーティブ・センターにて、CXクリエーティブ・ディレクター、ブランド・グロース・パートナーとして活動中。戦略立案からのコンセプトメイキングが得意。ファッションや化粧品、クルマ、飲料、食品などを多く手掛ける。ブランドを成長させる、美しいクリエイティブの経験多数。

※所属・役職は取材当時のものです。