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エンゲージメントを高めるIoTサービスの作り方 ー ウェビナーレポート

2022年2月に開催されたCX Creative Daysでは、1dayウェビナーと2daysのVRショーケースを通じてCXクリエイティブの実践事例をお届けしました。
「エンゲージメントを高めるIoTサービスの作り方」と題したセッションでは、IoTサービスの現状、顧客のエンゲージメント向上に繋がるIoTサービスの開発ポイントを、電通デジタルの岡部亮介と徳田哲司が紹介しました。

本記事は、CX Creative Studio note編集部がセッションの内容をまとめたものです。

IoTサービスのこれまでと今、デジタルサービスをIoT化すべき理由

IoTの概念が生まれてから20年以上が経過した。今では工場での導入事例を多く耳にするなど、ビジネスの現場にはIoTが浸透しつつある。一方で、コンシューマの世界では立ち上がりが遅れている印象が拭えない。

スマートフォンなどの通信機器は日常生活に溶け込んでいるが、それ以外のコンシューマ向けIoTデバイス、IoTサービスは日本において普及しているとは言えない。特にAmazon Dash Buttonのような、いかにもIoTといったデバイスは大きな広がりを見せていないのが現状である。

総務省が発表したデータによれば、IoT市場全体は右肩上がりに拡大している。しかしその内訳を見ると、スマートフォンなどの通信機器分野は成長が鈍化していることがわかった。高い成長率で市場拡大を支えているのは、医療、産業、自動車や宇宙開発分野である。前述の通り、通信機器以外のコンシューマ向けIoTサービスは未だ普及しているとは言えず、まだ成長の余地があると考えるべきである。

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実際、大手IT企業は自社サービスのIoT化を進めている。GoogleはGoogle Nest Hubなどのスマートスピーカーを展開し、Amazonも自社の動画ストリーミングサービスAmazon Prime Videoに特化したFire Stick TVを提供している。自社サービスに特化したハードウェアを開発することで、スマートフォンやPCといった共通プラットフォームの制約から開放され、差別化が容易になり、新しい体験を生み出しやすくなっている。

一例として、音楽ストリーミングサービスSpotifyが提供するカーオーディオ用デバイスを見てみよう。スマートフォンアプリでは画面を見ながらタッチパネルで操作しなくてはならないが、専用デバイスでは運転中でも操作しやすいよう大きなダイヤルが備わっている。

SpotifyのデバイスのようにIoT化することで、デジタルサービスが提供できる価値は変化している。この変化にこそ、デジタルサービスをIoT化すべき理由がある。SaaSでは提供できないハードウェアの魅力と、よりリッチな体験を提供することで顧客のエンゲージメントが高まり、またスマートフォンやPCといった既存デバイスの制約にとらわれることなく、自由な発想でサービスを作れるというのも大きなポイントとなる。さらに、汎用デバイスを通したサービス利用とは違い、少ない操作で、または操作することさえ必要なくサービスを利用できるようになる。ITリテラシーに左右されずテックフリーであらゆるユーザーに使ってもらえるサービスを作ることが可能となる。

実例から読み解く、IoTサービス成功の鍵

デジタルサービスをIoT化するメリットを、実際のIoTサービスを例に読み解く。例として取り上げるのは、Fire Stick TV。Amazon Prime Videoを視聴するための専用デバイスとして開発された、シンプルなデバイスだ。

デバイスを購入、設置してもらわなければいけないことが、IoTサービスは初期コストが大きいと言われる所以だ。Fire Stick TVでは、初期導入における金銭的コストや設置スペースコストを低く抑えるため、既に自宅にあるテレビやモニターと組み合わせることで低コストを実現している。

低フリクションで導入できるFire TV Stickで実現できるのは、Amazon Prime Videoの視聴だ。従来ならスマートフォンやタブレットを手に持ち、デバイスの電源を入れ、アプリを立ち上げてから操作しなければならなかったサービスが、IoT化することで、リモコンを手にするだけで使い始められるほど、フリクションレスなサービスへと進化した。

デバイスの作りについて、岡部は次のように紹介した。

「デバイスの魅力も十分です。低コストで作られていることは見た目からもわかりますが、丁寧にまじめにデザインされていることも伝わってきます。コンパクトにしつつ基盤設計しやすいよう、本体のデザインは四角くなっています。リモコンは弧を描くような底面デザインで手に取りやすく、左右対称のボタン配置で利き手によらず使いやすく作られています」(岡部)

このように練り込まれたデバイスデザイン、サービスデザインが揃ってこそ、IoTサービスは成功する。他社事例ばかりではなく、電通デジタルが関わったIoTサービスの事例についても紹介しよう。

社名やサービス内容について詳しく語れないが、ある企業とはサプリメントサーバーの開発を検討した。サプリメントは定期的な摂取が必要なので、IoTとの相性は良いと考えられた。しかしサプリメントサーバーはサプリメントを収容しなければならず、ある程度の設置場所が必要であり、身近に置いてもらうためのハードルが高そうであった。しかも食品を扱うデバイスなのでハードウェア開発コストも安くなく、サービス化に向けた障壁となった。

他の企業とともにスマートミラーの開発を検討した際には、公共スペースに設置したスマートミラーを使ってもらう仕組みづくりが障壁となった。開発コストを回収できるだけのビジネスモデルを構築できるかどうかという課題も残っている。

IoTサービスに適したビジネスモデル

デバイスを構成するハードウェア、ソフトウェアの観点から見てきたが、次はビジネスモデルの切り口でIoT サービスを考えてみよう。IoTサービスではデバイスの開発、製造コストが必要。この投資をどのように回収するかというアプローチによって、ビジネスモデルは大きく3つに分けられる。

1つは、価格転嫁モデル。スマート家電などでよく見られるもので、製品購入時に付加価値分のコストを負担してもらう。

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IoT化する分のコストを1回で支払うため、そのコストは高額になりユーザーの導入ハードルは高くなる。しかし一度導入して気に入ってもらえれば、既にコストは支払い済みなので、長く使ってくれるファンになる可能性がある。

2つ目は、導入の障壁を下げるためのサブスクリプション型のプラン。例えばアクションカメラのGoProではGoPro HERO9からサブスクリプションをスタートした。容量無制限のクラウドアップロードを使えるようになるほか、本体やオプション購入時の大幅割引、補償を受けられる。デバイスとサブスクリプション型のサービスと組み合わせることで、より魅力的な体験として提供する、サブスク誘導型と言えるビジネスモデルとなる。実際、このビジネスモデルを導入したことで、サブスクへの加入者が急増している。

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3つ目は、データ利活用モデル。IoTデバイスからは多くのデータを得られ、これらをユーザーの許諾のもとで活用することで新規ビジネスを創造する。

電通も開発に関わった『domus optima(ドムス・オプティマ)』がわかりやすい例だ。シャープ製IoT家電から得たデータを元に、スマートフォンやPCに向けた広告配信を最適化するサービスだ。IoT家電の利用状況を分析すると、これまでの店頭やデジタルの顧客接点では得られなかった情報を得られる。今後は広告配信以外にも、データ流通プラットフォームとして利用が広がることが期待されている。

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どのビジネスモデルを選択すべきか検討する際には、様々な角度から顧客行動を予測しなければならない。電通デジタルでは理想とするエンゲージメントをもとに顧客行動を図るKGI、KPIの設定、それをモニタリングする仕組みづくりなどを通じて最適なビジネスモデルを構築する支援をしている。実際のサービスに必要な価格戦略や、サステナブルな事業として成長させるための収支計画、収益構造の提案も可能である。

IoTサービス開発ソリューション「Connected-X」

最後に電通デジタルが提供するIoTサービス開発のためのソリューション「Connected-X」を紹介する。顧客のエンゲージメント向上を目的とし、様々なものとつながっていくイメージをソリューション名に込めた。

Connected-Xではハードウェア、ソフトウェア、ビジネスという3つの観点からリッチなデジタル体験を開発。スマートフォンやPCを通して使っていたサービスを作り込まれたIoTデバイスに置き換えることで、より良い体験をユーザーに届けることが可能になる。魅力的なハードウェア、最適なユーザビリティ、強化したセキュリティを提供することで、ユーザーエンゲージメントも高まるのだ。

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このソリューションはソフト&ハードのアジャイル開発、サステナブルなビジネス設計、柔軟で多様なプロトタイプを使ったスピーディなサービス検証、ハードウェアの実装・量産に向けた支援という4つのステップから成り立っている。社内にある生活密着型IoTサービスクリエーション組織「IoL(Internet of Life)スタジオ」と連携しながら、IoTサービスの開発から提供まで伴走する。

スマートフォンの爆発的な普及により、世界中どこでも先端サービスを受けられるようになりつつある一方、世界で均質化が進んでいるという指摘もある。社会人類学者クロード・レヴィ=ストロースも、「人類それぞれに違いがあることが幸福だと認識すべき。異なる文化同士が過剰に繋がりすぎることも警戒する必要がある」と著書で訴えている。

スマートフォンのような汎用デバイスではなく、サービスに特化し、地域性や文化に根ざしたIoTデバイスが普及すれば、多様性を残していけるかもしれない。IoTサービスには、そのような大きな期待も寄せている。

ウェビナーを終えて:生活者に向き合うことで実現する理想的なIoT

ここで聞き手の電通デジタル執行役員の田中信哉より、セッション内容を踏まえてディスカッションが行われた。

田中:私たちはいつも手元にデバイスがあり、その中で完結することが当たり前になっています。Fire Stickの例もありましたが、具体的な「モノ」にした方がフリクションが少なかったり、多様なことに応えられる。皆さんは、バーチャルからフィジカルに持ってくるようなことも意識して考えられていますか?

岡部:そうですね。やっぱりこのサービス面白いんだけど、もう少しフィジカルまで領域を広げたらもっと面白くなるのに……というのは社内でもあります。普段デジタルのサービスを作ることに慣れているメンバーが多いので、そこの一歩を踏み出せないケースは多いですね。そういうときにぜひ声をかけてほしいと感じることがあります。

田中:CXは生活者の生活に溶け込んでいくことが、すごく大事です。生活に溶け込むというと、「携帯の中に入り込む」を「溶け込む」と勘違いしがちですが、それだと結果的に埋没することも多い。むしろ手に取れる「モノ」の方が、生活者のシーンに溶け込んでいくこともあると思っています。

データ利活用モデルの話もありましたが、新しい生活者の情報を、許可を得た上で取得する方が、その情報を生活者の利便性へと還元できる、そう思っても良いですか?

徳田:そうですね。実はユーザーも気づいていなかったニーズや気持ちみたいなのを捉えられることが、IoTの良いところだと思っています。それを新しいサービスにして、ユーザーに新しい利便性として返していければ、一番理想的な形になっていくと考えています。

田中:単に便利であったり好きになってもらうだけでなく、ビジネスとしてどうやって成立するかまで踏み込んで考えるのが、今日の大事なポイントだったと思います。

セッションの中でも新規事業の話がありましたが、特に新しいビジネスはなかなか収益化が難しいものです。KPIマネージメント、プライシング、収益構造など、ビジネスモデル検討の観点を重視して、ビジネスやIoTに合ったやり方をクライアントさんと相談して作っている、そう感じました。

徳田:はい、その通りです。やはり、ここ数年のクライアント様のニーズなどをお聞きしていると、社内にUX組織を作るというのが大きな流れとしてあります。ただ、なかなかそれもうまくいかない部分があります。その要因は、クリエイティブ部分と事業部のビジネス部分とで整合性がとれずに、結局それぞれの想いが一つにならないことですね。

今回、ご提案させていただいた形ですと、クリエイティブ部分とビジネス部分を並走して考えていきます。通常だと、ビジネスではロジカルなアプローチが基本的にはなってきますが、その中に「プライシングの気持ち良さ」のような、クリエイティブの観点も持ち込まないといけないと感じています。

田中:「プライシングの気持ち良さ」、そういうクリエイティビティがあることを考えなくてはいけないのが、今だということですね。
私たちはデジタルマーケティングの会社だと思われますが、実装や量産のフェーズまでサポートする体制はどう構築しているのでしょうか?

岡部:技術面に関しては、技術のパートナー企業との協力が必要だと思っています。特にクリエイティブ面やデザイン面では、私自身がメーカー出身で通信機器のハードウェアのデザインをやってきましたので、まさに量産フェーズ、実際市場に出る直前までデザイン面でしっかりサポートしてきた経験を活かせると思います。

例えば、ハードウェアの指定の色の実現が量産フェーズでは難しい場合、現場判断で少し色味を変えてしまおうということが起きます。でも、そういう風に色を変えてしまうと、体験が破綻するという可能性が出てきます。「では、どのような代替色にするか」というハンドリングを私の経験としてやってきたので、そういう面でのサポートはできると思っています。

田中:IoTは様々なものの見方がありますね。今日の話を聞いて理解が深まったのは、「デジタルは価値だけを売ることを長けている」、それを実現するのがIoTだということです。当たり前のことですが、映画館へ出向く、DVDを所有する、そうしたこと無しで、Fire Stickを差すことで「動画を見るという価値」だけが手に入る。これをいかに生活者の中に取りやすく作り込むかってところがポイントだと思いました。

岡部:技術的なハードルはありますが、今のFire Stickの例でいうと、自宅のTVに限らず、友達の家でFire Stickを使ったら、すぐに自分のモードで始められるとか。世の中のあらゆるデバイスと自分のパーソナルな情報が連携していつでも自分用に使えるような状況など、デジタル面とハード面が一体となって、世界中でこういう環境をつくれた状態が理想的な世界かなと考えています。

田中:ありがとうございます。米国のある地域での公共事業でPhilipsのライトニング(照明)のサービスが「10年間、光り続けるという価値」で入札し勝ち取ったという事例がありました。これは先ほど申し上げたように「価値だけを売るということ」をIoTの技術によって実現できたものです。データを取得し、一元的に管理・最適化し、生活者に向き合うことで実現できるのがIoTの真髄なのだと思います。

CX Creative Studioそして電通デジタルではこのようなサービスの実現ができますので、ぜひお声かけください。

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プロフィール

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電通デジタル:岡部 亮介(おかべ・りょうすけ)

CXトランスフォーメーション部門 CXクリエイティブ事業部 プロダクトデザイナー
美術大学を卒業後、家電メーカーに入社。日本、北米市場に向けたスマートフォン、フィーチャーフォンのプロダクトデザインや通信機器の先行開発提案などに携わり、コンセプトから開発、量産までのデザインワークを一貫して経験。2020年電通デジタル入社。リアルとデジタルの横断的なアプローチを得意とし、IoTサービスの開発などを担当する。

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電通デジタル:徳田 哲司(とくだ・てつじ)

ビジネストランスフォーメーション部門 マーケティングプロセスイノベーション第1事業部 マーケティングコンサルタント
ECサイト運営代行企業を経て、2011年電通イーマーケティングワン入社。2016年より電通デジタルへ合流。購買データやアクセスログ・アプリ利用ログなどの定量データ、Twitterデータなど非構造化データの解析を元に、顧客インサイトを捉え、クライアントのマーケティング戦略策定~推進を担当。現在は、データやテクノロジーを起点に、クライアントの新規サービスの立ち上げ支援も行っている。

※所属・役職は取材当時のものです。

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