ひこーき

「あの夏の午後、ダラダラ部活していた時」


大阪、福島区。
アブラゼミが暑苦しく鳴いている放課後。
高校の体育館、裏口で休憩中のたった2人の器械体操部員が
突然の訪問者にキョトンとしている。

「モナカ買うてきてくれや!」

横山やすし風(関西の大御所漫才師)の先輩が同級の上田にお金を渡す。

「はい、モナカですね」
「おう、お前の分も買うてきたらええ」
「はい」
「2つ?」
「アホけ、こいつの分もあるやろ」
「3つ」
「そや」

上田は駆けて行った。

「ホンマ、暑いのう。よう、やってるわ」
「冷たいもんでも食べて、もう、帰ったらええんちゃう」
「ええ!」

後から聞いたんやけど、先輩は幻の体操部員で、滅多に来んらしい。
ワルで怖い人らしい。
それが、今日、僕と上田二人でチンタラ、部活の真似事をしていた、
そんな時に現れた。

「どや?しんどないけ?」
「ハァ、部活ですから」
「ようやるわ」
「セン・・・パイは?」
恐る恐る尋ねた。
「やってられん、そやろ!ほやから、席だけ置いてんねん」
「はぁ・・・」
やっぱり、おるんや、こんな人。
「杉本、知ってるやろ、杉本、キャプテンや。あいつと一緒のクラスや!
あいつ上手いやろ!」
「はい、メチャクチャ」
「中学から上手かったんや!」
「・・・」
「あいつ、オレのこと思て、誘いよったんや、ほやけどな・・・」
「・・・」
「俺、学校も気ィ、向いた時しか来んからな」
「はぁ・・・」

横山やすし風先輩が空を見上げた。
真っ青な空に、真っ白な飛行機雲が伸びていく。

「今日・・・何か、来とうなってな・・・」
「は、はい!」

上田、遅い、間が持たんやんけ。

「お前ら2人だけか?」
「はぁ、杉本さんら3年が居のうなって、僕ら2年、2人になったら、
弛んでもうて、いつの間にか、1年も来んようになって・・・」
「そら。ラクしたいもんな。しんどいことしたないわ、なぁ、にいちゃん」
「!!え、はい」
「悪いこと言わん。モナカ、食ったら帰り!それがええわ」
「!?・・・」
「で、キャプテンは、どっちや?」
「僕です」
「で、さっきのヤツが副か・・・」
「はい」
「そうや・・・女の子紹介したろか?」
「!?」
「どや?」

いろいろ、怖いこと、ネガティブなことを考えて断る。

「まぁ、ええ。欲しくなったら、言ってくれ。いつでもええで」
「ええ」
「ほやけど、俺、なかなか、見つからんからな・・・フフフ」

汗を拭いながら、駆け戻ってきた上田。
「はい」
和菓子屋の包みを渡す。

横山やすし風先輩、察知し、ゆっくり見つめて、
「!?・・・」
黙って、上田に返す。

「オレ、要らん。全部、食うてええで」
「!?」
と上田。

「お前、何こうてきてん!こんなクソ暑いのに」
「最中や!」
「アホ、アイスのモナカやんけ」
「ああ・・・!そ、う、か・・・でも、アイスやったら、アイスと・・・」
「アホ!言わんでも判るやろ。アイスに決まってるやんけ!」

横山やすし風先輩は一切、文句も言わず、
「もう、ええ。食べろや」
「先輩、も一回走ってきます」
「ええわ、ほな」
帰って行く、横山やすし先輩。

姿が消え、
「アホたれ!」
「おかしい、おもててん」
「あー、そうか・・・そやけど、何も言わんと帰ったな」
「ニコニコ笑っとたわ」
「なんでや・・・」
「謝っとこ」
「先輩、すんまへん!」
「すんまへん」
2人、深々礼。

それから、2人とも部活に行かなくなり、
1年のことも気にせず、3年になり、遊び呆けて、卒業。
その後、器械体操部はどうなったんだろう?
そして、あの横山やすし風先輩とは、一度も会わなかった。

今、61才になって44年前のことを想う。

(名前は架空の名称にしております)

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