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ブラームスはお好き 雨降りのツイードの匂い


この冬は、ツイードコートが欲しい衝動を抑えきれなくなり、スピック&スパンの仕立ての良いツイードコート、古着、を探しだしたが、裏側がフリース生地だった。どうやらボンディング加工というものらしい、生地の裏側に別の生地を張り合わせて一体化する技術のことだ。その違和感が拭いきれず、数回着ただけで別のリサイクルショップに売ってしまう、という失敗をした。

そのクヨクヨから立ち直るのに1か月かかった。ウール75%ナイロン20%絹5%、のステキなツイードコートだったが、ツイードの生地を味わうという視点からみたら、物足りないコートだった。

今はもう4月である。あれほどツイードのことが頭から離れなかったのに、忘れかけていた。

ところが、今読んでいる、フランソワーズ・サガンの「ブラームスはお好き」の1節にくぎ付けになった。フランスパリを舞台にした1959年出版の恋愛小説だ。

彼女は、シモンのきているツイードの背広の匂いと、かれの首の匂いを吸い込んだ。そして、そのまま身動きしたくなかった。

新潮文庫 ブラームスはお好き/サガン 朝吹登水子訳

ポールという離婚歴のある39歳の女性、ディスプレーデザイナーが、あるアメリカ女性の住まいの室内装飾を任される。その打ち合わせに訪問したアパルトマンで、偶然、朝起きたばかりの美貌の息子25歳、と鉢合わせになる。

美しいけれど陰のあるポールに、シモンは一瞬で惹かれ恋に落ちる。彼女は、ロジェという中年男と恋人関係にあったが、すでに恋愛関係というよりは、馴れ合いの倦怠期にあった。

そんなときに、まだ少年の面影を残した美しい男に付きまとわれ、悪い気はしないポール。

マクロンフランス大統領とその夫人の年の差は、24歳だ。フランスは、自由な恋愛観、個人に干渉しないお国柄、という漠然とした印象を持っていたが、少なくとも、この小説の舞台となっている1950年代のパリでは、39歳、離婚歴のあるポールは、若く美しいシモンに惹かれながらも、15歳の年の差について周囲の視線を気にする様子が、ポールの独白という形で繊細に描かれている。

フランスでも、年齢コンプレックス、老いることへの恐怖、若くありたい願望、といった普遍的な感情が存在することに安堵する。


ツイードのジャケットを着たシモンは、ポールが働いている店の前で、彼女が仕事を終わるのを、雨が降っているなか傘もささず、ドキドキしながら待ち続ける。やがて、店を出たポールを抱きしめるシモン。

「シモン、いつからあそこにいたの?」と、ポールがきいた。「ずぶ濡れになってしまったんじゃない」

新潮文庫 ブラームスはお好き/サガン 朝吹登水子訳

雨の日のツイードの匂い、が一瞬でよみがえったのだ。


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